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朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──  作者: Song1
朝凪高校・恋路工作室 ──最後の翻訳──
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第37話 翻訳不能

 第37話 翻訳不能


 彩音を翻訳しようとした。 できなかった。初めてだから。怖いんじゃない。分からないだけだ。


 冬休み二日目。 十二月。


 朝 目が覚めた。昨夜 彩音からLINE が来た。「聞いてほしいことがあります」。 何を。翻訳者のプロセッサ が夜中もパターンマッチング を走らせていた。止められなかった。結局 四時間しか眠れなかった。


 午後二時。 堤防。


 朝凪の海 が。十二月の光 の中で。鉛色 と銀色 の間 を揺れていた。冬の波。低い太陽が 水面に白い筋 を引いている。風 が冷たい。息 が白い。


 堤防 の上。いつもの分かれ道。 ここで彩音 と別れてきた。何十回 も。左 と右 に。


 今日 は。別れる場所 ではなく。会う場所。


 二時ちょうどに 彩音 が来た。


 コートを着ていた。マフラー。手袋。 制服 ではない。私服 の彩音。 学校以外 で会うのは。そういえば ほとんど初めて だった。朝凪の屋上 と教室 と廊下 でしか会っていない。


 私服 の彩音は。少しだけ 違って見えた。大人 っぽい のではなく。逆に。 制服 という鎧を脱いだ分 年相応 に見えた。十八歳の 女の子。


「恒一くん」


「彩音」


 並んで 堤防 の上に座った。コンクリート が冷たい。 だが座った。海 を正面に見て。二人 で。


「寒い な」


「寒いです。 でも。海 が見えるから。いいです」


「屋上 の代わり に」


「はい。 冬休み なので。屋上 には行けないから。 ここが。一番 近い と思って」


 一番近い。 屋上の代わりに。海 が見える場所。風 が吹く場所。 彩音が 選んだ。


「恒一くん。 本題 いいですか」


「ああ。 聞く。翻訳 しないで。ただ聞く。 約束 した」


「はい。 翻訳しないで くれるの。嬉しい です」


 彩音は マフラーに顔 を半分埋めた。口元 が隠れている。 目だけ が出ている。壁 ではない。防寒 だ。十二月 は寒い。


「大学 のことです」


「大学 」


「来年の春 受験 です。 志望校 は決めました。心理学部」


「心理学部 」


「はい。 ずっと。心理学 を学びたいと思っていました。 以前の学校 で。カウンセラー をやっていたとき から」


 以前の学校。 Aさんの件。 カウンセリングで生徒 を追い詰めた経験。 そこから逃げて 朝凪に来た。


「でも 以前の学校の件 があって。心理学 に進むことが 怖かった。 人の心 に触れる学問 に。また 近づくことが」


「怖かった 」


「はい。 朝凪に来てからも。ずっと迷っていました。心理学部 に行くべきか。別の道 を選ぶべきか」


 彩音の目 が。海 を見ていた。マフラー の上。冬の目。 怖さ と。決意 が混ざっている。


「でも 恒一くんが。十一月 に言ってくれました。教室 で。 『忘れなくていい。痛みは本気だった証拠だ。失敗の意味は 更新できる』 と」


 あの日。 C組の教室。放課後。 彩音が壁 を全部脱いだ日。泣いた日。


「あの言葉 が。ずっと残っていました。 失敗 の意味は更新できる。Aさんの件 は消えない。でも 意味を変えられる。 もう一度 人の心に向き合うことで」


「もう一度 」


「はい。 心理学部 に行きます。 決めました。 ピアサポート ができる大学を。選びました」


 ピアサポート。 学生同士 の相談支援。彩音が 以前の学校でやっていた 生徒カウンセラーに近い活動。


「大学 で。もう一度。 人の心 に触れたい。 今度は 一人 で抱え込まない。仲間 と。プロ と。 工作室 で学んだこと を。全部 活かして」


 工作室で学んだこと。 善意だけでは不十分 だということ。設計図 に固執しないこと。プロに頼 ること。一人で抱え込まないこと。


「朝凪の工作室 を見ていて。恒一くんたち が。壊れて 更新して。久我先生 と組んで。 私は ずっと隣 で見ていました。批判者 として来て。仲間 になって。 その間に 学んだことが。全部 ピアサポート に繋がると思った」


「繋がる 」


「はい。 以前の学校 の失敗 と。朝凪 での経験 と。全部 が。大学 の心理学 で。ピアサポート で。 繋がる」


 彩音の目 が。俺を見た。


「恒一くん。 私は もう一度。人の心 に触れていいと思いますか」


 翻訳者の脳 が。動いた。


 彩音の言葉 を。翻訳 しようとした。


「もう一度触れていいか」。 分析。パターンマッチング。 依頼者が工作室 に来たときと同じ プロセス。言葉 の裏を読む。本音 を探る。


 彩音 が本当に聞きたいのは 「触れていいか」 ではないはずだ。彩音 は自分で もう決めている。心理学部 に行くと。ピアサポート をすると。 決まっている。


 では なぜ 俺に聞く。「触れていいと思うか」 と。


 翻訳 しようとした。


 できなかった。


 パターンマッチング が。機能 しない。


 いつもなら 見えるはずの 「言葉の裏」 が。見えない。白紙 だ。


 依頼者 の言葉なら読める。河合 の「分からない」の裏に「認めてほしい」。長谷 の「応援できない」の裏に「自分を許してほしい」。北村 の「叶えちゃいけない」の裏に「好きでいていいと言ってほしい」。 全部 パターンで読めた。


 彩音 の「触れていいか」の裏 は。何だ。


「恒一くんに 大丈夫 って言ってほしい」 なのか。

「恒一くんに 背中を押してほしい」 なのか。

 それとも もっと別の何か なのか。


 翻訳者 が翻訳できない。彩音 の真意が読めない。


 なぜだ。


 好き だから だ。


 好きな人間 の言葉は 翻訳者のフィルター を通過しない。主観 が混入する。客観 的に読めなくなる。


 彩音 が「触れていいか」 と聞いたとき。翻訳者 は「依頼者の本音を探る」 プロセスを走らせた。 だが同時に。高瀬恒一 が「彩音 が俺に何を求めているのか」 を知りたがっている。


 翻訳者 としての分析 と。恋する男 としての期待 が。同時に走って。ぶつかって。 フリーズした。


「恒一くん ? 固まってますよ」


「あ いや 」


「翻訳 しようとしてますね」


 見抜かれた。 彩音 に。翻訳者のプロセス が起動したことを。


「翻訳 しない って。約束 したのに」


「……してない。しようと しかけて。止まった」


「止まった ?」


「翻訳 できなかった。お前の 言葉の裏 が。読めなかった」


「読め ない? 翻訳者 なのに?」


「翻訳者 なのに」


 彩音は 少しだけ。目を見開いた。


「今まで 読めなかったこと ありますか。依頼者 の」


「ない。 依頼者 は全員読めた。パターン で。 お前 だけ。読めない」


「私 だけ」


「お前 だけだ。 辞書 が白紙 になる。お前 の前でだけ」


 彩音は 三秒ほど 黙った。マフラー の中で。 何かを 考えている。


「それは なぜ だと思いますか」


「分からない。 翻訳者 にも。分からない」


 嘘 だ。分かっている。 好きだから 翻訳できない。好きだから 主観が混入する。好きだから フィルターが溶ける。 分かっている。だが それを彩音 に言ったら。「好きだ」 を言うことになる。ここで。今。 設計 なしで。


 設計 なしで。


 陽太 が言った。「言いたいときに言え。設計するな」。


 今 か?


 今 言うのか? 堤防 で? 彩音 が「聞いてほしいこと」 を話している最中 に? 彩音 の話を遮って ?


 違う。今 ではない。彩音 の話 が先 だ。彩音 が「聞いてほしい」 と言った。俺 は「聞く」 と約束した。 聞く のが先。


「彩音。 翻訳 できない理由 は。今 は言えない。 お前 の話 を先に聞かせてくれ」


「先に 」


「ああ。 お前は 俺に何を言ってほしい。『触れていいか』 って聞いた。俺 に。久我先生 でも大学の教授 でもなく。 なぜ俺 に」


 彩音は 五秒ほど 黙った。海 を見ていた。鉛色 の。冬 の。


「恒一くんに 大丈夫 って言ってほしいんです」


 大丈夫 と言ってほしい。 俺 に。


「専門的 なアドバイスが欲しいわけ じゃないんです。 恒一くんに。ただ。 大丈夫 って」


 翻訳 しない。この言葉 を分析 しない。彩音 が 俺に 「大丈夫」 を求めている。その理由 を。翻訳者 は探らない。


「大丈夫 だ」


 言った。 シンプルに。翻訳 なし。


「お前 は大丈夫 だ。もう一度 人の心 に触れていい。 Aさんの件 は消えない。でもお前 は変わった。朝凪 で。工作室 の隣 で。 壁を脱いだ。泣いた。過去 と向き合った。 変わった人間 が。もう一度 やろうとしている。 大丈夫 だ」


 翻訳者 の言葉ではなかった。パターン から導いた言葉 でもなかった。 ただの 高瀬恒一 の声。根拠 のない。素人 の直感。


 彩音の目 が。潤んだ。泣かなかった。 だが 潤んだ。マフラー の上 で。冬の光 を反射して。


「……ありがとう ございます」


「敬語 」


「ありがとう。 恒一くん」


「ああ」


「大丈夫 って。根拠 ないですよね」


「ない。 素人の直感 だ」


「素人 の直感。 でも重い です。根拠 がないのに」


「重い か」


「重い。 矛盾 していて。 好きです。その矛盾 が」


 好き 。


 心臓 が。跳ねた。


「好きです。その矛盾が」。 前にも 同じこと を言った。十月 の屋上 で。 俺の矛盾 した性質 が好き。翻訳者 なのに根拠 のない直感 で人を励ます 矛盾。


 だが 今回。冬の堤防 で。マフラー の上から。潤んだ目 で。


 同じ言葉 なのに。重力 が違う。


 翻訳者 の脳が 即座に起動した。「好き」の分類 。性質 への好意か。人間 としての好意か。 恋 か。


 分類 できない。パターンマッチング がフリーズする。


 河合 の「好き」 なら読める。北村 の「好き」 も。安藤 のも。 全部 パターンに当てはまる。


 彩音 の「好き」 は。どのパターン にも当てはまらない。辞書 に対応するページ がない。


 翻訳者 が。翻訳 できない。


「恒一くん ?」


「あ 」


「また固まって ます」


「固まって ない。 コーヒーが 」


「コーヒー 飲んでません。堤防 ですから」


「……つっこみ が正確 だな」


 彩音 が。微かに笑った。マフラー の中 で。


「恒一くん。 聞いてほしいこと は。これで全部 です。大丈夫 って言ってもらいたかった だけ」


「言った。 大丈夫 だと」


「はい。 ありがとう」


 彩音は 立ち上がった。コンクリート の冷たさ が。身体 に染みていたのだろう。少し 足をさすった。


「じゃあ 帰り ます」


「ああ。 」


 帰る。 彩音 が。もう 帰る。


 二時 に来て。二十分 ほど。 短い。屋上 での昼休み と同じくらい。


「彩音」


「はい」


「 また 会えるか。冬休み中 に」


「会え ます。 会いたい です」


 会いたい。 彩音 が。「会いたい」 と。


「年末 とか。年始 とか。 また ここで」


「はい。 ここで」


「屋上 の代わりの。 堤防」


「堤防。 冬の屋上 ですね」


 冬の屋上。 彩音 が名前 をつけた。堤防 を。「冬の屋上」 と。


「じゃあ おやすみ はまだ早い ですね。午後 ですし」


「午後 だな。 じゃあ。またな」


「はい。 また。 恒一くん」


「何だ」


「翻訳 できない理由。 いつか 教えてくれますか。私 だけ読めない 理由」


 心臓 が。また跳ねた。


「……いつか 教える」


「いつか 」


「夏が来る前 に」


「夏 」


「約束 した。 夏が来る前に 伝える と。 翻訳できない理由 も。全部」


 彩音は 三秒ほど 俺を見つめた。マフラー の上 から。目 だけで。


「楽しみ にしています」


 十度目。


 彩音 が歩いていった。堤防 を降りて。左 の道 に。いつも と同じ方向。


 一人 になった。堤防 の上。



 海 を見た。鉛色 の海。冬 の。 波が打っている。白い泡 が。砕けて 消えていく。


「翻訳 不能」


 声に出して 呟いた。


 彩音 の「好きです。その矛盾が」 を。翻訳 できなかった。パターンマッチング がフリーズした。辞書 が白紙 になった。 また。


 なぜ 彩音 だけ。翻訳 できないのか。


 答え は。分かっている。 好きだから だ。


 好きな人間 の言葉 は。翻訳者 のフィルター を通らない。客観 にならない。主観 が全部 を染める。「好きです」 が。性質 への好意 なのか。恋 なのか。 翻訳者 は分類 したい。だが高瀬恒一 が「恋であってほしい」 と期待 している。期待 が分析 を歪める。


 依頼者 の感情 なら。翻訳者 に利害 がない。だから客観 的に読める。


 彩音 の感情 は。翻訳者 に利害 がある。「好きであってほしい」 という利害 が。翻訳 を不可能 にする。


 志帆 のことを 思い出した。


 高校二年 のとき。志帆 への感情。翻訳者 は 「翻訳したくなかった」。辞書 にはページ があった。「好き」 のページが。「恋」 のページが。 だが開く のが怖かった。ページ の内容 を見たくなかった。


 志帆 のときは 辞書を閉じた。怖さ で。


 彩音 は違う。


 彩音 の場合 辞書が白紙 だ。ページ がない。テンプレート に当てはまらない。


 志帆 への感情 は既知 だった。「好き」 という語彙 は辞書 にあった。ただ 認めるのが怖かった。


 彩音 への感情 は未知 だ。「好き」 とは書いた。ペン で。堤防 で声に出した。 だがこの恋 がどんな形 をしているのか。どこに向かっているのか。 翻訳者 の辞書 に対応するページ がない。


 志帆 のときは 「翻訳したくなかった」。怖さ で辞書を閉じた。

 彩音 のときは 「翻訳したいのにできない」。辞書 が白紙 だから。


 この違い が大きい。


 怖い のではない。分からない だけだ。


 初めて 人を好きになる って。こういうこと なのか。


 志帆 のときは 好きに なった のではなく。好かれた のだ。志帆 の「好き」 が先にあって。俺 は反応 しただけ。


 彩音 は違う。俺 のほうから。自分 から。好きになった。 自分 から好きになった のは。初めて だ。


 だから 辞書 にページ がない。他人 に好かれる パターン は知っている。自分 から好きになる パターン は。辞書 に載せたことがない。


「初めて か」


 声に出して 呟いた。堤防 の上で。海 に向かって。


 初めて の恋。 翻訳不能 の恋。


 堤防 を降りた。 海岸 に出た。砂浜 ではなく。石 が転がっている浜。朝凪 の海岸。


 波打ち際 に立った。波 が足元 近くまで来る。 冬の海水。冷たい だろう。触れない。 近くまで来て 引いていく。


 波 を見ながら。考えた。


 翻訳 不能。 辞書 が白紙。パターン がない。テンプレート がない。


 依頼者 には。翻訳者 として。辞書 を見せてきた。「ここに 名前がある」 と。河合 に。北村 に。安藤 に。 全員 に辞書 を見せた。


 自分 には。辞書 が見せられない。白紙 だから。


 だが 白紙 であることが。そんなに 悪いことなのか。


 北村 に教えた。「名前 をつけなくていい。 好きでいていい。名前 が変わっても」。


 園田 に教えた。「設計図 がなくても歩ける」。


 安藤 に教えた。「シンプルでいい。好きだ だけで」。


 全部 自分 にも当てはまる。


 名前 がつかなくていい。翻訳 できなくていい。 好きだ は確定 している。ペン で書いた。声 に出した。 名前 の有無 は関係ない。


 翻訳 不能でいい。


 翻訳 できないまま。名前 がないまま。 伝える。


 彩音 が。教えてくれた。「あなたは分からないことに対して強い。分からないことを楽しんでいる」 と。十月 の屋上 で。


 分からない なら。分からないまま 飛び込め。


 翻訳者 は 翻訳 が完了してから動く。理解 してから行動 する。 だが恋 は。翻訳 の完了 を待ってくれない。


 安藤 が言った。「始めないまま終わるほうがもっと怖い」。


 翻訳 が完了しないまま。始める。 完了しないまま。「好きだ」 と言う。


 翻訳 なしの告白。設計 なしの告白。 陽太 がやったように。安藤 がやったように。


 翻訳者 が翻訳 を手放す。


 彩音 が教えてくれた。「翻訳しないでくれて ありがとう」。十一月 の教室 で。 翻訳しない ことに価値 がある。翻訳 しない言葉 のほうが。伝わることがある。


「好きだ」。 翻訳されていない。分析されていない。磨かれていない。 加工なし の。生 の。三文字。


 それ が本文 だ。


 陽太 が言った。「きれいに訳された気持ちより。ぐちゃぐちゃの原文のほうが伝わる」。


 ぐちゃぐちゃ の原文。 それが 俺の本文 だ。


 波 が来て。引いて。また来る。 繰り返し。規則的 なようで。不規則 。予測 できない。


 俺の心臓 も。同じだ。彩音 の前で。不規則 に。スパイク を出す。河合 の依頼 で蒼 が出した概念。 推し への周期的 な好き と。恋 の不規則 なスパイク。


 俺 の彩音 への感情 は。完全 にスパイク だ。予測不能。制御の外。 翻訳者 の管轄外。


 翻訳不能 でいい。


 分からないまま 伝える。


 それが 本文 を書く ということだ。


 海岸 を離れた。堤防 に戻った。 歩き始めた。家 に向かって。


 十二月 の夕暮れ。四時 で もう暗くなり始めている。冬至 が近い。一年 で最も日 が短い時期。


 だが。冬至 を過ぎたら。日 は長くなる。


 春 が来る。夏 が来る。 日 が長くなって。明るく なって。


 その前 に。


 彩音 に。


「好きだ」 と。


 翻訳 なしで。設計 なしで。 ぐちゃぐちゃの原文 のまま。


 家 に着いた。自室。 暗い。電気 をつけた。


 ベッド に座って。スマホ を取った。


 陽太 にLINE を送った。


『言うことにした。 設計なし。翻訳なし。 本文で』


 三秒後。 陽太 の返信。


『よし。 行け。恒一。 メロンパンにかけて うまくいく』


 五秒後。追加。


『翻訳不能 のまま行け。 きれいに訳された気持ちより。ぐちゃぐちゃの原文 のほうが伝わる。 それがお前 の最強の武器 だ』


 翻訳不能 が。最強の武器。


 矛盾 だ。翻訳者 なのに。翻訳不能 が武器。 だが彩音 が言った。「好きです。その矛盾が」。


 矛盾 が武器 になる。翻訳者 にしか できない矛盾。


 返信 を打った。


『ありがとう。 陽太。 いつ言うか は決めない。設計 しない。 言いたくなったとき に言う。お前 が教えてくれた通り に』


 陽太 から。


『それでいい。 設計 すんな。 お前 が言いたくなったとき が。ベストタイミング だ。 データ なしで。メロンパン教 の教え だ。 おやすみ。明日 真白とデート だ。忙しい』


 おやすみ。 陽太 は忙しい。彼女 がいるから。 だが俺 のLINE には三秒 で返信 する。 友達 だから。


 スマホ を枕元 に置いた。


 天井 を見た。


「言うことにした」 と。陽太 に。宣言 した。


 いつ かは分からない。設計 しない。 言いたくなったとき に。


 明日 かもしれない。年末 かもしれない。年明け かもしれない。三学期 かもしれない。 夏が来る前 のどこか で。


「夏が来る前に」 は約束 した。だが 夏まで待つ 必要はない。冬 のうちに。言いたくなったら。 その瞬間 に。


「好きだ」 と。


 翻訳不能 の三文字 を。


 彩音 に。


 目を閉じた。 十二月の夜。冬 の夜。


 明日 は。何 をするだろう。彩音 と。次 に会うのは。「年末 に」 と言った。 あと数日。


 数日 の間に。心臓 が何 を言うか。翻訳者 の頭 ではなく。


 心臓 に任せる。


「好きだ」 を。いつ声 にするか。 心臓 が決める。


 翻訳者 は。翻訳 を手放した。


 心臓 が。翻訳者 の代わりに。


 恋 を。


 動かす。


 おやすみ。

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