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朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──  作者: Song1
朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──
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第9話 正義の断罪ゲーム

第9話 正義の断罪ゲーム


正義は気持ちいい。だから止められない。 朝凪高校の匿名掲示板で、「断罪ゲーム」が始まった。


水曜日の朝。掲示板に佐々木のスレッドが立ってから、まだ数時間しか経っていない。だが昼休みの時点で、スレッドの書き込みは五十件を超えていた。


俺は教室の自分の席でスマホをスクロールしながら、断罪ゲームの拡大速度を計測していた。


佐々木のスレッド 『2-Cの佐々木、彼女いるのに他の女とカラオケ行ってた件。写真あり』。朝の時点で十五件だった書き込みが、一時間目の終わりには三十件。昼休みには五十件。増加ペースが加速している。


書き込みの内容を分類すると、三種類に分かれた。


一、断罪系。「浮気クソ」「彼女かわいそう」「最低」 感情的な断罪。正義を振りかざして他人を叩く快楽。


二、便乗系。「草」「面白すぎ」「次のターゲットは誰?」 エンタメとしての消費。断罪の対象に興味はなく、「祭り」が楽しいだけ。


三、情報追加系。「佐々木って〇〇部の?」「カラオケの写真、もっとないの?」 新しい燃料を投下しようとする。火を大きくしたい。


三番目が一番危険だ。噂が自然発生しないのと同じで、断罪ゲームも自然には拡大しない。燃料を追加する人間がいる。匿名の裏側で、意図的に火を焚いている。


「恒一。ちょっといいか」


陽太が弁当箱を閉じて、声を落とした。


「佐々木の件 教室の空気がやべえんだよ。さっき廊下で佐々木とすれ違ったんだけど、周りの視線がさ......」


「どんな視線だ」


「好奇心と、ちょっとした軽蔑。 でも、表向きはみんな普通にしてる。面と向かって何か言うやつはいない。全部、掲示板の中でやってる。本人の前では 何も言わない」


匿名の非対称性。断罪する側は名前がない。される側だけが名前と顔を晒す。廊下ですれ違っても、誰が掲示板に書き込んでいるか分からない。佐々木は 透明な壁に囲まれている。目に見えない視線に、目に見えない言葉で叩かれている。


「放課後、工作室に来るかもしれない。 佐々木が」


「根拠は?」


「佐々木のクラスの連中に聞いた。佐々木が工作室のこと調べてたらしい。掲示板で『恋路工作室ってこういうのも対応すんの?』って聞いてたやつがいて、佐々木じゃないかって」


匿名掲示板で工作室のことを聞く。 ということは、直接来る勇気がまだ湧かないのだ。掲示板で晒されている人間にとって、もう一つの組織に助けを求めることは、二重のリスクがある。助けを求めたこと自体がネタにされかねない。


「来たら受ける。 桐生先輩には俺から連絡する」


「おう」



放課後。工作室。


桐生先輩に報告を済ませ、凛花に掲示板のモニタリングデータを出してもらった。ホワイトボードの前に四人が座っている。依頼①と依頼②の「了」が並んだボードの横に、新しい空白がある。


「断罪ゲームの現状を整理する」


桐生先輩がマーカーを手に取った。


「柊、数字を」


「はい。過去一週間で、匿名掲示板に新設された『断罪系』スレッドは七件。うち写真つきが四件。実名もしくは実名特定可能な書き込みを含むものが六件。 佐々木さんのスレッドは、その中で最も書き込み数が多いものです」


「七件......」


陽太が顔をしかめた。


「一週間で七件。多くないか?」


「多いです。先月は恋愛関連の晒しスレッドは月に二件程度でした。明らかに加速しています。 『断罪』という言葉がスレッド間で共有されるようになったのが、転換点だと思います」


凛花の分析は冷静だった。


「『断罪』がキーワードとして定着したことで、散発的だった晒し行為に一体感が生まれました。ゲームです。参加者が参加していると自覚できる。合言葉がある。 だから加速する」


「噂エコシステムの最悪の応用形だな」


俺が言うと、桐生先輩が頷いた。


「高瀬の言う通りだ。噂の構造に、『正義』というガソリンが注がれた。 噂は中立だ。良くも悪くもない。だが、正義は方向を持つ。方向を持った噂は 止まらない」


その瞬間、ドアがノックされた。


控えめな、だが切迫した音。 水谷のときと似ている。だがもう少し重い。力が強い。男の手だ。


「......失礼します」


ドアが開いた。佐々木だった。


背が高い。バスケ部だけあって体格はいい。だがその体格が、今は萎縮して見えた。肩が内側に丸まっている。視線が下を向いている。手は 体の横で握ったり開いたりを繰り返していた。藤川のときと同じ仕草。自分の感情を持て余している人間のサインだ。


「恋路工作室って......ここですか」


「そうだ。座れ」


桐生先輩がパイプ椅子を引いた。佐々木はおずおずと座った。膝の上で拳を握る。視線は床を見ている。


「名前と、依頼内容」


「佐々木、です。二年C組。 あの、掲示板に書かれてるやつ......見てますか」


「見ている」


「あの写真のカラオケの子 本当に従姉妹なんです。同い年の従姉妹で、たまたまあの日、うちの母親に頼まれて従姉妹を駅まで迎えに行って、帰りに寄っただけで......」


声が震えていた。体格のいい男が、声を震わせている。その事実が 断罪ゲームの暴力の重さを物語っていた。


「信じてくれない。誰も。掲示板にはどんどん書き込まれて 『言い訳乙』『証拠出せよ』って。証拠って......従姉妹の家族写真でも見せろってことですか?」


佐々木の声が、途中から怒りを帯びた。だが怒りの下に 疲労がある。何日もこの状態が続いている。


「彼女にも言われました。『本当のこと言って』って。信じてくれよ、本当のことだよ って言ったのに、彼女は......」


言葉が途切れた。佐々木は唇を噛んで、天井を見上げた。泣きそうなのを堪えている。


「誤解を 解いてほしいんです。本当に、ただの従姉妹なんです」


俺は佐々木の言葉を聞きながら、翻訳していた。


佐々木が求めているのは「誤解を解くこと」だ。事実を証明して、掲示板の断罪を止めること。 だが、そのアプローチは機能しない。


「佐々木。一つ聞いていいか」


「はい」


「お前、掲示板で弁明した?」


「......しました。匿名で。『従姉妹だよ、浮気じゃない』って」


「反応は」


「『言い訳乙。本人降臨? 必死すぎ』って......」


そうだ。弁明は逆効果だ。断罪ゲームにおいて、当事者の弁明は 燃料になる。否定すればするほど、「必死だ」「逃げてる」「図星だから焦ってる」と解釈される。言葉が武器にならない。言葉が 裏返される。


翻訳者として、これほど腹立たしい構造はなかった。言葉が正しく機能しない。本当のことを言っても届かない。翻訳が通じない世界。


「桐生先輩。この依頼 受けますか」


桐生先輩は腕を組んだまま、しばらく佐々木を見ていた。


「受ける。 ただし、佐々木。一つ確認する」


「はい」


「お前は誤解を解きたいと言った。 それが成功したとして、お前の彼女は戻ってくるか?」


残酷な問いだった。だが、必要な問いだ。


佐々木は黙った。長い沈黙。


「......分かりません」


「正直でいい。 工作室は誤解を解く設計をする。だが、彼女の心を変えることはできない。それは工作室の管轄外だ」


「......分かりました」


桐生先輩がホワイトボードに書き加えた。


「依頼③:佐々木 断罪の無力化」


佐々木が帰った後、戦略会議が始まった。



「弁明は逆効果 これはもう実証済みだ」


俺はホワイトボードの前に立っていた。マーカーを手に、断罪ゲームの構造を図式化していく。


「断罪ゲームにおいて、当事者が否定すると断罪が強化される。理由は三つ」


一、と書いた。


「一、弁明=燃料。否定すること自体がスレッドを活性化させる。書き込みが増え、注目が集まり、ゲームが盛り上がる」


二。


「二、弁明=自白に近い。匿名の書き込みに反応したということは、当事者が掲示板を見ていることの証明になる。『本人いるじゃん』と場が盛り上がる」


三。


「三、弁明=正義の快楽を強化する。断罪する側にとって、相手が苦しんでいるのは報酬だ。弁明は 苦しんでいる証拠として消費される」


陽太が腕を組んでいる。


「じゃあ、弁明しないほうがいいのか?」


「弁明しないのも効かない。無視すれば『逃げた』と解釈される。 つまり、弁明してもしなくても断罪は止まらない」


「詰みじゃん」


「通常の手段では詰みだ。 だから、別のアプローチが要る」


桐生先輩が口を開いた。


「事実を証明するのではなく、断罪する側の動機を無力化する」


「無力化?」


「断罪ゲームが成立する条件は何だ。 高瀬」


「匿名性。非対称性。そして 快楽」


俺はマーカーでホワイトボードに三つの円を描いた。


「断罪する側は匿名だ。コストがない。名前を出さずに正義が振るえる。 これが匿名性」


「断罪する側は顔がない。される側だけが名前と顔を晒す。一方だけが丸裸で、一方は透明。 これが非対称性」


「そして、断罪は気持ちいい。悪いやつを叩くのは正義だ。正義には気持ちよさがある。気持ちいいからやめられない。 これが快楽」


「この三つが揃っている限り、断罪ゲームは止まらない。だから 三つのうち一つでも崩せばいい」


桐生先輩が頷いた。


「どれを崩す」


「快楽を崩す。 断罪が気持ちよくなくなれば、ゲームは自然に停止する」


「具体的には」


「断罪の前提が崩れることで、断罪した側が 恥をかく」


工作室の空気が変わった。全員の視線が俺に集中している。


「佐々木が弁明しても効かない。事実を証明しても効かない。 だが、事実が『当たり前のこと』として佐々木の外から提示されたらどうなる」


「佐々木の外から?」


凛花が聞いた。


「佐々木の従姉妹に 協力してもらう」


沈黙。


「従姉妹が朝凪高校に来る。佐々木に会いに来る。自然な形で。 そのとき、従姉妹であることが周囲に伝わればいい。佐々木が『弁明する』のではなく、従姉妹の存在が『普通のこと』として目に入る。弁明ではなく 事実の可視化だ」


桐生先輩がマーカーのキャップを指先で回した。考えている。


「弁明は弱い。証明も弱い。一番強いのは 事実を『普通のこと』として見せることだ。佐々木が『従姉妹です!信じてください!』と叫ぶのではなく、従姉妹が当たり前の顔でそこにいること。それを目にした人間が、自分で『ああ、本当に従姉妹だったんだ』と結論に達すること。 他人に結論を押しつけない。結論に至る環境を、作る」


「場を作る、か」


桐生先輩が言った。


「ああ。工作室の原則そのものだ。心は操作しない。場を作るだけ」


「リスクは」


「ある。従姉妹を巻き込むことになる。従姉妹が朝凪高校に来れば、掲示板の情報と照合される可能性がある。従姉妹にもリスクがかかる」


「それは佐々木と従姉妹の判断だ。 佐々木に説明して、同意を得ろ。従姉妹本人にも了承を取れ。工作室が勝手に動くことはしない」


「了解」


桐生先輩はホワイトボードに追記した。


「依頼③方針:従姉妹の自然な来訪による事実の可視化。弁明なし。証明なし。場の設計のみ」


その下に、いつもの一行。


「撤退線:佐々木または従姉妹が不同意の場合、即時撤退」



夜。自室。


ベッドの上でスマホを開き、匿名掲示板をスクロールしていた。佐々木のスレッドはまだ活発だ。書き込みのペースは落ちてきたが、まだ燃料が残っている。


断罪ゲームの構造を、もう一度頭の中で分解する。


正義 人を裁くことの快楽。これは新しい現象ではない。いつの時代にもあった。ただ、匿名掲示板がそれにプラットフォームを与えた。参加コストがゼロになった。誰でも、いつでも、名前を出さずに正義を振るえる。


そして、正義は一方向だ。断罪する側は顔がない。される側だけが名前と顔を晒す。この非対称が ゲームを成立させている。ゲームには勝者と敗者がいるが、断罪ゲームでは勝者が永遠に匿名で、敗者だけが永遠に記録される。


この構造は、工作室にも適用されうる。


ふと、そう思った。


工作室は名前を持っている。旧部室棟の一室に物理的に存在している。メンバーの名前も顔も 知ろうと思えば分かる。つまり、工作室が匿名掲示板の標的になったら、俺たちは「される側」になる。


桐生先輩の原則。名前を持つことが、原則を担保する仕組みだ。 だが同時に、名前を持つことは、攻撃される面を持つことでもある。


工作室が誰かの恋に介入する。介入の結果が気に食わない人間がいる。その人間が掲示板に書く。「工作室は余計なことをしている」「工作室のせいで〇〇がダメになった」 。


まだ起きていないことだ。だが 起きうることだ。構造的に。


スマホの画面を消した。天井を見る。


佐々木の依頼。従姉妹の来訪作戦。 明日、佐々木に提案して、同意を取る。従姉妹の了承も必要だ。段取りは多い。


スマホがもう一度振動した。


志帆のメッセージ。五日目。まだ返信していない。


画面を見た。新しいメッセージではなかった。古い 五日前のメッセージが、通知一覧に居座り続けているだけだ。


「今度会おうよ:)」


......返信しなければ。明日。明日こそ。


いや。今、返す。


スマホのキーボードを開いた。文字を打つ。


「久しぶり。転入したよ。 会おう。いつがいい?」


読み返した。問題ない。普通の返信だ。嘘じゃない。本音でもない。だが 言葉としては成立している。翻訳者が最低限の仕事をしている。


送信ボタンを押した。


送信済み。


胸の奥で 何かが、ほんの少しだけ動いた。それが何なのかは、まだ翻訳しない。今は しない。


スマホを置いて、目を閉じた。


明日は佐々木の依頼に集中する。断罪ゲームを止める。正義の暴走を 場の設計で無力化する。


それが翻訳者にできること。他人の恋路を整備すること。 自分の恋路は、まだ通行止めのままだ。


まだ、もう少しだけ。

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