第44話 出陣の朝:燃える人形と進軍のファンファーレ
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帝国への逆侵攻、いよいよ出陣の朝です。
野心溢れる「共犯者」たちの掛け合い、そして過去を焼き捨てて「魔王軍の女」へと覚醒したマーガレット。
民衆の熱狂を「覇道を飾る彩り」と言い切るロミナ様の圧倒的な王者の風格。
物語の舞台は、ついに決戦の地、ハータ帝国へと移ります!
出陣の刻が迫る控室は、嵐の前の海のように不気味に静まり返っていた。
鏡の前に立つエリザが纏っているのは、鮮血を思わせる真紅のマントと、戦場に咲く鉄の花のような甲冑ドレス。
その背後で、ライルが細長い指を動かしている。
マントの留め具を調整するその手つきは、精密機械を扱う職人のように無駄がなく、そしてどこか冷ややかだ。
「……あら。隙を見て、首元に毒針でも仕込む気?」
エリザは鏡越しに、背後の男を挑発的に流し見た。
「まさか」
ライルは鼻で笑い、留め具をパチリと嵌め込む。
その乾いた金属音は、彼女に首輪をつけた音のようにも響いた。
「貴女に今、戦場で死なれては困るのです。私の完璧な出世計画に傷がつきますからね。精々、民衆がひれ伏すほど美しく立っていてくださいよ。……我らが最高のお飾り、女王陛下」
「ふん。貴方もね、腹黒神父様。……私の隣で無様に死んで、私の経歴に泥を塗らないでちょうだい」
鏡の中で、二人の視線が鋭く交差する。
そこに甘たるい愛の温度など、欠片も存在しない。
あるのは、互いの利益と野心のために背中を預け合う、「共犯者」同士の乾ききった信頼。
◇
離宮の庭園、誰の目にも触れない木立の奥深くに、小さな火柱が立っていた。
パチパチと爆ぜる乾いた音だけが、夜の静寂に吸い込まれていく。
マーガレットの手から、ひとつの「過去」が滑り落ちた。
帝国から持ってきた唯一の思い出――アンティークドールが、炎の中へと転がり落ちる。
「燃やしちゃっていいのかい? それが唯一の、故郷の思い出だろうに」
頭上の枝から、黒猫(牙)が長い尻尾を揺らしてこちらを見下ろしている。
「……いいえ」
マーガレットは首を横に振った。炎の照り返しを受ける彼女の横顔は、能面のように静かだった。
「あれは思い出ではありません。『呪い』ですもの。私を閉じ込めていた帝国が燃え落ちるのを……この目で、特等席で見たいんです」
その瞳の奥には、目の前の焚き火よりも昏く、熱い炎が渦巻いていた。
「やれやれ。君もすっかり立派な『魔王軍』だねぇ」
少女の肩はもう、重みに耐えきれず震えることはない。
復讐という名の薪をくべ、彼女はただ静かに、その時を待っていた。
◇
翌日。
王都の大通りは、まるで熱病に浮かされたかのように震えていた。
空を切り裂く高らかなファンファーレ。降り注ぐ白い花吹雪。
先頭を行くのは、聖剣を天に掲げる女王エリザ。
傍らには、慈愛に満ちた微笑みを振り撒くライル。
二人が作り出す完璧な「聖戦」の舞台装置に、民衆は酔いしれていた。
「エリザ女王万歳!」「憎き帝国を滅ぼせ!」
その喧騒から隔絶された、豪奢な馬車の中。
分厚いベルベットのカーテンの隙間から、私はその滑稽な祝祭を冷めた目で見下ろしていた。
「……愚かな、羊のような人間どもです」
向かいの席で、アステルが吐き捨てるように言った。
その瞳には、絶対的な侮蔑だけがある。
「自分たちが誰の掌の上で踊らされているのかも知らずに……」
「いいじゃない。ふふ、そう目くじらを立てるものではないわ」
私は扇子で口元を隠し、妖艶に目を細めた。
「彼らのあの無知な熱狂、血を求める浅ましい興奮……そのすべてが、私の覇道を飾る彩り(いろどり)になるのだから」
私は視線を、遥か東の空へと投げた。
嵐の予感を含んだ風が、微かに窓を揺らした。
「待っていなさい、偽りの皇帝。……泥人形遊びに興じる貴方に、『本物』の絶望というものを教えてあげる」
ゴトン、と重たい振動が足裏に伝わった。
馬車の車輪が、ゆっくりと、しかし確実に回転を始める。
魔王軍を乗せた馬車は、闇を切り裂き、帝国へとひた走る。
第44話をお読みいただき、ありがとうございました。
ライルとエリザの会話、相変わらずバチバチしていて最高です。
お互いに「お飾り」「腹黒」と罵り合いながらも、ビジネスパートナーとしての信頼だけはある……この歪な関係性が堪りません。
そしてマーガレット様、ついに思い出の品まで燃やしてしまいました。
彼女が帝国でどのような「復讐の特等席」を堪能するのか、期待が高まります。
次回の更新もどうぞお楽しみに!
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