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第7話 激変した世界:氷の騎士のデレと重すぎるモーニングコール

いつもお読みいただきありがとうございます!


前回、ついに魂の再会を果たしたロミナとアステル。

しかし、目覚めたアステルの「忠誠心」は、800年の時を経てとんでもない方向へ進化(?)していたようです。


「氷の騎士」のメッキが剥がれ落ちた、彼の重すぎる日常をお楽しみください!

 翌朝のダイニングルームには、針が落ちる音さえ響きそうな、張り詰めた静寂が漂っていた。


 朝日は差し込んでいるものの、その光は食卓のあるじまで届く前に凍りついているようだった。


 上座にアステルが座っている。


 いつものように、近づく者すべてを切り刻むような殺伐とした空気を纏って。


 給仕に立つ使用人たちは、処刑台に並ばされた囚人のように蒼白な顔で、彼を遠巻きに窺っていた。


「……茶が、遅い」


 アステルが低く、重く呟く。


 その一言は、不満というより宣告に近かった。


 担当の若いメイドが「ひっ」と喉を鳴らし、慌てて銀のポットを持ち上げる。

 だが、極度の緊張で手が震え、カップの縁に注ぎ口がカチカチと当たって不快な音を立てた。


 あわや熱湯がこぼれそうになる――。


 その瞬間、滑り込むように私が進み出た。


「失礼いたします、アステル様」


 私は強張るメイドの手からポットを優しく、しかし強引に奪い取る。

 そして、流れるような手つきでカップへと琥珀色の液体を注ぎ入れた。


 一滴の跳ねもなく、香りだけをふわりと立たせる完璧な所作。


 周囲の使用人たちが一斉に息を呑む気配がした。

(新入りが! 殺されるぞ!)という無言の悲鳴が、背中に突き刺さる。


 だが。


「……ありがとう」


 アステルは、湯気を立てるカップ越しに私を見た瞬間、その表情を劇的に一変させた。


 絶対零度の氷壁が瞬時に崩落し、その下から現れたのは、とろけるほど甘く、熱っぽく潤んだ眼差しだった。


 彼は私の指先が触れたソーサーを、まるで聖遺物のように両手で包み込む。


「君が淹れてくれると、泥水でさえ神酒ネクタルのようだ」


「「「はあぁっ!?!?」」」


 食堂にいた全員の、素っ頓狂な声が重なった。


 あの「氷の騎士」が?

 微笑んだ?

 しかも、昨日来たばかりの新入りメイドに?


 皆が目を剥き、顎が外れんばかりに驚愕する中、私だけが涼しい顔でスカートの裾をつまみ、一礼する。


「恐れ入ります、旦那様」


 私がきびすを返し、下がろうとすると、背中にねっとりとした熱を感じた。


 振り返らなくても分かる。

 アステルの視線が、私の背中を――その一挙手一投足を、貪るように追いかけているのだ。


 それは完全に、主人の姿を目に焼き付けようとする、忠実で狂信的な犬の目だった。


(ふふ。いい反応ね、アステル)


 周囲の困惑と動揺を心地よいBGMにして、私は厨房へと戻る。


 最高のスタートだわ。忠実な「剣」は手に入れた。


 さあ、次は――腹黒くも頼もしい賢い「参謀」と、華やかで騒々しい私の「親友」を見つけに行きましょうか。


     *


 翌朝。


 狭苦しい使用人部屋の硬いベッドで、私は重たい瞼を持ち上げた。


 途端、視界のすべてが「黒」に塗りつぶされていた。


 壁? いいえ、違う。

 鼻先数センチの距離にそびえ立つそれは、上質な生地で仕立てられた、男の分厚い胸板だった。


「……おはようございます、我が女王」


 鼓膜ではなく骨に響くような、甘く重厚な低音が頭上から降り注ぐ。


 恐る恐る視線を這い上がらせると、そこには直立不動の姿勢で、慈愛に満ちた――そして、どこか焦点の合っていない陶酔しきった瞳で私を見下ろすアステルの姿があった。


「……何をしているの、アステル」


「お目覚めを、今か今かとあちらの世界(廊下)でお待ちしておりました。洗面用の湯も、貴女様の白磁の肌に負担をかけぬよう、最適な温度に調整済みです」


 彼は湯気の立つ洗面器を、まるで王冠でも扱うかのように恭しく捧げ持っている。


 窓の外はまだ薄墨色。鳥さえ鳴いていない早朝だ。

 一体いつから、そうして石像のように待っていたというのか。

 湯温を維持するために、魔法さえ使っている気配がある。


「ここは使用人部屋よ。カステル家の若様が頻繁に出入りしては、他の者たちに怪しまれるわ」


「問題ありません」


 アステルは瞬き一つせず、真顔で即答した。


「邪魔な目撃者がいれば、即座に記憶を消去ブリーチします。……それとも、いっそこの屋敷ごと買い取りましょうか? あるいは、住人を全員裏庭に埋めますか? 貴女様の安眠を妨げる可能性は、根こそぎ排除すべきかと」


「極端ね。……目立たないようにと言ったでしょう。下がっていなさい」


 私が呆れを含んだため息交じりに告げると、アステルは目に見えて肩を落とした。

 その背後に、耳と尻尾を力なく垂れ下げた悲しげな大型犬の幻影が見えるようだ。


「……御意。ですがロミナ様、どうか、せめて髪を梳くお許しをいただけますか? 貴女様の黄金の髪に触れることだけが、今の私の干からびた魂を潤す、唯一の生きる糧なのです」


 その懇願は、切実すぎて痛々しいほどだった。


 私はやれやれと首を振り、ベッドの端に座り直して背中を向ける。


「……はあ。好きにしなさい」


 許可を出した瞬間、背後で空気が爆ぜるような気配がした。

 アステルの表情がパァッと輝いたのが、気配だけで分かる。


 彼は懐から、場違いなほど豪奢な象牙の櫛を取り出し、震える手で私の髪に触れた。


「ああ……なんと美しい……」


 恍惚とした溜息。


 櫛が髪を滑るたび、氷の騎士は法悦の表情を浮かべ、喉の奥で甘い声を漏らす。

 その指先は、硝子細工に触れるよりも繊細で、驚くほど優しい。


 一撫でごとに、「愛している」「崇拝している」という無言の熱が伝わってくるようだ。


 ……まあ、悪い気はしないわね。


 私は彼にされるがまま身を任せ、鏡の中で小さく口角を上げた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


アステル……。

「泥水でも神酒ネクタル」と言い出したり、早朝から洗面器を持って待機していたり、もはや騎士というより「過保護すぎる執事」ですね。

ちなみに、彼が髪を梳いている時の顔は、誰にも見せられないほど蕩けているはずです。


さて、一人目の部下を確保したロミナ様。

次は「賢い参謀」と「騒々しい親友」を探しに行くようです。

平和な(?)カステル家での生活の裏で、着々と魔王軍再結成が進んでいきます!


――――――――――――――――

【作者からのお願い】


「アステル、重すぎて笑った」

「私もアステルに髪を梳いてほしい!」

「ロミナ様のメイド姿をもっと堪能したい」


と少しでも思っていただけましたら、

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皆様の応援ポイントが、アステルの忠誠心(と作者のやる気)に直結します!

よろしくお願いいたします!

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