第45話 沈黙の国境砦:腐臭漂う地獄の宴
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帝国への逆侵攻。最初にたどり着いた国境の要塞は、すでに「人の住む場所」ではありませんでした。
そこに広がっていたのは、自国の兵士すら実験台として食らい合う、皇帝の狂気が生んだ地獄。
変わり果てた故郷の惨状を目にしたルーカスの衝撃。
そして、王国兵たちを襲う絶望的な恐怖をお楽しみください。
ハータ帝国の国境線上に、威容を誇るはずの巨大要塞が黒々とした影を落としていた。
本来であれば、数千の将兵が吐き出す熱気と、甲冑や武器が擦れ合う喧騒で満たされているはずの場所だ。
しかし今、そこを支配しているのは、墓所の底のような重苦しい静寂だけだった。
堅牢な城門は、まるで巨大な獣が顎を外したかのように無防備に開け放たれている。
城壁の上に見張りの人影はなく、ただ乾いた風が、虚ろな音を立てていた。
「……気味が悪いですわね」
エリザが不快感を振り払うように身震いし、眉根を寄せる。
「もぬけの殻だなんて。まさか、戦わずして降伏したのかしら?」
その言葉を否定するように、隣を行くライルが懐から白亜のハンカチを取り出した。
彼はそれを素早く鼻元へ押し当て、眉間に深い嫌悪の皺を刻み込む。
「いいえ。降伏などという、生易しい状況ではありません」
ハンカチ越しに籠もった声は、冷徹な分析と生理的な拒絶を含んでいた。
「……血の匂いがします。それも、澱み、古びて、酷く腐り落ちた……死の芳香だ」
その言葉が空気に溶けるよりも早く、先導役のルーカスが弾かれたように馬の腹を蹴った。
「俺が先に行く」
彼の横顔には、焦燥と、決して認めたくない最悪の予感が濃い影を落としていた。
「……親父殿、あなたは一体、何を……」
◇
要塞の中庭へと足を踏み入れたその瞬間、世界が一変した。
先ほどまでの静寂が嘘のように、後続の王国兵たちの喉から、言葉にならない絶叫が迸った。
それは戦場での雄叫びではない。理性が崩壊する瞬間の、原初的な悲鳴だった。
「ひ、ひぃぃぃッ!?」
「な、なんだあれは……!」
眼前に広がっていたのは、人の世の光景ではなかった。
そこは、鮮血と臓物で塗りたくられた地獄の宴会場だった。
石畳の至る所に、かつて人間であったはずの肉片と、白く砕けた骨が散乱している。
そして、その死の山に群がり、むしゃぶりついているのは――「異形の怪物たち」だった。
泥を捏ね合わせたような黒くぬめる肌。
人間の手足が無秩序に融合し、背中から腕が生え、あるいは太腿から別の顔が浮かび上がっている。
八百年前に葬られたはずの「魔族」。
その伝説を再現しようとして失敗し、人の形を留めることさえ許されなかった、冒涜的な成れ果て(キメラ)。
グチャリ、ゴリリ。
湿った咀嚼音と、骨を噛み砕く硬質な音が、中庭に反響していた。
「嘘だろ……。これ、帝国の鎧を着てる……」
ルーカスの声が震え、その場に釘付けになる。
怪物の足元に転がる、歪み、血に塗れた金属片。
そこに刻まれているのは、見覚えのある帝国の意匠。
怪物の肉に食い込むように残っていた布切れもまた、帝国の軍服そのものだった。
認識したくない事実が、氷の刃となってルーカスの心臓を刺し貫く。
食われている肉塊も、それを貪り食う化け物も――
そのすべてが、かつては言葉を交わし、肩を並べた帝国兵たちだったのだ。
第45話をお読みいただき、ありがとうございました。
帝国、想像以上に「終わって」いますね。
皇帝ゲオルグが目指した「魔王の力」の再来は、ただの醜悪な肉の塊と共食いを生み出しただけでした。かつての部下や民を「エサ」としか思わない狂気の深さが伝われば幸いです。
この凄惨な光景を前に、ロミナ様やアステルはどう動くのか。
そして王国軍は、この「化け物」たちと戦えるのか……。
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