第50話 模倣品の絶望:偽りの闇と本物の魔王
いつもお読みいただきありがとうございます!
第50話という節目。ついに皇帝が「禁呪」を解放します。
しかし、それがロミナ様(八百年前の魔王)自身が生み出した術式だったという、圧倒的な絶望感。
最強の従者アステルの美しき氷の剣舞と、ロミナ様による「本物の闇」の教育的指導をお楽しみください。
帝城、玉座の間。
最終決戦の幕開けは、あまりにも唐突で、冒涜的な咆哮によって告げられた。
「死ねぇ! ゴミ屑どもが! 私の養分となれ!」
皇帝ゲオルグの理性が焼き切れた。
背中から肉が裂ける不快な音が響き渡り、噴き出したのは無数の触手。それは鋭利な槍となって空間を蹂躙する。
ヒュンッ、と空気が悲鳴を上げる。
漆黒の凶器が、豪奢な大理石の柱を枯れ枝のように粉砕しながら肉薄する。
「くそっ、速い……! 防ぎきれない!?」
ルーカスが剣を構えたまま硬直した。
隣でマーガレットが短い悲鳴を上げ、反射的に瞼を閉じる。
――だが。
世界の時が止まったかのような絶望の中で、私だけが異質だった。
私は扇子を開き、口元を隠す動作ひとつ変えなかった。
死穢を含んだ切っ先が、私の鼻先数センチで凍りついたように止まった。
カィンッ!
虚空に咲いたのは絶対零度の防壁。
触手はその極低温に触れた瞬間に砕け散り、私の肌には冷気という名の安堵だけが届く。
「……騒々しい」
アステルが剣を一閃させる。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……。
視認不可能な斬撃の嵐は、醜悪な肉の群れを瞬きする間に極彩色の氷片へと変えていた。
「ロミナ様。少々、不浄な埃が舞います。目を閉じておられますか?」
アステルは背後の敵になど一瞥もくれず、ただ私だけを見て問いかけた。
「いいえ。貴方の剣舞、見届けさせてもらうわ」
私の言葉を聞いたアステルは、ふわりと、花が綻ぶように優雅に笑った。
次の瞬間、彼の輪郭が掻き消える。
再生しようと蠢く皇帝の肉体は、再生の端から凍結され、粉砕されていく。
細胞の活動すら許さない、絶対的な「死」の舞踏。
◇
物理的な暴力が氷の要塞に阻まれたと悟るや否や、皇帝の表情から余裕が剥落した。
「ならば魔法だ! これならどうだ! 古代の禁呪『闇の抱擁』!」
ゲオルグの全身から噴き出したのは、夜の闇よりもなお深く、重苦しい「絶望」そのもの。
そのおぞましい波動を見て、私の記憶の底が微かに疼く。
(……下手くそな手品ね)
それはかつて、私が戯れに編み出し、世界を震え上がらせた魔法の――あまりに粗雑で醜悪な模倣品だった。
「ハハハ! 飲み込まれろ! 無に帰せ!」
闇が津波となって押し寄せる。
ルーカスたちの顔が土気色に染まった。
けれど、私の唇から漏れたのは冷ややかな失笑だった。
パチン。
乾いた音が、一つ。
ただそれだけで、物理法則を無視して迫っていた闇の奔流が、凍りついたように静止した。
「な、なに……!?」
「その魔法の『起源』は私よ。……飼い主に噛み付くなんて、しつけがなってないわね」
私は指揮者がタクトを振るうように、指先をクイ、と優雅に反らせた。
瞬間、静止していた闇が主を変え、怒れる大蛇のようにゲオルグへと牙を剥く。
逆流した漆黒の奔流は、瞬く間に皇帝の四肢を締め上げ、その肉へと食い込んでいった。
「ぎ、ぎゃあああッ!? 私の魔法が、言うことを聞かん!?」
「闇というのは、こうやって使うのよ」
絶叫をBGMにして、私は玉座を見下ろす。
所詮は模倣品。理そのものである「本物」に敵うはずもなかった。
第50話をお読みいただき、ありがとうございました。
アステル様、戦いの最中にロミナ様の目を気にする余裕……もはや敵を敵とも思っていません。
そしてロミナ様。自分が作った魔法で攻撃されるという「笑えない冗談」に、指先一つでケリをつけました。
自分の誇る力が実は自分を滅ぼすための「模倣品」だったと知ったとき、ゲオルグはどのような顔をするのか。
帝国編、いよいよ真の終幕へ。
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