第36話 夏が来る前に
第36話 夏が来る前に
冬休みの初日。 十二月。朝凪の海が、鉛色に光っていた。
昨日 終業式だった。安藤が 植樹コーナーで水嶋に告白した。「遠くなっても始めたい。お前と」。 成功。相思相愛。 そして安藤が言った。「始めないまま終わるほうがもっと怖い」。
あの言葉が 一晩中。胸の中で反芻されていた。眠れなかった。 三時間。
朝 目を覚ました。布団の中。 自分の部屋。朝凪の 実家の部屋。天井を見た。
冬休み だ。学校 はない。工作室 もない。屋上 もない。 二週間。年末年始を挟んで。 彩音 には。学校 で会えない。
だが 昨日の帰り道 で。彩音と。堤防の分かれ道 で。
「金曜 楽しみにしています」 と彩音は言った。「俺と彩音だけの日に 伝える」 と俺は答えた。「夏が来る前に 必ず」 と約束した。
約束 した。期限つき の。
夏が来る前 に。彩音に。好きだ と。
布団の中 で。天井 を見ながら。
昨夜 安藤の告白を見た直後 は。感動 の余韻 で。「俺も言わなきゃ」と思った。 だが一晩 寝て(三時間だけど)。朝 になったら。
冷静 になっていた。
冷静 というか。翻訳者の頭 が。戻っていた。プロセッサ が再起動した。
安藤は 三年分の片想いを。五回のリハーサルで。 告白した。
俺は 一年以上の感情を。堤防で五回声に出した。 だが本人には まだ言えていない。
安藤のほうが 行動力がある。三年間逃げ続けた と言っていたが。最後の三日 で決めた。 俺は。半年以上 「決める」と言い続けて。まだ 決めていない。
「夏が来る前に」 と。期限 を切った。 だが「夏が来る前に」 は曖昧だ。三月? 五月? 七月? いつ なのか。
いつでもいい んじゃないのか。
冬休み が二週間ある。年が変わる。三学期が始まる。 卒業 まで三ヶ月。 その間のどこか で。
安藤は 「金曜に」 と決めて。四日で実行した。俺は 「夏が来る前に」 と言って。半年の猶予 を取っている。
翻訳者は 準備が長い。他人の恋は 数日で設計できるのに。自分の恋 は。半年かけても 準備が終わらない。
「……情けないな」
声に出して 呟いた。布団の中で。
起き上がった。 着替えた。歯を磨いた。 顔を洗った。鏡 を見た。
鏡の中の 高瀬恒一。十八歳。高校三年。 翻訳者。恋路工作室 の三代目団長。 好きな女 がいる。半年以上 言えずにいる。
鏡の前で 「好きだ」 と言ってみようとした。陽太が 安藤に教えた 鏡メソッド。
口が 開かなかった。
鏡の中の自分 に。「好きだ」 と言うのが。恥ずかしい のではなく。 鏡の中の翻訳者 が。「まだ翻訳が完了していない」 と。言っている。
翻訳者のプロセッサ が。邪魔 をしている。
「好きだ」 と言う前に。「好き の構造を分析して。成分を分類して。名前をつけて 」。 翻訳者のルーチン が。勝手に走る。
「……止まれ」
声に出した。 鏡の中の自分 に。
「翻訳 するな。分析 するな。 好きだ。それだけだ。 それ以上 処理するな」
鏡の中の俺 が。同じことを言っている。口が動いている。 だが声は聞こえない。鏡の向こう は無音 だ。
リビングに降りた。 朝食。トースト。コーヒー。 母親は仕事に出ている。父親は 東京に単身赴任中。一人 の朝食。
トーストを齧りながら スマホを見た。
陽太からLINE が来ていた。朝の八時。
『恒一。 冬休み初日。暇か。 堤防来い。十時。メロンパン持っていく』
メロンパン を持っていく。朝から。 陽太は 冬休みでもメロンパン教 を怠らない。
『行く。 十時』
返信した。 堤防。陽太と。 工作室 がない冬休み。工作室の代わりに 堤防が。会議室 になる。
十時。 堤防。
十二月の朝凪。 海が鉛色。空が 灰色。風 が冷たい。息 が白い。 だが陽光 が雲の切れ間から差して。海面に 白い光の帯 を引いている。冬の光。低い角度 の。
陽太が 先に来ていた。堤防の上。いつもの場所。 メロンパンの紙袋 を二つ。
「おはよう 恒一」
「おはよう 陽太」
メロンパンを 受け取った。齧った。 甘い。いつもの味。冬の朝 に食べるメロンパン は。少しだけ温かい。焼きたて ではないが。紙袋 の中で保温 されていた。
「寒いな 」
「寒い。 十二月 だからな」
堤防に 並んで座った。海を見ている。 二人で。いつもの。工作室 ではなく。堤防 で。
陽太が メロンパンを齧りながら。黙っていた。 三十秒。陽太が三十秒 黙るのは珍しい。 何か 考えている。
「恒一」
「何だ」
「昨日 安藤の告白。見てたろ」
「見てた。 壁際 から」
「どうだった」
「最高 だった。格好よくなかった けど。本物 だった」
「本物 な。 で」
陽太が 俺を見た。横目 で。メロンパン を齧りながら。
「お前は どうするんだ」
「どうする って」
「彩音ちゃん に。 いつ言うんだ」
心臓が 跳ねた。 陽太は いつもストレート だ。回りくどくない。
「昨日 彩音に 言った。『夏が来る前に 必ず伝える』と」
「夏が来る前 ? 遠くないか」
「遠い か?」
「遠い。 安藤は三日 で言ったぞ。お前 は半年猶予 を取ってる」
「半年 は長い か」
「長い。 翻訳者 だからか。準備 が長い」
「準備 が 」
「他人の恋は三日 で設計するのに。自分の恋 は半年かかる。 それ、設計 しすぎだろ」
設計 しすぎ。 図星 だ。
「安藤の件 で。恒一。お前 何を感じた」
「何を 」
「安藤が『始めないまま終わるほうがもっと怖い』 って。あれ。お前 に刺さったろ」
「刺さった」
「刺さったなら 動けよ。夏まで待つな」
「でも 」
「でも 何だ。 翻訳が終わってないから? 名前がつかないから? 準備が完了してないから?」
全部 当たっている。翻訳者の 言い訳リスト。
「恒一。 一つ聞く。お前 彩音ちゃんのこと。好きか」
「……」
「好きか。 イエスかノーか」
「……好きだ」
声に出した。 堤防で。十一回目。 だが今回は海に向かって ではなく。陽太 に。友達 に。面と向かって。
「彩音が 好きだ」
陽太は にやっと笑わなかった。にやにや ではなく。真剣な顔 で。頷いた。
「知ってた」
「知って 」
「知ってた。 去年の夏 から。お前が屋上 に毎日行くようになったとき から。C組の前で歩幅 が変わったとき から。 全部。知ってた」
「全部 」
「俺だけ じゃない。 凛花も知ってた。蒼も知ってた。桐生先輩 も。久我先生 も。 たぶん。お前以外 全員知ってた」
「彩音 は?」
「彩音ちゃん は。たぶん 知ってる。 でもお前の口から聞きたいんだろ。知ってても」
知ってても 聞きたい。 北村が言った。「名前をつけてもらうことが安心になる」。彩音も 俺の口から「好きだ」を聞きたい。たぶん。
「で 言うのか?」
「言う。 夏が来る前に って。約束した」
「夏が来る前 ね。 でも恒一。それ 設計図 だぞ」
「設計図 ?」
「期限を決めて。タイミング を計算して。『夏が来る前に 伝える』。 それ。依頼者 の告白 を設計するのと。同じ構造 だぞ。 自分の恋 に設計図 描いてる」
。
「設計図 じゃなく」
陽太が メロンパンを置いた。 陽太がメロンパン を途中で置くのは。よほどのとき だ。
「本文 を書け。恒一」
本文。 凛花が去年言った言葉。「設計図じゃなくて 本文を書いている感じです」。
「凛花に 去年言われたろ。『本文を書いている感じです』 って。覚えてるか」
「覚えてる」
「俺からも 言う。二回目 だ。 本文を書け」
「本文 」
「設計図 じゃなく。期限 でもなく。 お前の気持ち を。言葉にしろ。いつ は関係ない。『夏が来る前に』 じゃなく。お前が 言いたいとき に。言え」
「言いたい ときに」
「設計 するな。タイミング を計算するな。場所 を選ぶな。 お前が 言いたくなったら。その瞬間 に。言え」
翻訳者のプロセス の真逆。翻訳者 は「理解してから動く」。「準備してから行動する」。 陽太は 「動いてから理解する」。「行動してから準備する」。
「恒一。 お前は全部 翻訳しようとする。彩音ちゃん への気持ち も。 でも恋 は。翻訳する もんじゃない」
「翻訳 するもんじゃない ?」
「翻訳 できない言葉 のまま。渡すもんだ」
渡す。 翻訳できない まま。
「きれいに訳された気持ち より。ぐちゃぐちゃの原文 のほうが。伝わる。 安藤が言った言葉。覚えてるか。あれ 台本 じゃなかっただろ。お前 が翻訳した通り じゃなかっただろ」
「じゃなかった。 安藤は 俺の翻訳を。自分の言葉 に書き直した」
「書き直した から伝わった。きれいな翻訳 じゃなく。安藤の ぐちゃぐちゃの 本物の声 だったから。水嶋さん が泣いた」
「ぐちゃぐちゃ の 」
「お前も そうしろ。翻訳 するな。設計 するな。ぐちゃぐちゃのまま 渡せ。 彩音ちゃんに」
陽太の目 が。真剣だった。メロンパン を置いたまま。 工作室のホワイトボード の前に立つ俺 を見るように。堤防 で。俺 を見ていた。
「陽太 」
「何だ」
「お前 なんで。ここまで 」
「ここまで ?」
「俺のために 何回 言ってくれてるんだ。『感じろ』『動け』『本文書け』 」
「数えてない。 数えるもんじゃないだろ。親友 なんだから」
親友 。
「お前がいなかったら 工作室は半分 も回らなかった。去年 から。ずっと。 お前の恋 の背中を押すくらい。安いもんだ」
「安い って」
「メロンパン一個分 くらいだ」
「安すぎる」
「メロンパン は不変定数だ。価値 が変わらない」
笑った。 二人で。堤防 の上で。十二月の風 が冷たい。海が 鉛色に光っている。
「恒一。 もう一つだけ」
「何だ」
「冬休み だ。二週間。 学校 はない。屋上 もない。工作室 もない。 彩音ちゃん に会えるか」
「会える かは。分からない。 学校 がないから」
「会えるだろ。 LINEがある。電話 がある。 冬休み だからって。会えなくなるわけ じゃない。 お前と彩音ちゃん の関係は。屋上 だけじゃないだろ」
「屋上 だけじゃ ない」
「だろ。 帰り道 も。堤防 の分かれ道 も。LINEの画面 も。 全部がお前と彩音ちゃん の場所だ。工作室 がなくても」
「工作室 がなくても 」
「場所 は。作れる。 お前が一番 得意なことだろ。場 を作る のは」
場を作る。 工作室の翻訳者 として。依頼者のための場 を。何十回 も作ってきた。
自分のための場 を。作れないはずがない。
「冬休み中 に。彩音ちゃん に会え。 屋上 じゃなくていい。堤防 でも。カフェ でも。 会って。話して。 準備なんかするな。設計なんかするな。 会って話した先 に。言葉 が見つかる」
「言葉 が」
「見つかる。 お前は翻訳者 だ。言葉 を見つける天才 だ。 他人の言葉 は設計して見つける。自分の言葉 は設計しないで 見つかる。 信じろ。自分 を」
陽太が メロンパン を取り上げた。最後の一口 を放り込んだ。
「じゃあ 俺は行く。真白 と約束あるんだ」
「デート か」
「デート だ。 駅前のクレープ屋。 彼女ができると 冬休みは忙しいぞ」
「忙しそう だな」
「忙しい。 でも楽しい。 お前もすぐ分かる」
「すぐ 」
「すぐ だ。 メロンパンにかけて」
陽太が 立ち上がった。紙袋 を丸めた。 いつもの動作。
「恒一。 最後に」
「何だ」
「設計図 じゃなく。本文 を。 二回目 だ。凛花 から数えたら。何回目 だろうな」
「二回目 で十分だ」
「十分 か。 じゃあもう言わない。 あとは お前が。自分 で」
陽太が 歩き始めた。堤防 を降りていく。 大きな背中。 真白に会いに行く背中。
「陽太」
振り返った。
「ありがとう。 メロンパンと。言葉と」
「礼 は。うまくいってから にしろ」
「先に 言う」
「先に か。 じゃあ受け取る。 がんばれ。恒一。 翻訳者 じゃなく。高瀬恒一 として」
高瀬恒一 として。
陽太が 去っていった。堤防 から。駅の方向 に。
一人 になった。堤防の上。十二月の海。鉛色。 風が冷たい。だが 日差し がある。雲の切れ間 から。
「設計するな。本文 書け」
声に出して 呟いた。陽太の言葉 を。
「ぐちゃぐちゃの原文 のほうが伝わる」
もう一つ。
全員 知ってた。 凛花も。蒼も。桐生先輩も。久我先生も。 彩音以外 全員。
全員 に見抜かれていて。翻訳者 だけが 自分の恋 を翻訳できていなかった。いや 翻訳はしていた。「恋」 と。ペンで書いた。堤防で声に出した。 だが行動 ができていなかった。翻訳 はできても。行動 ができない。
翻訳者は 言葉の人間 だ。行動 の人間ではない。 だが恋 は。言葉 だけでは完結しない。行動 が必要だ。
堤防 の上で声に出すだけ では。彩音 には届かない。彩音 の前で。彩音 の目を見て。彩音 に向かって。 「好きだ」 と。
それが 行動 だ。
安藤 がやったこと。陽太 がやったこと。 声を。本人 に届ける行動。
「行動 するには。まず 会わなきゃいけない」
冬休み だ。学校 がない。屋上 がない。 だが陽太が言った。「LINEがある。電話がある。 場所は作れる。お前が一番得意なことだ」
場 を作る。
スマホを取り出した。 彩音のLINE を開いた。
何 を送る。 「冬休み、会えないか」? ストレートすぎるか。「年末、時間ある?」? 設計 している。タイミング を考えている。文面 を計算している。
やめろ。
設計 するな。本文 書け。
指 が動いた。考える前 に。
『彩音。 冬休み中に 会いたい。 いつでもいい。都合のいい日を教えてくれ』
送信 した。
送った 後に。気づいた。 「会いたい」 と。書いた。「会えないか」 ではなく。「会いたい」 と。
会いたい。 本音 が。設計 なしで。出た。翻訳者のフィルター を通さず。 指が 勝手に。
心臓 が速い。 送信 してしまった。取り消せない。 だが取り消す気 もない。
三十秒。 既読 がつかない。
一分。 まだ。
二分。 既読 がついた。
三分。 返信 が来た。
『会いたい ですか。 嬉しいです。 明日 空いてます。午後 なら。 堤防 で。会えますか。屋上 の代わりに』
堤防 で。屋上 の代わりに。
彩音 が。屋上 の代わりの場所 として。堤防 を選んだ。海が見える場所 を。二人が 帰り道に別れていた場所 を。
彩音 も。同じ ことを考えていたのか。冬休み に。会える場所 を。
『堤防 いいな。 明日。午後二時。 いつもの分かれ道のところで』
『はい。 午後二時。 楽しみにしています』
九度目 の「楽しみにしています」。
だが今回は。声 ではなく。文字 で。LINEの画面 の中 で。
嬉しい と。彩音 が書いた。「会いたいですか。嬉しいです」。 翻訳 するな。分析 するな。 嬉しい は嬉しい だ。それ以上 読み込むな。
スマホ を閉じた。
堤防 の上。十二月の海。
明日 彩音に会う。堤防 で。屋上 の代わりに。 冬休みの二日目 に。
告白 するのか? 明日?
分からない。設計 しない。「明日告白する」 とは決めない。決めたら 設計図 になる。
明日 会う。話す。 その先 に。言葉 が見つかるかもしれない。見つからないかもしれない。 陽太が言った。「会って話した先に 言葉が見つかる」。
見つかるかどうかは 分からない。
だが 会いたい。 それだけは確か だ。
翻訳 できなくていい。設計 しなくていい。 会いたい。
それが 本文 だ。
海 を見た。鉛色 の。十二月 の。 波が打っている。冬の波。 穏やかではない。だが 動いている。止まっていない。
俺 も。動いている。止まっていない。 遅い。安藤 より。陽太 より。 遅い。だが 動いている。
「好きだ」 は。もう確定 している。ペン で書いた。声 に出した。十一回。 あとは 本人 に。
明日 かもしれない。来週 かもしれない。一月 かもしれない。 「夏が来る前に」 と約束した。だが 夏まで待つ必要 はないのかもしれない。
陽太 が言った。「言いたいときに言え」。
言いたい とき。 いつ だ。
今 も。言いたい。
堤防 の上で。海に向かって ではなく。彩音 に向かって。
明日 堤防で会ったら。彩音 の顔を見たら。 言いたく なるだろう。確実 に。
言いたくなった とき に。 言え。 陽太の助言。
だが 安藤の日 を大事にした ように。原田の日 を大事にした ように。 彩音への告白 は。「俺と彩音だけの日」 にしたい。
明日 堤防で会って。話して。 その流れ の中で。自然 に。 設計 じゃなく。
自然 に。
「自然に 好きだと。言えたら」
声に出して 呟いた。堤防 で。十二月の風 の中で。
自然 に。設計 なしで。翻訳 なしで。 会話 の流れの中 で。ふっと。 「好きだ」 が。
出るのか。出るかもしれない。出ないかもしれない。
「分からない」
分からない。 翻訳者 にも。
だが 分からないことを楽しめ と。彩音 が教えてくれた。
分からないまま 明日。堤防 に行く。彩音 に会う。 何が起きるか分からない。
怖い。 少し。
怖いまま 動く。 工作室の哲学。完全救済 はしない。完全な告白 もない。
不完全 でいい。
明日 堤防 で。
風 が吹いた。冷たい。 だが光 がある。雲の切れ間 から。十二月 の。低い光。
冬 が来ている。春 はまだ遠い。夏 はもっと遠い。
だが 約束 した。「夏が来る前に」 と。
夏 まで待つ必要 があるのか。
もしかしたら 冬 のうちに。
もしかしたら 明日。
もしかしたら。
スマホ の画面を見た。彩音 のLINE。「楽しみにしています」。
俺 も。楽しみ にしている。
怖くて。温かくて。 楽しみ で。
全部 本物。
堤防 を降りた。家 に向かった。十二月の道。 息が白い。
明日 彩音 に会う。
そのとき に。
何が起きる か。
翻訳者 にも。分からない。
分からないから。面白い。
帰宅した。 自室。 夜。
スマホ が振動した。彩音 からだった。
追加 のLINE。
『恒一くん。 明日 ですが。堤防 で。少しだけ 聞いてほしいことが あります。 大丈夫ですか』
聞いてほしいこと がある。
十一月 のC組の教室 を思い出した。あのとき も。「聞いてほしいことがある」 と。
あのとき 彩音は Aさんの件 を全部語った。壁 を全部脱いだ。 今度 は何 を。
心臓 が跳ねた。
返信。
『大丈夫 だ。何でも聞く。 翻訳しないで。ただ聞く。 約束する』
翻訳しない。 前 にも約束した。十一月 の教室 で。
十秒後。
『ありがとう。 翻訳しないで くれるの。嬉しいです。 じゃあ 明日。午後二時。堤防 で。 おやすみなさい、恒一くん』
おやすみなさい 恒一くん。
「おやすみ 彩音」
声 に出した。LINEの画面 に向かって。 送信 はしない。声 だけ。
スマホ を枕元 に置いた。
明日 堤防 で。彩音 に会う。
彩音 が「聞いてほしいこと」 がある。 何を 言うのだろう。
翻訳 するな。推測 するな。 明日 直接 聞く。
そして 俺にも。 言いたいこと がある。
「好きだ」 と。
言えるか 分からない。明日 に。 設計 しない。「明日言う」 とは決めない。 自然 に。言いたくなったら。 言う。
目を閉じた。 十二月の夜。
冬 が来ている。年 が変わる。春 が来る。夏 が来る。
夏が来る 前に。
約束 は守る。
おやすみ。
明日 堤防 で。




