第41話 最後の依頼
第41話 最後の依頼
「卒業式で、好きな人に気持ちを伝えたいんです」 最後の依頼は、俺自身の鏡だった。
大晦日。午後二時。 堤防。
来た。 彩音 が。
コート。マフラー。 紺色 の。手 に もう一つ。白い マフラー。 俺 のために持ってきた。約束 通り。
「恒一くん」
「彩音」
堤防 の上。いつもの場所。 分かれ道。左 と右 に別れていた場所。 今日 は別れない。ここ で。会う。
「はい。 マフラー」
白い マフラーを受け取った。 柔らかい。 巻いた。首 が温かくなった。十二月 の風 が冷たい。海 が鉛色。 だがマフラー のおかげで。少しだけ 世界 が温かい。
「ありがとう。 温かい」
「寒い のに。堤防 で会う って言うから。 風邪 引きますよ」
「引かない。 マフラー あるから」
「私 のマフラー ですけどね」
「借りてる。 ありがたく」
並んで 座った。コンクリート の上。冷たい。 だが二人 分の体温 が。少しだけ 空気 を暖めている。
海 を見た。大晦日 の海。鉛色。 だが光 がある。雲 の切れ間 から。冬 の低い太陽 が。水面 に白い帯 を引いている。
「一年 終わる な」
「終わり ますね。 早かった」
「早かった。 四月 に。お前 が工作室 に来てから。 九ヶ月」
「九ヶ月 ですか。 もっと 長い気 がします」
「長い か。俺 は短い と思う」
「短い ですか」
「ああ。 お前 と過ごした時間 は。短い。 もっと あってほしかった」
心臓 が跳ねた。自分 で言った言葉 に。 「もっとあってほしかった」。 本音 が。また。設計 なしで。
彩音 が。少しだけ マフラー に顔 を埋めた。口元 が隠れた。目 だけ が出ている。 目 が。柔らかかった。
「私 も。 もっと あってほしかった です」
「……ああ」
「屋上 で。サンドイッチ の話 をして。 あの時間 が。好きでした」
好き だった。 屋上 の時間 が。
翻訳 しない。「好き」 の種類 を分析 しない。 ただ 受け取る。
「俺 も。好きだった。 おでん の具 の話 もな」
「おでん の具 の話 も。好き ですか」
「好きだ。 大根 の話 も。卵 の話 も。 全部」
「全部 」
「全部 好き だ」
声 が。出た。 「全部好きだ」。 おでん の具 の話 が好き だと言った つもり。だが 「全部好きだ」 は。別 の意味 にも聞こえる。
彩音 が。マフラー の中 で。何か を呟いた。聞こえなかった。 風 の音 に消された。
「何 ?」
「……何でもない です」
「何でもない ?」
「事実 の確認 です」
事実 の確認。 久しぶり に聞いた。彩音 の盾。 だが今日 の「事実の確認」 は。盾 ではなかった。照れ隠し だった。
二人 で。堤防 の上 で。海 を見ていた。 三十分ほど。大した ことは話さなかった。年末 の。日常 の。何でもない話。受験勉強 の進捗。好きな映画 の話。冬 の星座 の話。 情報量ゼロ。密度 は高い。
「恒一くん」
「何だ」
「一つ 報告 があります」
「報告 ?」
「ピアサポート の。大学 の。 合格 しました。来年 の四月 から。正式 に」
ピアサポート。 彩音 が。堤防 で「もう一度人の心に触れていいか」 と聞いた。俺 が「大丈夫だ」 と言った。 応募 した と。
「合格 したのか」
「はい。 面接 で。『なぜピアサポートをやりたいのか』 と聞かれて。 正直 に話しました。以前の学校 のこと。Aさん のこと。 全部」
「全部 話したのか」
「はい。 隠さずに。 面接官 が。『その経験 があるから こそ。あなた には 学生 の気持ち に寄り添える力 がある』 と」
「寄り添える 」
「はい。 失敗 した経験 が。強み になる と。 恒一くん が言ってくれた通り でした。『失敗の意味は更新できる』 と」
彩音の目 が。光っていた。 涙 ではなかった。 喜び の光。達成 の光。 壁 を超えた光。
「大丈夫 だって。言った だろ」
「言って くれました。 二回」
「二回 分の大丈夫 が。届いた か」
「届きました。 ちゃんと」
彩音 が。笑った。マフラー の中 で。目 が細くなった。 冬 の光 を受けて。 きれい だった。
翻訳 しない。「きれい」 を翻訳 しない。ただ 見ている。彩音 の笑顔 を。
「彩音」
「はい」
今 か。
心臓 が。「今だ」 と。
言いかけた。口 が開いた。「好きだ」 の「す」 が。喉 の奥 で形になりかけた。
「あの 」
彩音 のスマホ が鳴った。
着信音。 誰か からの電話。
「あ すみません。 ちょっと 」
彩音 がスマホ を見た。 画面 を見て。少し 驚いた顔 をした。
「 出ていいですか。一分 だけ」
「ああ。 出ろ」
彩音 が立ち上がった。少し 離れた。堤防 の端 で。電話 に出た。
俺 は。座ったまま。海 を見ていた。
タイミング。
「今だ」 と心臓 が言った。口 が開きかけた。 そのとき。電話 が鳴った。 タイミング が。ずれた。
設計 していないから。こういうこと が起きる。設計 していたら。「電話が来る可能性」 を排除 していた。「スマホの電源を切ってもらう」 とか。 安藤 の告白 のとき。校門 を陽太 に見張らせた のと同じ。
だが 設計 しないと決めた。心臓 に任せると決めた。 心臓 が「今だ」と言った瞬間 に電話 が鳴った。 それも。運命 の一部 なのかもしれない。
彩音 が戻ってきた。
「ごめんなさい。 大学 の友達 から。年末 の挨拶 でした」
「年末 の挨拶 か」
「はい。 何 でしたっけ。 何か 言いかけてましたよね」
「……ああ。 いや」
言いかけていた。 「好きだ」 を。
言える か。今。 電話 の後 で。空気 が一度 途切れた。 さっきの「今だ」 の瞬間 は。もう過ぎた。
心臓 が。黙っている。 「今だ」 とは。もう言っていない。
「……来年 の話 をしていいか」
「来年 ?」
「三学期 が始まったら。 卒業 まで三ヶ月 だ。 工作室 には。まだ行く。凛花 と蒼 を見守る ために」
「はい」
「その間 に。 お前 に。話したいこと がある」
「話したい こと。 十二月 に言った 」
「ああ。 夏が来る前に と約束 した。 でも」
「でも ?」
「夏 まで待たない かもしれない」
彩音 の目 が。動いた。
「待たない ?」
「卒業 まで。三ヶ月。 その間 に。お前 に。 本文 を渡す」
「本文 」
「翻訳 じゃなく。設計図 じゃなく。 俺自身 の言葉 を。 渡す」
「俺自身 の 」
「今日 は。 渡せなかった。 電話 が」
「あ ごめんなさい 電話 」
「謝るな。 お前 のせいじゃない。 設計 してなかったから。 こういう こともある」
「設計 してなかった から」
「ああ。 設計 しない告白 は。タイミング が読めない。 でも。いい。 来年 に持ち越す」
「来年 」
「来年。 卒業 の前 に。必ず」
「必ず 」
彩音は 三秒ほど 俺を見つめた。 マフラー の上 から。冬 の目 で。
「分かりました。 待っています」
十二度目 の「待っています」。
だが 今回は。彩音 の声 に。焦り はなかった。安心 があった。 「来年」 という言葉 に。 「必ず」 という言葉 に。
「恒一くん」
「何だ」
「今日 言えなかった のは。 残念 ですか」
「残念 か。 少し な」
「少し 」
「少し 残念 で。少し 安心 してる。 矛盾 だけど」
「矛盾 ですね。 好き です。その矛盾 が」
十三回目 の「好きです。その矛盾が」。 数えている。もう。お互い に。
「彩音。 年 が変わるまで。あと何時間 だ」
「えっと 今。四時半 ですから。 七時間半 くらい」
「七時間半 か。 ここで 年越し するか」
「ここ で? 堤防 で?」
「寒い か」
「寒い です。 でも」
「でも ?」
「 いい です。ここ で」
「いい のか」
「はい。 冬 の屋上 で。年越し するのは。 悪くない です」
悪くない。 彩音 の「悪くない」 は。「嬉しい」 の翻訳 だ。翻訳者 は読める。 いや。翻訳 するな。ただ 聞け。
「じゃあ 一回 家 に帰って。温かいもの 持ってくる。 また来る」
「私 も。 家 に帰って。 年越しそば 食べて。 また来ます」
「何時 に」
「十一時 くらい?」
「十一時。 堤防 で。 年越し を」
「はい。 年越し を」
二人 で。堤防 を降りた。 分かれ道 で。
「じゃあ また」
「また。 十一時 に」
彩音 が。左 に。俺 が。右 に。 いつも と同じ。分かれ道。
だが 今日 は。また 会う。七時間後 に。 同じ場所 で。
「好きだ」 は。言えなかった。 電話 が鳴って。タイミング がずれて。
だが 悪くない。 大晦日 に言えなかった。 大晦日 に会えた。堤防 で。マフラー を借りて。ピアサポート の合格 を聞いて。 「来年 必ず」 と約束 した。
十分 だ。今日 は。
年 が変わった。
堤防 の上 で。二人 で。
十一時 に戻ってきた。彩音 が。ポット に入れた温かいほうじ茶 を持ってきた。俺 は カイロ を二つ。
堤防 に座って。ほうじ茶 を飲んで。 星 を見ていた。冬 の星座。オリオン が。頭上 に。
ゼロ時。 スマホ のアラーム が鳴った。
「あけまして おめでとう」
「あけまして おめでとうございます」
「敬語 」
「新年 ですから。 少し 改まりました」
「改まらなくて いいのに」
「癖 です。 あけましておめでとう。恒一くん」
「おめでとう。 彩音」
新年 の最初 の言葉。お互い の名前。
「今年 も。 よろしく」
「はい。 今年 も。 よろしくお願い します」
「敬語 」
「 よろしく」
笑った。 二人 で。堤防 の上 で。新年 の最初 の笑い。
星 が光っている。海 が暗い。 だが波 の音 は温かい。不思議 だが。冬 の波 が。温かく聞こえる。
「恒一くん」
「何だ」
「今年 は。どんな年 にしたいですか」
「どんな年 」
「目標 とか。 翻訳者 なら。今年 の一文 を決めたりしませんか」
今年 の一文。 翻訳者 なら。
「……本文 を書く年 にしたい」
「本文 」
「設計図 じゃなく。翻訳 じゃなく。 俺自身 の本文 を。 声 にする年 に」
彩音は 少し黙 って。
「楽しみ にしています」
十三度目。 新年 最初 の「楽しみにしています」。
「彩音 は。今年 の一文 は」
「私 は 」
三秒 考えた。
「 壁 を全部脱ぐ年 にしたいです。 まだ 残ってる から。薄い壁 が」
「薄い 壁」
「はい。 去年 だいぶ脱ぎました。でも まだ。恋 の前 だけ。壁 が 復活 する」
恋 の前 だけ。壁 が復活 する。 凛花 が教えてくれた。彩音 が恋 を怖がっている と。
「壁 は。自分 で脱がなきゃ 意味がない んですよね」
「ああ。 誰か に壊してもらう んじゃなく」
「自分 で。 今年 は。自分 で脱ぎます。 全部」
「全部 」
「全部。 恒一くん の前 で。 約束 です」
約束。 彩音 が。俺 の前 で。壁 を全部脱ぐ と。
「俺 も。約束 する。 本文 を渡す。お前 に。 今年 中に。 いや。卒業 の前 に」
「卒業 の前 に」
「ああ。 夏が来る前 って。十二月 に言った。 でも。夏 まで待たない。 卒業 の前 に。 三月 の前 に」
「三月 の前 」
「必ず」
「必ず ですね」
「必ず だ」
新年 の。最初 の約束。 堤防 の上 で。星 の下 で。
二人 で。交わした。
「おやすみ 彩音。 良い年 に しよう」
「おやすみ なさい。恒一くん。 良い年 になります。 きっと」
きっと。 彩音 が。「きっと」 と。
なる。 良い年 に。
帰った。 別々 の方向 に。 だが次 に会うのは。三学期 の始業式 の日。一月 の。 遠くない。
年が明けて 三学期が始まった。
一月。 冬 の朝凪。海 は鉛色 のまま だが。日 が少しずつ長くなっている。冬至 を過ぎた。三月 に向かって。 日照時間 が伸びていく。
学校 が再開した。教室。廊下。 いつもの日常。 だが残り時間 が見えている。三月 の卒業式 まで。二ヶ月 と少し。
工作室 には 放課後 行っている。凛花 と蒼 の運営 を見守る ために。鍵 は凛花 が持っている。俺 はノック して入る。 かつての団長 が。ノック する側 になった。
屋上 には 毎日行っている。彩音 と。昼休み に。 冬 の屋上 は寒い。だが二人 で。いつもの場所 に。
新年 の約束 を交わした あとの日々 は。穏やか だった。「必ず 卒業の前に」 と約束 した。 焦り はなくなった。期限 を決めたから。 園田 の件 で学んだ。「設計図には期限をつける」。 自分 の恋 にも。期限 をつけた。三月 の前。
その期限 の中 で。日常 を過ごしている。サンドイッチ の中身 を報告し合う。受験勉強 の進捗 を話す。彩音 のピアサポート の準備 の話 を聞く。 情報量ゼロ の会話。密度 は高い。
「好きだ」 は。まだ声 にしていない。 本人 には。 堤防 と鏡 と陽太 と海 には言った。十二回。 だが彩音 には。まだ。
だが近い。確実 に。
工作室 の日常 も穏やか だった。凛花 と蒼 が回している。一年生 の新メンバー が一人。来たり来なかったり。 依頼 は少ない。冬 は恋 の相談 が減る季節 だ。寒い から。人 は内にこもる。
と思っていた。
一月の第三週。 放課後。工作室。
ドアがノック された。
凛花 が「どうぞ」 と言った。 俺 は窓際 に座っていた。凛花 の横 で。見守り の姿勢 で。
入ってきたのは 三年 の男子 だった。同学年。 知らない顔 ではない。隣 のクラス。三年B組。 三上 という名前 だったか。
パイプ椅子 に座った。 緊張 している。手 が膝 の上 で握られている。
「名前 は」
凛花 が聞いた。 団長 として。
「三上 です。三上誠。三年B組」
「三上さん。 何がありましたか」
凛花 の対応 が。板についている。 去年の俺 と同じ 問いかけ。 だがトーン が違う。凛花 は俺 より柔らかい。記録者 の声。
三上 は。三秒ほど黙って。
「卒業式 で。好きな人 に。気持ち を伝えたいんです」
卒業式 の告白。
心臓 が。跳ねた。 依頼者 の言葉 ではなく。俺 自身の状況 と。完全 に重なった から。
「卒業式 で」
凛花 が確認 した。
「はい。 卒業式 の日 に。 三年間 同じ学校 にいた人 に。 別々 の大学 に行くから。 最後 に」
三年間。同じ学校。別々の大学。 安藤 と同じ構造 だ。だが 安藤 は十二月 に言えた。三上 は 卒業式 まで待っている。
「三上」
声 が出た。俺 の口 から。凛花 が驚いた 顔をした。 見守り の姿勢 だったのに。翻訳者 が。勝手 に動いた。
「高瀬先輩 」
凛花 が小声 で。「見守り のはず では」 と目 で問いかけている。
「……すまん。凛花。 少し だけ」
「……はい。どうぞ」
凛花 が。団長 の座 を。一瞬 だけ。元団長 に譲った。
「三上。 三年間 好きだったのか」
「はい。 一年 のとき から」
「なぜ 今まで言えなかった」
「怖かった から です。断られるの が」
「怖くて。 三年間」
「三年間 です。 でも 卒業 したら。もう 会えなくなる。 言わないまま 終わるのが 一番 怖い って。最近 気づいたんです」
「始めないまま 終わるのが もっと怖い 」
「はい。 その通り です」
安藤 の言葉 だ。 安藤 が植樹コーナー の前 で言った。「始めないまま終わるほうがもっと怖い」。 三上 も。同じ結論 に辿り着いている。
翻訳者 の胸 が。痛い。 他人 の恋 を翻訳するたびに。自分 の恋 と向き合わされる。 いつも そうだ。
三上 の依頼 は。俺 自身 の鏡 だ。
他人 の告白 を設計する。自分 の告白 はまだできていない。最後 の依頼 が。俺 への問いかけ になっている。
「三上。 この依頼。受ける」
凛花 が。ノート に記録 した。
「 新規依頼。三上誠(三年B組)。卒業式 の日に告白 を希望。三年間 の片想い。 対応:柊凛花・星野蒼。 高瀬先輩 は助言 のみ」
助言のみ。 凛花 が。区分けしてくれた。今 の工作室 の主役 は凛花 と蒼 だ。俺 は助言 する立場。
「凛花。 この依頼 は。お前 と蒼 で設計 しろ。俺 は 必要なとき だけ 口を出す」
「了解 です。 でも先輩」
「何だ」
「この依頼 先輩 にも。刺さってる でしょう」
見抜かれている。参謀 は。何 でも見抜く。
「……刺さってる」
「ですよね。 卒業式 で告白。先輩 も 卒業 の前 に 」
「凛花」
「はい」
「依頼者 の前 で。俺 の恋路 を議論 するな」
「あ すみません。 三上さん。ごめんなさい。 先輩 の個人的 な 」
「大丈夫 です。 高瀬先輩 にも。好きな人 いるんですか」
三人目。北村。安藤。三上。 依頼者 に三回 聞かれた。
「……いるかもしれない」
「かもしれない ですか。 翻訳者 なのに。曖昧 ですね」
「曖昧 だな。 翻訳者 のくせに」
三上 が帰っていった。 来週 から。設計 に入る。卒業式 は三月。あと二ヶ月 弱。 時間 はある。だが 「ある」 と思っていると。あっという間 に。
凛花 がノート を閉じた。
「先輩。 最後 の依頼 ですね」
「最後 ?」
「先輩 が工作室 にいる間 の。最後 の大型依頼 だと思います。 三月 の卒業式 に向けた」
「最後 か」
「はい。 先輩 が翻訳者 として受ける。最後」
最後の依頼。 翻訳者 として。恋路工作室 の三代目 として。最後。
「最後 の依頼 と。自分 の告白 を。同時 にやる のか。俺 は」
「同時 でいいじゃないですか。 三上さん の告白 を設計 しながら。先輩 自身 の告白 も。進める。 並行 で」
「並行 」
「はい。 依頼者 の恋 と。先輩 の恋 が。同じ方向 を向いている。 卒業 の前 に。伝える。 同じ です」
同じ だ。三上 も。俺 も。卒業 の前 に。好き な人 に。
「凛花。 この依頼 が終わったら」
「はい」
「俺 は 彩音 に。言う」
「言う 」
「本文 を。渡す。 最後 の依頼 が完了 した日 に。 いや。その前 かもしれない。 設計 しない」
「設計 しない 」
「心臓 に任せる。 陽太 に言われた。 いつ は決めない。でも 三月 の前 に。必ず」
凛花 は。三秒ほど 俺を見て。
「先輩。 もう 大丈夫 ですね」
「大丈夫 ?」
「大丈夫 です。 先輩 の目 が。覚悟 の目 になっています。 安藤さん が告白 する前日 と。同じ目」
覚悟 の目。 安藤 が。リハーサル の翌日 に見せた目 と。
「参謀 は。何 でも見抜くな」
「一度 参謀 になった人間 は。ずっと参謀 です。 先輩 の恋路 も。見守ります」
「見守ってくれ。 遠く から」
「遠く から。 距離ゼロ で」
距離ゼロ の遠く。 矛盾 だが。工作室 の哲学 だ。
帰り道。 彩音 と歩いていた。堤防 の手前 まで。いつも の。
「今日 最後 の依頼 が来た」
「最後 ?」
「卒業式 で。好きな人 に告白 したいって」
「卒業式 の 告白 」
「ああ。 安藤 と同じ構造 だ。三年間 の片想い。卒業 で離れる。最後 に伝えたい」
彩音 は。少し歩いて。黙っていた。
「恒一くん 自身 は?」
「自身 ?」
「依頼者 の設計 は。完璧 なんでしょうね。 自分 の方 は?」
「自分 の方 は 設計 してない。本文 を直接書くつもり だ」
「本文 を 直接 」
「ああ。 翻訳 しない。設計 しない。 ただの。高瀬恒一 の言葉 で」
彩音 は。五秒ほど 黙った。 風 が吹いた。一月 の風。冷たい。
「……そうですか」
声 が。小さかった。 だが。震え ていなかった。 静か な声。何か を受け入れた 声。覚悟 の声。
「彩音 」
「はい」
「最後 の依頼 が終わったら。 お前 に。話す」
「 待っています」
十四度目 。
堤防 の分かれ道。 左 と右。
「じゃあ また。明日 屋上 で」
「はい。 明日。 屋上 で」
彩音 が。左 に歩いていった。 背中 が。小さくなる。一月 の夕暮れ の中 に。
俺 は。右 に。堤防沿い を。海 を左 に見ながら。
最後 の依頼。 三上 の卒業式 の告白。それ と並行 して。俺 自身 の告白。
翻訳者 として。最後 の仕事 をしながら。高瀬恒一 として。最初 の本文 を書く。
並行 で。 同時 に。
「最後 の依頼 が終わったら 彩音 に言う」
声 に出して 呟いた。堤防 で。海 に向かって。 十三回目 の独白。
もう少し だ。
三上 の告白 を。設計 する。全力 で。 翻訳者 として。最後 の仕事 を。
そして 。
高瀬恒一 として。最初 の仕事 を。
好きだ と。
彩音 に。
あと 少し。
海 が暗くなっていく。一月 の夕暮れ。 日 が長くなっている。冬至 を過ぎて。
春 が近づいている。 卒業 が近づいている。
その前 に。
必ず。




