第46話 美しき掃除:アステルの氷剣と皇子の涙
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は、皇帝が生み出した「醜悪な偽物」に対する、本物の魔王軍による徹底的な掃除回です。
返り血すら許さず、敵をダイヤモンドダストへと変えるアステルの美技。
そして、変わり果てた部下を自らの手で葬るルーカス。
彼が「ただの皇子」から「背負うべき王」へと脱皮する、重厚なドラマをお楽しみください。
豪奢な馬車の扉が開き、私がその混沌の中へと降り立った、まさにその刹那だった。
肉を貪っていた数体の怪物が、一斉に動きを止めた。
無数の濁った眼球が、ぎょろりと私の方へ回る。
「ア……ウ……」
「チカラ……ヨコ……セ……」
彼らの崩れた脳髄は、本能だけで理解したのだ。
目の前に現れたこの少女こそが、自分たちの欠けた器を満たす根源――求めてやまない「魔王のオリジナル」であると。
腐臭を帯びた涎を撒き散らし、泥人形たちが私へ向かって殺到する。
「……汚らわしい」
私は露骨に顔を歪めた。
「私の高貴な『血』を混ぜて、練り上げたのがこんな醜い泥人形だというの? 美学の欠片も、存在意義すらも見当たらないわ」
私が扇子を開こうとした瞬間――鋭い銀の閃光が視界を遮断した。
「……見るに堪えません、ロミナ様」
アステルだ。彼は私と怪物の間に立ちはだかり、その身を盾にして、私の瞳がこれ以上汚れることを拒絶していた。
「万死に値するとはこのことです。貴女様の清らかな視界に、このような汚物を映すなど……!」
アステルの全身から爆発的な殺気が噴き上がる。
それは物理的な冷気となって周囲を侵食し、漂う腐臭すらも一瞬にして凍てつかせた。
「生理的に無理ですわ。……潰れなさい」
エリザが指揮棒を振るうように、指先を軽く払う。
ヒュンッ!
不可視の「風の刃」が空間を走り抜ける。
先頭のキメラは認識すらできぬまま、一瞬にして賽の目に解体され、肉塊となって崩れ落ちた。
「ロミナ様の御前だ。その汚い体液を撒き散らすな」
アステルの銀光が一閃する。
キィィン……。
空中を跳ねていた数体の怪物が、一瞬にして白く凍てつき、不気味な氷像へと変貌した。
パリン、シャラララ……。
地面に触れた瞬間に粉雪のように砕け散る。
肉も骨も、汚濁にまみれた血さえも、煌めくダイヤモンドダストとなって虚空に消えた。
圧倒的な美技による、一方的な蹂躙。
そこには血泥も、叫び声すらない。ただ、残酷な「美」だけがあった。
◇
広場に再び重苦しい静寂が舞い戻った。
ルーカスは呆然と立ち尽くし、足元に転がる肉塊を見下ろしていた。
それは、切断されたキメラの頭部だった。
「……カイル、なのか……?」
何度も酒を酌み交わした、忠実な部下の面影。
認識した瞬間、ルーカスは耐えきれず、汚れた石畳に膝をついて激しく嘔吐した。
「親父殿……! あんた、国民を……俺の大事な部下たちを、こんな姿にしてまで……!」
絶望と怒りが、熱い涙となって眼窩から溢れ出す。
彼の目の前に、ふわりと白亜の布が差し出された。
「……ロミナ」
「使いなさい。アステルが『私の物をお使いください』と煩いから、新しいのをあげるわ」
ロミナが氷のような瞳でルーカスを見下ろしていた。
「泣いている暇はないわよ、ルーカス。貴方が引導を渡してあげなさい。それが『新しい皇帝』としての、最初の務めよ」
ルーカスは受け取ったハンカチで乱暴に顔を拭った。高級な生地が吸い取ったのは、涙か、それとも決別の痛みか。
彼は震える膝に力を込め、立ち上がった。
かつて部下だったモノへ歩み寄り、切っ先を心臓の位置に添える。
「……すまない。楽にしてやる」
ズブリ。
怪物は安らかな、声にならない吐息を漏らして永遠の眠りについた。
ルーカスが再び顔を上げたとき、その瞳から迷いは消え失せていた。
そこにあるのは、背負うべき罪を直視する、王の瞳だった。
第46話をお読みいただき、ありがとうございました。
アステル様、ロミナ様の前ではどこまでも「潔癖」ですね。
敵を倒すだけでなく、その存在自体を「視界から消す(粉砕する)」という徹底ぶりが彼らしいです。
そしてルーカス皇子。
地獄のような光景を前に、逃げるのではなく「引導を渡す」ことを選んだ彼は、もうかつての放蕩皇子ではありません。ロミナ様からのハンカチ(アステルの嫉妬付き)が、彼の決意の証となりました。
次回、いよいよ帝都への進軍が加速します。
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