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朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──  作者: Song1
朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──
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第11話 関係の再定義

第11話 関係の再定義


「元カレと友達に戻りたい」 それは、恋路工作室史上もっとも厄介な依頼だった。


メモをホワイトボードに貼った翌日 木曜日の放課後。依頼者が工作室に来た。


園田真琴。二年四組。ふんわりした茶色のボブカット。話すときに少しだけ首を傾ける癖がある。声は穏やかで、語尾が少し上がる。人の話をちゃんと聞くタイプの顔立ちだ 目がやや大きくて、相手の言葉に合わせて表情がよく動く。


パイプ椅子に座った園田は、膝の上でハンカチの端を指で折り畳んでいた。緊張はしているが、水谷や佐々木のように追い詰められた様子はない。泣いてもいない。ただ 困っている。困り方が穏やかだった。


「えっと 三ヶ月くらい前に、彼氏と別れたんです。瀬尾くん。同じクラスなんですけど」


「別れた理由は」


桐生先輩が聞いた。


「......分かんないんです。瀬尾くんのほうから『別れよう』って言われて。理由はちゃんと聞けなくて。ていうか、聞いたんですけど、瀬尾くん、ちゃんと答えてくれなくて。 ただ、嫌いになったわけじゃないって、それだけ言ってました」


翻訳する。


園田の声にはいくつかの層がある。表面 困惑。「なぜ別れたのか分からない」という素直な疑問。その下 寂しさ。同じクラスにいるのに距離ができた不自然さ。さらに下 罪悪感ではないが、何かが引っかかっている。自分に非があったのかもしれないという、不確定の自責。


「今の状況は」


「同じクラスだから毎日会うんですけど 気まずくて。前は普通に話せてたのに、今は目が合うと逸らされて。それが しんどくて」


「で、『友達に戻りたい』と」


「はい。別に復縁したいわけじゃないんです。ただ 普通に話せるようになりたい。今みたいにお互い意識して避けてる状態が、嫌なんです」


園田の依頼は明確だ。復縁ではない。距離の再設定。 だが、その依頼には構造的な難しさがあった。


「園田さん」


俺が口を開くと、園田がこちらを向いた。


「一つ、確認させてくれ。友達に戻りたい その『友達』は、付き合う前の友達のことか?」


「え はい、そうです。前はクラスの友達として普通に話してたから......」


「それは 無理だ」


園田の目が見開かれた。


「え......」


「友達に『戻る』のは不可能だ。付き合う前の関係にはもう戻れない。 なぜなら、お前たちはもう知ってしまったからだ。相手の感情を。相手と付き合ったときの距離感を。相手と別れたときの痛みを。知る前の状態には戻れない。知識は巻き戻せない」


園田は黙った。ハンカチを折る指が止まった。


「 ただし」


俺は続けた。


「新しい関係を『作る』なら、設計できる。友達に戻るのではなく、今の二人に合った距離を見つける。それは元通りの関係ではないが 元通りより、たぶんマシだ」


「新しい......距離」


「ああ。友達でもなく、恋人でもなく、他人でもない。どこかの距離。 それを探すのが、この依頼の本質だと思う」


園田はしばらく考えていた。ハンカチの端を指先で撫でている。考えるときの癖なのだろう。


「......それって、どうやるんですか」


「設計する。園田と瀬尾が自然に 不自然じゃない形で 接する場を作る。会話のきっかけ、距離感のリセット。全部、工作室で設計する。 ただし」


桐生先輩が割り込んだ。


「確認すべきことが一つある」


桐生先輩は園田をまっすぐ見た。


「園田。お前、瀬尾にまだ恋愛感情はあるか」


直球だった。園田が一瞬固まった。


「え いや、ないです。ないと思います」


「思います、は?」


「......ないです」


桐生先輩は目を細めた。


「瀬尾のほうに感情が残っている可能性は」


「分かんないです。瀬尾くんが何考えてるか、最近は全然分かんなくて......」


「 確認する。天野」


陽太が椅子の上で背筋を伸ばした。


「瀬尾側の調査。お前が担当しろ。瀬尾と自然に接触して、状態を探れ。 特に、園田に対する感情の有無を」


「了解っす」


桐生先輩は園田に向き直った。


「園田。依頼は受ける。 ただし条件がある。園田と瀬尾、どちらかにまだ恋愛感情が残っていた場合、この依頼は中止する。友達ごっこは どちらかに感情がある状態では成立しない。偽物の友情は、本物の感情を押し潰す」


「......分かりました」


園田は頷いた。声は小さかったが、目は逸らさなかった。


凛花がノートにペンを走らせている。


依頼④:園田真琴(二年四組)。依頼内容:元恋人・瀬尾との関係再定義。条件:双方に恋愛感情が残っていないことを確認後、設計開始。


桐生先輩がホワイトボードに書き加えた。


「依頼④:園田 関係の再定義」



園田が帰った後、工作室に四人が残った。


「厄介だな、これ」


陽太がパイプ椅子の背に体を預けて言った。メロンパンはない。今日は購買に行き忘れたらしい。


「告白の支援、噂の上書き、断罪の無力化 全部、方向がはっきりしてた。でも『友達に戻りたい』は方向がない。ゴールがぼやけてる」


「ゴールは明確だ」


俺は言った。


「園田が瀬尾と同じ教室にいて、普通でいられる状態。 それがゴールだ」


「普通って何だよ。元カレと元カノの『普通』って、存在すんのか?」


「分からない。だから設計するんだ。 ないなら作る。それが工作室だろ」


陽太は唇を尖らせた。納得していない顔。 だが、その表情の下に、別のものが透けて見えた。


「陽太。お前、何か引っかかってるだろ」


「......別に」


「嘘つくとき、お前は目を逸らすんじゃなくて唇を尖らせる。 引っかかってるなら聞く」


陽太は俺を見た。それから、天井を見上げて、ふっと息を吐いた。


「......俺も似たことあるよ」


声のトーンが変わった。陽太の「明るいモード」のスイッチが切れて、その下にある声が出てきた。低くて、静かで、少しだけ遠い声。


「中学のとき 好きだった子に告白したんだ。手紙で。 振られた」


知っている。陽太が中学時代に告白の手紙を晒された話は、以前聞いた。だが、その前後の話は聞いていなかった。


「振られた後さ、その子が言ったんだよ。『友達でいよう』って」


工作室の空気が 変わった。凛花のペンが止まった。桐生先輩はデスクに腰を下ろしたまま、陽太のほうを見ている。


「善意だったと思うよ。本気で友達でいたかったんだと思う。でも 無理だったんだ。友達のフリして、普通に話して、笑って。でも内側で全然普通じゃなくて。好きな気持ちが消えてないのに友達の顔してるのが 」


陽太は言葉を切った。


「 きつかった。マジできつかった」


沈黙。海鳥が鳴いた。遠く。


「で、一ヶ月くらいして限界来て、距離置いた。そしたら それを面白がったやつらがいて。グループLINEに告白の手紙の写真が回って。『天野が告白して振られたのに友達やろうとして失敗した』って 笑い話にされた」


俺は何も言わなかった。言葉が出なかった。 いや、違う。言葉はあった。だが、今陽太が必要としているのは翻訳ではなく、聞いてもらうことだった。


「だから 園田の依頼、ちょっと他人事じゃなくてさ」


陽太は頭をかいた。照れているのではない。言葉にしたことで、自分の中の何かが引っ張り出されてきた感覚を、処理しようとしている。


「振られた後に『友達でいよう』って言われるの 世界一残酷な優しさだよな」


世界一残酷な優しさ。


その表現が、刺さった。


「......お前、意外と深いこと言うな」


「意外とは余計だ」


陽太は笑った。 いつもの笑い方。だがスイッチを入れ直した笑い方だ。俺にはもう、その切り替えの瞬間が見える。


「ま、だから この依頼、ちゃんとやりたいわけよ。園田にも瀬尾にも、俺のときみたいになってほしくない。 友達のフリは、どっかで壊れる。壊れたとき、周りに笑われるようなことには させたくない」


陽太の目が 笑っていなかった。


俺は頷いた。


「陽太。瀬尾の調査、お前に任せる。 お前なら、瀬尾の本音が分かるはずだ」


「おう」


陽太は立ち上がった。体を伸ばして、窓の外を見た。六月の海。梅雨の合間の曇り空。灰色の水面。


「恒一」


「何だ」


「園田の依頼 友達に『戻りたい』じゃなくて、新しい距離を『作る』んだよな」


「そう言った」


「それってさ 付き合う前の関係を上書きするんじゃなくて、別の関係を新規で作るってことだろ。忘却屋の上書きストーリーとは違う」


俺は一瞬、驚いた。陽太の口から忘却屋の話が出るとは思わなかった。


「そうだ。忘却屋は記憶を塗り替えようとする。俺たちは 記憶はそのままで、距離だけを再設計する。上書きじゃない。再定義だ」


「再定義か。 いいね、その言葉」


陽太はドアに向かった。


「じゃ、瀬尾に話しかけてくる。帰り道で偶然を装う。 俺のコミュ力なめんな」


いつものセリフ。だが今日は 少しだけ、重みが違った。



陽太が出ていった後、工作室に三人が残った。


桐生先輩が口を開いた。


「高瀬。天野の話を聞いて 設計方針は変わるか」


「変わりません。再定義のアプローチは維持します。 ただ、陽太の話を聞いて一つ確信したことがある」


「何だ」


「友達のフリは崩壊する。感情が残っている状態で友達を演じたら、必ずどこかで壊れる。 だから、園田と瀬尾の感情の確認は絶対だ。どちらかに恋愛感情が残っていたら、この依頼は受けるべきじゃない」


「同意見だ」


桐生先輩が頷いた。


「柊。園田側の情報収集を。友人関係、クラスでの立ち位置、瀬尾との別れ方の周囲の認知度」


「はい」


凛花がノートにメモを取った。


「それと 」


桐生先輩が付け加えた。


「撤退線。この依頼の撤退条件は明確だ。園田または瀬尾に恋愛感情が残っていると判明した時点で、即時撤退」


ホワイトボードに追記される。


「撤退線:双方の恋愛感情残存が判明した場合、即時中止」


三つの依頼で学んだことが、四つ目に活きている。撤退線の設計が最初から組み込まれている。 これが工作室の進化なのだろう。失敗から学ぶ組織。不完全な結末から原則を磨く組織。



帰り道。陽太と二人で堤防沿いの県道を歩いていた。


陽太は さっきまでの重い空気を完全に脱いでいた。いつもの軽い足取り。いつもの広い歩幅。だが俺には、その切り替えの下にあるものが見えていた。見えているけれど、それを指摘するつもりはなかった。


「なあ恒一」


「何だ」


「瀬尾、さっき話しかけてきた。帰り道で」


「もう接触したのか。速いな」


「偶然を装う必要もなかった。下駄箱で一緒になったから、普通に話しかけた。 バスケ部の試合の話とか、テストの話とか」


「で?」


「普通の会話はできる。壁がある感じはしない。 ただ」


陽太が声を落とした。


「園田の話になった瞬間 顔が変わった」


「変わった?」


「うまく言えないけど......表情がフリーズしたっていうか。一瞬だけ、目が死んだ」


「目が死んだ」


「死んだは言い過ぎか。 空白になった、のほうが近いかも。園田の名前が出た瞬間、瀬尾の顔から感情が全部消えた。一秒くらい。で、すぐ普通に戻って『園田? べつに普通だけど』って」


翻訳する。


園田の名前に反応して感情が消える それは「何も感じていない」のではなく、「感じすぎていて処理が追いつかない」のサインだ。人間は強い感情に直面すると、一瞬だけ無表情になることがある。感情を見せたくないのではなく 感情が一瞬でオーバーフローして、表面が真っ白になる。


「瀬尾に まだ、何かあるかもしれない」


「恋愛感情が残ってるってこと?」


「断定はできない。一瞬の表情の変化だけじゃ根拠が足りない。 ただ、あの反応は普通じゃない。園田に対して完全にフラットなら、名前が出ても顔は変わらない」


陽太は堤防の上で立ち止まった。海を見ている。曇り空の下の灰色の海。


「......もし瀬尾にまだ感情が残ってたら、この依頼は」


「中止だ。桐生先輩がそう決めた」


「 そうだよな」


陽太の声に 何かが混ざった。安堵なのか、残念なのか、両方なのか。翻訳が難しかった。


「陽太。お前、この依頼 」


「ちゃんとやるよ。俺の話は俺の話だ。園田と瀬尾は別の人間で、別の関係だ。 ごっちゃにしない」


「分かった」


「でも もし瀬尾に感情が残ってて、友達のフリを始めたら 」


陽太は言葉を切った。風が堤防の上を渡った。潮の匂い。六月の、湿った風。


「 壊れるの、早いぞ。三日もたない」


陽太はそう言って、歩き始めた。俺は少し遅れてついていった。


三日。陽太が自分の経験から出した数字だ。友達のフリが保つ時間。感情を隠して笑顔を作り続けられる限界。 三日。



その夜。自室。


ベッドの上でスマホを開いた。志帆とのメッセージ。


志帆は俺の返信にすぐ反応していた。土曜日に会う約束。駅前のカフェ。時間は一時。


土曜日。あと二日。


園田と瀬尾の依頼を進めながら 自分の、翻訳できない感情にも向き合わなければならない。


「友達に戻る」のは不可能だと、俺は園田に言った。知ってしまった感情は消えない。新しい距離を見つけるしかない、と。


それは、自分自身にも当てはまる。


俺と志帆は友達だった。中学時代、隣の席で。一緒に帰って。くだらない話をして。 それ以上の何かがあったのかどうかは、翻訳していない。翻訳したくないから。


でも 土曜日に会う。


志帆には彼氏がいる。SNSで見た。男と並んで笑っている写真。 その事実を知っている状態で、志帆に会う。友達として。幼馴染として。


友達のフリだ。 いや、フリではない。俺と志帆は元々友達だ。友達だった。付き合ったことはない。告白したこともない。だから、フリではなく 本物の友達だ。


本物の友達。


......なら、なぜ五日も既読スルーした? なぜメッセージを打つのに三日かかった? なぜ返信のたった十五文字を選ぶのに、あれだけ迷った?


翻訳しろ。


しない。今は。土曜日になったら 会ってみて、そのとき


そのとき、何だ?


分からない。分からないまま、スマホを閉じた。


園田の依頼。瀬尾の謎の表情。陽太の過去。志帆との再会。 全部が同時に動いている。六月の朝凪は 凪じゃない。水面の下で潮が流れている。全部が、少しずつ方向を変え始めている。


明日は金曜日。陽太が瀬尾にもう一度接触する。凛花が園田の周辺情報を集める。俺は 設計を始める。園田と瀬尾が自然に会話できる場を。友達でも恋人でもない、新しい距離を見つけるための場を。


再定義。関係の再定義。


言葉の上では簡単だ。だが 人と人の距離を再定義するということは、両者が今いる場所を正確に測ることから始まる。園田がどこにいて、瀬尾がどこにいるか。二人の間に何メートルの感情が横たわっているか。


それを測るのは 翻訳者の仕事だ。


目を閉じた。明日に備える。


だが、閉じた目の裏に浮かんだのは、園田でも瀬尾でもなく、志帆の笑顔だった。


首を横に振った。寝ろ。今日は 寝ろ。


翻訳は、明日でいい。

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