第8話 王都散策:路地裏の黒猫と嫉妬深い騎士
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お使いに出たロミナ様ですが、後ろには殺気を振りまく銀髪の騎士が一人……。
全然お使いになっていませんね(笑)。
そんな中、路地裏で出会った一匹の「黒猫」。
魔王軍の頭脳にして、アステルとは犬猿の仲(文字通り)である二人目の部下がいよいよ登場です!
陽光が石畳を白く焼き付ける昼下がり。
私は「お使い」という殊勝な名目を掲げ、カステル家の屋敷を後にした。
王都の大通りは、行き交う馬車の車輪の音や商人たちの呼び込み、人々の話し声が混ざり合い、生き物のような熱気を放っている。
その喧騒の中を、私は悠然と歩く。
背後には、影のように音もなく、けれど圧倒的な存在感を放つ「護衛」が張り付いていた。
すれ違う人々、とりわけ着飾った貴婦人や街娘たちが、磁石に吸い寄せられるように振り返る。
彼女たちの視線の先にあるのは、私の背後に控えるアステルだ。
憂いを帯びた銀髪、氷の彫像めいた美貌。
その姿は、この雑多な通りにおいてあまりに異質で、神々しいほどだった。
だが当の本人は、周囲の人間など路傍の石ころ以下と認識しているらしい。
彼の氷のような瞳は、ただひたすらに私――主君の背中だけを映し、世界を拒絶していた。
「ロミナ様、足元の窪みにお気をつけください。……おい、そこの下郎。道を空けろ。あの方の視界に入るな、空気が汚れる」
「アステル、殺気を漏らさないで。これでは買い物ができないわ」
氷点下の声で通行人を威嚇する彼を窘めつつ、大通りを進む。
その時だった。
肌をチリチリと刺すような、奇妙な感覚を覚えたのは。
視線だ。
屋根の上、荷馬車の落とす濃い影、複雑に入り組んだ路地の隙間。
至る所から、複数の何者かが、じっとこちらを観察している気配がある。
敵意ではない。
値踏みするような、粘着質な視線。
(……来たわね)
私は口元だけで笑み、賑やかな大通りから外れ、人気のない薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。
湿った苔の匂いと、静寂。
光と影の境界線を越えた瞬間、煉瓦塀の影が揺らぎ、そこから滲み出るようにして一匹の黒猫が姿を現した。
闇を固めたような艶やかな毛並み。
猫は音もなく近づくと、親愛を示すように私の足元にスルリと体を擦り寄せた。
「――ッ! 離れろ、獣風情が!」
刹那、アステルが反応した。
流れるような動作で剣の柄に手をかけ、殺意の塊となって黒猫を蹴散らそうと踏み込む。
「あの方の聖なる御御足だぞ。その薄汚い毛一本でも付着させてみろ、貴様の皮を生きたまま剥いで、三味線にしてやる」
「おやめなさい、アステル」
抜刀寸前の彼の手を、私は持っていた扇子でパシりと叩いて制止した。
そして、スカートを汚すことも厭わず、足元の黒猫に向かって優雅に屈み込む。
黒猫は逃げるどころか、金色の瞳を細め、人間の笑みのようにニヤリと口角を歪めた。
「ニャー」
一声。
それはただの鳴き声ではなく、知性と皮肉を含んだ挨拶だった。
私はその滑らかな頭を指先で撫で、懐かしさを噛み締めるように囁く。
「待ちくたびれたわよ。……『牙』」
世界が、一瞬だけ瞬きをしたようだった。
黒猫の輪郭が、インクを水に垂らしたように滲み出し、黒い霧となってブレる。
物理法則を無視したその質量の変化は、音もなく、風もなく行われた。
次の瞬間、そこには一人の少年が、路地裏の影に溶け込むようにしゃがみ込んでいた。
夜の闇を紡いで作ったような漆黒の髪は、寝癖のように、あるいは猫耳のように奔放に跳ねている。
重たげな瞼の下から覗くのは、万物を退屈そうに映す黒曜石の瞳。
首元には主従の証である革のチョーカーを巻き、音を立てずに動くための忍び装束を纏った美少年。
魔王軍の頭脳にして、影を統べる軍師、「牙」だ。
「やれやれ。……アステル、相変わらず頭が石臼のように固いねぇ。八百年ぶりの感動の再会くらい、邪魔しないでよ」
吐き出された声は、甘い毒を含んだように気怠げで、どこか挑発的だった。
彼は膝に頬杖をつき、けだるそうにアステルを見上げる。
「……貴様か、牙。そのドブ鼠のような薄汚い姿を、ロミナ様の聖なる視界に晒すな」
アステルが侮蔑と嫌悪を隠そうともせずに吐き捨てる。
だが、牙はどこ吹く風だ。
彼は立ち上がる労力さえ惜しむように、その場にうずくまったまま、私のドレスの裾を愛おしげに指先で弄り始めた。
「お久しぶりです、我が君、魔王様。……小生、待ちくたびれて、路地裏の苔と一緒に干からびるところでしたよ」
「ふふ。よく無事でいたわね、いい子よ」
私は屈み込むことなく、優雅に手を伸ばし、彼の跳ねた黒髪に触れた。
指が髪に沈む。
その瞬間、牙は猫が喉を鳴らすように目を細め、恍惚とした表情で私の掌に頭を擦り付けた。
先ほどの皮肉屋の顔はどこへやら。
そこにあるのは、主人の体温を貪る甘えん坊の姿だけだ。
「ん……やっぱり、魔王様の手は最高だね。……極楽、極楽」
「……牙、そこを代われ」
背後から、ギリギリと骨が軋むような音が聞こえた。
振り返らずとも分かる。
アステルが、今にも剣を抜いて牙の首を跳ね飛ばさんばかりの形相で、煮えたぎるような嫉妬を放射しているのだ。
「忠犬」と「愛猫」。
相容れない二匹の下僕を従え、私は苦笑しながら路地裏を後にする。
役者は揃いつつある。
さあ、賑やかな夜会の始まりだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
二人目の部下、軍師の「牙」が登場しました。
アステルが「重い忠誠心」なら、牙は「気怠い甘えん坊」といったところでしょうか。
主人の手のひらに頭を擦り付ける牙と、それを見て本気でキレるアステル……。
魔王軍、再結成早々に前途多難な予感がします(笑)。
さて、情報収集を得意とする牙が、ロミナにある「重要なニュース」を伝えます。
次なる部下、そして「あの人」の現在地とは?
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