第42話 狂犬の暴走:物理的壁ドンと皇子の降伏
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ルーカス皇子、ついに禁断の一手「強制密室」にロミナ様を連れ込みます。
しかし、彼が誤算だったのは、ロミナ様の護衛が「扉を探して開ける」という常識を持たない、愛が重すぎる狂犬だったこと。
壁を物理的に爆破して現れるアステルの恐怖。
そして、一瞬で「負け」を認めて下僕に志願するルーカス皇子の身の振り方をお楽しみください。
夕闇が廊下の窓を紫紺に染め上げ、私の影を頼りなく長く引き伸ばしていた頃だ。
リネン室へと向かう私の足元で、突如として空間そのものが唸りを上げた。
床板から溢れ出したのは、目が眩むような不吉な輝き。
幾重にも重なる複雑な幾何学模様――転移の魔法陣。
「――っ!?」
息を呑む暇さえなかった。
世界がぐにゃりと歪み、激しい眩暈に襲われる。
次の瞬間、廊下の空気は、カビと石灰の混じった淀んだ匂いへと切り替わっていた。
外界から完全に切り離された密室の中心で、待ち構えていた影が口を開いた。
「悪いな。……あの凶暴な番犬が張り付いていると、どうにも本音が話せなくてね」
ルーカス皇子は、背後の重厚な扉に鍵をかけた。
カチャリ、という冷たい金属音が、逃げ場が消滅したことを告げる。
ドン、と低い音がして、私の顔の真横に彼の手が叩きつけられた。
「ここは特別な結界で座標ごと遮断された隠し部屋だ。たとえあいつの鼻がどれほど利こうとも、ここまでは嗅ぎつけられない」
ルーカスの瞳から、軽薄な色は完全に消え失せていた。
「さあ、教えてくれ。……あんた、一体何者だ? ただのメイドじゃない。魔女か? それとも……」
◇
同時刻。無人の廊下。
唐突に、アステルの世界から色が失われた。
ロミナという存在の気配が、ふっつりと遮断された。
「……ロミナ、様?」
返事はない。
アステルの理性を繋ぎ止めていた最後の鎖が、音を立てて砕け散った。
「落ち着けアステル! 近くの隠し部屋だ!」
牙の声は、アステルの鼓膜を素通りした。
彼の瞳孔が開ききり、美しい双眸が血よりも深いどす黒い赤へと染まっていく。
「……あの下郎が。私のロミナ様を、攫ったのか?」
思考は単純化され、極限まで鋭利になる。
排除。抹殺。殲滅。
「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す……!!」
アステルは、扉を探すことすらしなかった。
分厚い石造りの壁に向かって、ゆらりと剣を構える。
「邪魔だァァァッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
離宮そのものが悲鳴を上げたかのような、凄まじい轟音が轟いた。
分厚い石壁は爆発したかのように粉砕され、瓦礫の礫となって部屋の中へと吹き飛ぶ。
◇
隠し部屋の静寂は、世界の終わりを告げるような音によって完膚なきまでに破壊された。
「な、なんだ!?」
土煙の奥から、地獄の底から這い出してきた修羅の眼光が揺らめいた。
「見つけたぞ、……ゴミ虫ィ!!」
瓦礫を踏み砕く音すら置き去りにして、アステルが間合いを詰める。
全身から噴き出す殺気が、部屋の酸素を一瞬で焼き尽くす。
「その汚い手を、私のロミナ様から離せェェェェ!!」
煌めく銀閃。
剣がルーカスの首を刎ね飛ばすべく、不可避の軌道で迫り来る。
「ひっ……!?」
冷たい刃が首の薄皮に触れた、その刹那。
「お座り(ステイ)。アステル」
たった一言。
鈴を転がすような涼やかな声が、凛と響いた。
ピタリ。
アステルの剣は、ルーカスの頸動脈まであと紙一重の場所で凍りついていた。
「う……ぅぅ……! しかし、ロミナ様、こいつは……!」
アステルの喉から、獣の唸り声が漏れた。
剣を持つ手は痙攣するように震えている。
暴走する殺戮本能と、細胞レベルで逆らえない絶対服従の楔。
私はゆっくりと、腰を抜かしたルーカスを見下ろした。
「いい度胸ね、ルーカス。私を口説きたいのなら、まずはこの子よりも強くなってからになさい」
ルーカスは呆然と私たちを見上げていた。
皇子としての矜持が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
「……負けたよ。あんたたち、人間じゃないな?」
彼は深く溜息を吐き出すと、降参のポーズをとった。
「俺を、あんたたちの『駒』にしてくれ。あの狂った父上(皇帝)の首を差し出す、最高の手引きをしてやる」
「あら。命乞いかしら?」
「取引さ。……俺はいつだって、最も強い奴に従う主義なんでね」
私は妖艶に目を細めた。
「いいわ。……賢い犬は嫌いじゃない」
第42話をお読みいただき、ありがとうございました。
アステル様、ついに壁を粉砕してしまいましたね。ロミナ様への執着が強すぎて、物理法則すら無視するその姿、まさに「魔王の騎士」。ロミナ様の「お座り(ステイ)」がなければ、ルーカス皇子の首は今頃……。
そしてルーカス。
さすがは「毒蛇」。自分の力不足を悟るや否や、即座に実の父を売る取引を持ちかけるあたり、魔王軍に馴染む素質が十分です。
これで帝国の情報を握った魔王軍。
次回の更新もどうぞお楽しみに!
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