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朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──  作者: Song1
朝凪高校・恋路工作室 ──最後の翻訳──
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第39話 彩音の気持ち

第39話 彩音の気持ち


凛花曰く 「先輩たち、面倒くさいですね」。


十二月二十九日。 大晦日 まであと二日。


朝 起きた。受験勉強 をしようとした。英語 の長文読解。 三行 読んで。止まった。彩音 のことを考えていた。


大晦日 に堤防で会う。「冬の屋上」 で。 あと二日。


ノート を開いた。昨日 書いた本文。「好きだ」が四回。ぐちゃぐちゃの原文。 読み返した。字 が汚い。 だが嘘がない。


閉じた。 引き出しにしまった。


英語 に戻った。 五行目で止まった。また彩音 のことを考えていた。


翻訳者 の脳 が。勝手 に。彩音 の最近の言動 をパターンマッチング している。止められない。


堤防 で会ったとき。 彩音は「大丈夫って言ってほしい」 と言った。俺 に。久我先生 でも教授 でもなく。


LINEで おでんの具 の話をしているとき。彩音 の返信 が。微妙 に遅い日 がある。普段 は三十秒以内 に返信が来る。だが 時々 五分。十分。 考えている のか。何を 考えて 遅れるのか。


「好きです。その矛盾が」 と。堤防 で言ったとき。目 が潤んでいた。マフラー の上で。 あれは 性質への好意 だけなのか。


翻訳 できない。分析 が機能しない。 好きだから 主観が混入する。


英語 の教科書 を閉じた。 今日は 勉強 にならない。



昼過ぎ。 スマホが鳴った。


電話。 凛花 からだった。


珍しい。 凛花 は普段LINE で連絡してくる。電話 をかけてくるのは 工作室の緊急案件 のときだけだ。冬休み に電話 は。初めて。


「もしもし 凛花」


「先輩。 すみません。突然。 少しだけ いいですか」


「いいよ。 何かあったか。工作室 の」


「工作室 じゃないです。 先輩個人 の。 大事な話 があります」


大事な話。 個人の。


「聞く」


「昨日 瀬川さん から。電話 がありました。私 に」


彩音 が。凛花 に。電話を。


「彩音 が? 凛花 に?」


「はい。 朝凪 の工作室 に。アドバイザー として。月に一度 来てくれている のは。ご存じですよね」


「ああ。 彩音 が言っていた。大学 で心理学 をやるための 実践経験として」


「はい。 その関係 で。瀬川さん とは 定期的に連絡 しています。 昨日 瀬川さん から。いつもとは違う 電話が来ました」


「違う 」


「はい。 工作室 の話ではなく。 個人的な 話」


凛花の声 が。少しだけ 慎重 になった。言葉 を選んでいる。参謀 の話し方。


「先輩。 率直 に言います。 瀬川さん に。率直に聞いてしまいました」


「何 を」


「『瀬川さん。 高瀬先輩 のこと どう思ってますか』 と」


心臓 が止まりかけた。


「凛花 お前 直球すぎないか」


「直球 です。 すみません。でも 面倒くさかった んです」


「面倒 」


「面倒くさいんです。先輩たち。 先輩 は半年以上 『夏が来る前に』 って。瀬川さん は『楽しみにしています』 って。お互い 分かっているのに。二人 とも動かない。 参謀として 見ていられません」


凛花 の声 に。苛立ち が混ざっていた。 後輩 としての。先輩 への。苛立ち と。心配 と。


「瀬川さん 何て言った」


「最初 は。はぐらかそうとしました。 『どう とは』 って。 だから もう一回 言いました。『好きですよね』 と」


「直球 の追撃 か」


「はい。 二球目 で。瀬川さん が 止まりました。十秒 くらい。 長い十秒 でした」


十秒。 彩音 が。十秒 黙った。


「十秒 の後 瀬川さん が。小さい声 で 言いました」


凛花の声 が。柔らかくなった。


「『分かっています』 と」


「分かって 」


「『分かっています か』 って。聞き返しました。 瀬川さん は 言いました。『自分が 恒一くん のこと 好きだって。分かっています。 ずっと』」


恒一くん のこと 好き。


彩音 が。凛花 に。言った。


心臓 が。爆発 しそうだった。電話 を持つ手 が。震えた。


「先輩 ?」


「 聞いてる」


「声 震えてますよ」


「震えて ない たぶん 震えてる」


「震えてますね。 続き 聞きますか」


「聞く」


「瀬川さん は 続けて言いました。 『でも 怖い』 と」


怖い。 彩音 が。恋 が怖い。


「怖い のは 」


「以前の学校 のこと です。Aさん の件。 感情 に近づきすぎて。壊した。 恋 は。もっと近い。もっと深い。 近づきすぎたら また壊す のではないか と」


Aさん の影。 彩音 の中 に。まだ ある。壁 を脱いだ はずなのに。過去 は消えない。「忘れなくていい」 と俺 が言った。忘れていない。 痛み と一緒に生きている。


だが 痛み が。恋 の前 に。壁 になっている。脱いだ はずの壁 が。恋 の場面 だけ。復活 する。


「瀬川さん の言葉 そのまま 伝えます。 『恒一くん のこと好き です。分かっています。 でも 恋をする のが怖い。感情 に近づきすぎて 壊した経験 がある。恋 は もっと近い。もっと深い。 壊したら 取り返し がつかない』 と」


取り返し がつかない。 彩音 が。俺 との関係 を壊すことを 怖がっている。


好き だけど。怖い。 近づきたい けど。壊すかもしれない。


園田 と同じ構造 だ。園田 は設計図 に依存した。「設計図 がないと壊れる」。彩音 は距離 に依存している。「距離 を保たないと壊れる」。 壊す恐怖 が。行動 を止めている。


「先輩」


「 ああ」


「先輩 も好き ですよね。瀬川さん のこと」


「 否定 しない」


「否定 しませんよね。 面倒くさい ですね。お二人 とも」


面倒くさい。 凛花 が二回目 に言った。


「お互い 好き なのに。お互い 怖がっている。先輩 は『翻訳者だから翻訳できない』 と。瀬川さん は『感情に近づきすぎて壊した経験がある』 と。 どっちも 恋 の前で止まっている。理由 が違うだけ で」


「理由 が違うだけ 」


「構造 は同じ です。 怖くて動けない。 先輩 が依頼者 に何 と言いますか。怖くて動けない 依頼者 に」


依頼者 に。 怖くて動けない人間 に。翻訳者 は何 を言う。


「 怖いまま動け と」


「はい。 工作室 の哲学 ですよね。完全救済 はしない。完全 に怖くなくなる こともない。怖いまま 動く。 先輩 自身 が。依頼者 に教えてきた ことです」


「凛花 」


「先輩。 一つだけ 言わせてください。参謀 として。 ではなく。後輩 として」


「言え」


「先輩 と瀬川さん を。どうにか してあげたい って。思いました。 蒼くん に言ったら。『データ上 両想いの確率 は 』 と計算 し始めたので。止めました。 データ は要りません。 本人たち に任せます」


「本人 たちに」


「はい。 先輩 と瀬川さん の問題 は。先輩 と瀬川さん が解決 すべきです。 でも 一つだけ」


「何だ」


「瀬川さん が怖がっている ということ は。知っておいて ください。 先輩 が何かを伝えるなら。瀬川さん の怖さ を。踏まえて」


「踏まえ て」


「壁 を壊さないで ください。先輩 が。 瀬川さん は 自分 で脱ぎたがっている。壁 を。でも怖い。 先輩 が壊す のではなく。瀬川さん が自分 で脱ぐ のを。 待って あげてください」


壁 を壊す のではなく。自分 で脱ぐ のを待つ。


十一月 に教室 で。彩音 が自分 で壁 を脱いだ。Aさん の件 を全部語った。 俺 は ただ隣 にいた。翻訳 しないで。


今度 も 同じ だ。俺 が「好きだ」 と言うこと は。彩音 の壁を壊す 行為ではない。 俺 が先 に壁 を脱ぐこと だ。俺 の感情 を裸 のまま差し出す。 それを見 て。彩音 が自分 の壁 を脱ぐかどうか は。彩音 が決める。


「凛花。 分かった。ありがとう」


「もう一つ 」


「まだあるのか」


「瀬川さん に 私が話した ことは。言わないで ください。瀬川さん が知ったら 怒ります」


「言わない。 凛花から 聞いた ことは。なかった ことにする」


「お願い します。 先輩 が知っている のは。先輩自身 が感じたこと だけ」


「分かった」


「では。 先輩。 年末 ですね。大晦日 瀬川さん と会うんですよね」


「 なんで知ってる」


「友達ネットワーク です」


「情報ルート が」


「長い ですが確か です。 大晦日。堤防 で。冬の屋上 で。 先輩。頑張って ください」


「頑張る って。設計 するな って陽太 に 」


「設計 しなくていいです。頑張らなくても いいです。 ただ 立って ください。瀬川さん の前 に。 それだけ で十分 です」


立つ だけ。 彩音 の前 に。


「凛花。 お前 いつから俺 の恋路 に 」


「工作室 の参謀 は一生 参謀 です。先輩 の恋路 も参謀 として見守ります。 遠く から」


「遠く から なのに めちゃくちゃ近い距離 で口出し してるな」


「距離ゼロ の参謀 です。 工作室 の哲学 ですから」


距離ゼロ。 凛花 まで 工作室の哲学 を使いこなしている。


「じゃあ 先輩。 良いお年 を。 来年 は先輩 の年 になります」


「陽太 と同じこと 言うな」


「同じ です。 陽太先輩 も私 も。先輩 の恋 が始まる ことを。 祈っています」


祈り。 陽太 の祈り。凛花 の祈り。 同じ方向 を向いた 祈り。


「ありがとう 凛花」


「ありがとう は。うまくいって から」


「先に言う タイプ だ」


「知ってます。 では」


電話 が切れた。



一人 になった。自室。 十二月二十九日 の午後。


凛花 が教えてくれた。


彩音 は。俺 のことが好き だ。


好き だけど。怖がっている。恋 が怖い。感情 に近づきすぎることが怖い。 Aさんの件 の影 が。


知って しまった。 「なかったことにする」 と約束した が。知識 は消せない。


不思議なこと に 安心 はしなかった。


彩音 が好き だと知っても。「好きだ」 を言う恐怖 は消えない。


安藤 のときも同じ だった。蒼 のデータ が「水嶋さんは好意的」 と示した が。安藤 は怖がった。 相手 の好意 が分かっても。声を出す 恐怖 は別物 だ。


自分 を裸 にする恐怖。翻訳者 の鎧 を脱ぐ恐怖。 それは 相手 の反応 とは無関係 に存在する。


だが一つ 変わったこと がある。


彩音 が怖がっている ことを知った。 俺 だけが怖い のではなかった。彩音 も 同じ だった。


二人 とも。恋 の前 で止まっている。理由 が違うだけ で。


翻訳者 は「翻訳できない」 から止まっている。

彩音 は「壊すかもしれない」 から止まっている。


だが 二人とも 「好き」 は確定 している。


確定 しているのに。動けない。


面倒くさい。凛花 が正しい。面倒くさい。


動く べきだ。 大晦日 に。堤防 で。


設計 はしない。 「好きだ」 の三文字。 陽太 が言った通り。 目を見て。心臓 に任せて。


だが 凛花 が言った。「壁を壊さないで。自分で脱ぐのを待って」。


俺 が「好きだ」 と言う。 それは 俺 の壁を脱ぐ行為。 彩音 の壁を壊す行為 ではない。


俺 が先 に脱ぐ。 彩音 は それを見て 自分 で決める。脱ぐ か。脱がない か。


選ぶ のは彩音 だ。 工作室 の原則。辞書 を見せるだけ。選ぶ のは本人。



夕方。 彩音 からLINE が来た。


『恒一くん。 大晦日 楽しみにしています。 少しだけ 寒くなりそうですが。 マフラー 二つ持っていきます。 一つ は貸しますね』


マフラー を二つ。一つ は俺 に貸す と。


彩音 が。俺 のために。マフラー を。


翻訳 するな。分析 するな。 マフラー を貸してくれる。それだけ だ。深読み するな。


だが 心臓 が速い。マフラー一つ で。


『ありがとう。 寒いの苦手 だから。助かる。 大晦日 楽しみにしてる。 俺 も』


「楽しみにしてる」 と。初めて 俺 のほうから書いた。いつも 彩音 が「楽しみにしています」 と言っていた。 今日 は俺 から。


一分後。


『恒一くん から 「楽しみにしてる」 って。初めて ですね。 嬉しいです』


嬉しい と。 彩音 が。


翻訳者 の脳 が。動こうとした。「嬉しい」 の分析 を。


止めた。


嬉しい は嬉しい だ。それ以上 読み込むな。


スマホ を閉じた。


大晦日。あと二日。


彩音 も。俺 のことが好き だと。凛花 が言った。


凛花 から聞いた ことは なかったことにする。


だが 知っている。


知っていて それでも 「好きだ」 を言う。相手 の気持ち が分かっているから言う のではない。自分 の気持ち を声にしたい から言う。


設計 ではない。 本文 だ。



十二月三十日。 大晦日の前日。


何 もしなかった。 受験勉強 を少し。大掃除 の手伝いを少し。 普通 の冬休みの一日。


LINEで 彩音 とやりとり した。いつも 通り。


『今日 何食べた?』

『鍋 です。白菜 たっぷりの。 恒一くん は?』

『カレー。 三日目 の。 母親 が大量に作る』

『三日目 のカレー。美味しい ですよね。 煮詰まって』

『煮詰まって な。 美味い んだけど。量 が多い』

『量 が多い のは 幸せ ですよ。 一人暮らし になったら。そう はいかない から』


一人暮らし。 大学 に行ったら。 彩音 も一人暮らし になるのだろうか。


情報量ゼロ の会話。カレー と鍋 の話。 だが密度 が高い。「一人暮らしになったら」 という一文 に。未来 の話 が混ざっている。大学 の。 二人 の未来 が。同じ方向 を向いている のか。分からない。


翻訳 するな。


夜 になった。明日 が大晦日。


布団 に入った。


彩音 からLINE。


『おやすみなさい 恒一くん。 明日 冬の屋上 で。 十一度目 の「楽しみにしています」 ですね。数えて ました』


数えて いた。 彩音 が。「楽しみにしています」 の回数 を。


俺 も数えていた。 十一回。


「俺 も数えて た」


声 に出して 呟いた。 LINEには書かない。 数えていた ことは。恥ずかしい から。


返信。


『おやすみ。 明日 楽しみにしてる。 俺 も。数えてた かもしれない』


「かもしれない」 をつけた。 嘘 だ。確実 に数えていた。 翻訳者 は嘘 が下手 だと彩音 に何度 も言われている。


三十秒後。


『「かもしれない」 が嘘 だって。分かりますよ。 翻訳者 は嘘 が下手 ですから。 おやすみなさい』


見抜かれた。 完璧 に。


「……ばれてる な」


笑った。 一人で。布団 の中 で。十二月 の夜。


明日 大晦日。午後。堤防。冬の屋上。


彩音 が来る。マフラー を二つ持って。


俺 が行く。ノート は持っていくかもしれない。持っていかないかもしれない。 決めない。設計 しない。


心臓 に任せる。


彩音 も好き だと。凛花 が言った。 なかったことにする。


俺 が知っている のは。俺自身 の「好きだ」 だけ。


明日 彩音 の目 を見て。心臓 が「今だ」 と言ったら。


声 が出る。 「好きだ」 と。


出なかったら 次 でいい。 設計 しない。 心臓 に任せる。


でも。


出る 気がする。 明日。


翻訳者 の直感 ではなく。高瀬恒一 の直感 が。 そう告げている。


明日 大晦日 に。一年 の最後 の日 に。


何か が起きる。


起きなくても いい。 起きても いい。 どちらでも。


彩音 に会える。 それだけ で。


十分 だ。


目を閉じた。 今夜 は。眠れる。


おやすみ。


明日。


冬の屋上 で。

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