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第4話 王都への旅路:退屈な箱庭と再会の予感

いつも応援ありがとうございます!


前回、無事に(?)村を脱出したロミナ様。

今回から舞台はいよいよ王都へと移ります。


そこで待ち受けていたのは、かつての「翼」アステルの名前。

魔王様が「メイド」として潜入する、カステル家の様子をお楽しみください!

 ガタ、ゴト、と車輪が悲鳴のような軋みを上げ、その振動が容赦なく尾てい骨を打ち据える。


 乗り合い馬車の硬く粗末な座席。


 そこは、かつて最高級の絹と羽毛に包まれていた私にとって、拷問器具にも等しい不快な空間だった。


 狭い車内には、同乗者たちの汗と安酒の臭いが充満している。

 私は不潔な空気を遮断するように窓枠に頬杖をつき、けだるげな視線を外へと投げた。


(……本当に、吐き気がするほどつまらない世界になったわね)


 王都へと続く街道だというのに、舗装は剥がれ、雑草が我が物顔でアスファルトを割っている。


 行き交う人々も同様だ。

 誰もが背を丸め、地面ばかりを見つめて歩いている。

 その瞳には生気も、野心も、知性の輝きすら宿っていない。


 八百年前、私たちが恐怖と力で支配していた頃の方が、よほど魔法技術は洗練され、文明は絢爛に咲き誇っていた。


 今の人間たちはどうだ。

 まるで「考えること」を罪だとでも教え込まれた、従順な家畜のようではないか。


 遠くで響く教会の鐘の音が、彼らを管理する牧場のチャイムのように空しく響いた。


 私はため息をつき、懐から古びた手鏡を取り出した。

 ひび割れた鏡面を覗き込む。


 そこには、こびりついていた泥と垢を洗い落とし、本来の宝石のような輝きを取り戻した少女が映っていた。


 蜂蜜色のプラチナブロンド、白磁の肌、そして深淵を宿した碧眼アクアマリン


 十四歳。つぼみが開きかけた花のように、無垢で、あどけない容貌。


 魔力は全盛期の残りカス程度だが、この「皮(武器)」があれば十分だ。

 警戒心のない人間社会の懐に潜り込み、内側から食い破るには、この可憐さは最強のパスポートになる。


(まずは手駒を集めなくては。……どこにいるの、私のかわいい子たち)


 私は鏡の中の自分と視線を合わせ、唇の端を吊り上げる。


 硝子ガラスの向こうの少女もまた、天使のような顔で、悪魔のように不敵に微笑み返した。


     *


 王都の北区画、貴族街。


 華美な装飾を競う屋敷が立ち並ぶ中、カステル騎士爵家の邸宅だけは、異質なまでの静寂と重厚さを纏っていた。


 無骨な灰色の石積み。飾り気のない黒鉄の門扉。

 それは「質実剛健」という言葉をそのまま形にしたような、あるじの性格を色濃く反映した城塞だった。


「ロミナちゃん! まあまあ、大きくなって!」


 勝手口の扉が開かれるなり、小麦粉と石鹸の匂いが押し寄せてきた。


 出迎えてくれたのは、この屋敷で料理番を務める叔母のマールだ。

 恰幅の良い体躯と、人の良さが滲み出た丸い顔。

 彼女は私を見るなり、その豊かな胸に私の顔を埋めるようにして強く抱きしめた。


「手紙には驚いたけど、来てくれて嬉しいわ。ここは万年人手不足でねえ。見習いメイドとして働きながら、いいお婿さんを見つけなさい」


「はい、叔母様。……このような場所にお招きいただき、ご恩は一生忘れませんわ」


 窒息しそうな抱擁から抜け出し、私はスカートの端を摘んで慎ましく一礼する。


 完璧に計算された角度、伏せられた瞳。

 そこにあるのは、田舎から出てきたばかりの「純朴で健気な姪っ子」という仮面だけだ。


「あ、そうそう。一つだけ、厳守してほしい忠告があるの」


 一通りの屋敷案内を終え、リネン室の前まで来た時だった。


 叔母は急に足を止め、周囲を憚るように声を潜めた。

 その表情から、先ほどまでの陽気さが消えている。


「ここの若様……アステル様には、決して近づいちゃ駄目よ」


 ドクン。


 その名が鼓膜を震わせた瞬間、肋骨の下で心臓が大きく跳ねた。


 血管を駆け巡る熱い痺れ。

 やはり、予感は正しかった。

 ここにいたのね、私の愛しい半身。


「……アステル様、ですか? どうして?」


 胸の高鳴りを悟られぬよう、私はあえて小首を傾げ、無垢な疑問を装う。


 叔母は眉間に深い皺を寄せ、身震いするように自身の二の腕をさすった。


「あの御方はね、裏で『氷の騎士様』って呼ばれてるの。お顔はそれこそ、神様が彫った彫刻みたいにお綺麗なんだけど……とにかく怖いのよ。空気そのものが凍るというか」


「怖い、のですか?」


「ええ。特に若い娘が色目を使おうものなら、氷のような瞳で睨み殺されそうになるんだから。使用人の間じゃ、あの御方の視界に入るだけで寿命が縮むって噂よ」


 叔母の怯えようは演技ではなかった。


 だが、その話を聞けば聞くほど、私の口元は緩みそうになる。

 必死に袖口で口元を覆い、恐怖に怯えるふりをして、私は密かに唇を歪めた。


(相変わらずね、翼。私以外の女は、視界に入れることすら汚らわしい、というわけ?)


 八百年経っても変わらぬ、その潔癖なまでの拒絶。

 それは私にとって、どんな甘い言葉よりも心地よい、忠誠の証だった。


「……肝に銘じますわ、叔母様」


 震える声で返事をしながら、私は心の中で舌なめずりをした。


 早く会いたい。


 その氷のような瞳が、私を見つけた瞬間にどう溶けていくのか。

 その劇的な瞬間を想像するだけで、ゾクゾクと背筋が疼いた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


カステル騎士爵家の若様、アステル。

「視界に入るだけで寿命が縮む」と言われるほどの冷徹な美青年になっているようです。

叔母様も怯えるほどの氷っぷりですが、果たして魔王ロミナ様を前にしてもその態度は維持できるのでしょうか……?


次回、第5話『中庭の邂逅:氷の騎士とメイドの微笑』。


800年の時を超え、ついに主従が相まみえます。

アステルの反応にぜひご注目ください!


――――――――――――――――

【読者の皆様へのお願い】


「アステルの豹変が見たい!」

「メイド姿のロミナ様に踏まれてほしい!」

「続きが気になって夜も眠れない!」


と思ってくださった皆様。

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