第35話 冷酷な拒絶:聖女の末路と次なる戦場へ
いつもお読みいただきありがとうございます!
ついに、偽聖女キャスリーンの断罪が完了しました。
ライルの耳元での囁き、そして圧倒的な民衆の熱狂による「絶望の封印」。
魔王軍の参謀らしい、徹底的な幕引きをお楽しみください。
そして物語は、国内の掃除を終え、次なるステージへ。
標的は「ハータ帝国」。本格的な戦争の幕が上がります!
キャスリーンの膝は、冷たい石畳の上で既に感覚を失っていた。
乱れた髪、土に塗れたドレス。
彼女は這うようにして前へ進み、目の前に立つ革靴の爪先に、震える指を食い込ませた。
「助けて、ライル様……! 貴方は、知っているでしょう!?」
喉の奥から絞り出した声は、嗚咽で引き攣り、無様に裏返った。
「全部、貴方が……貴方が仕組んだことじゃない!」
彼女の必死の訴えを、ライルは見下ろしていた。
その眼差しには、慈悲など欠片もない。氷点下の侮蔑だけがそこにあった。
ふ、とライルの膝が折られた。
彼は優雅な動作でゆっくりと屈み込み、キャスリーンの耳元へとその唇を寄せる。
周囲の熱狂的な群衆には、それが慈愛に満ちた聖人の抱擁に見えたことだろう。
だが、彼女の鼓膜を震わせたのは、甘美な毒を含んだ囁きだった。
「ええ。知っていますよ」
吐息が掛かるほどの距離で、ライルの口角が三日月のように吊り上がる。
「……ですが、誰がそれを信じるんです?」
キャスリーンの全身が硬直した。
「すべてを救済する高潔な『聖人』である私と、金に目が眩んだ卑しい『泥棒猫』である貴女。……さあ、愚かな民衆は、どちらの言葉に涙すると思いますか?」
「ひっ……あ……」
「さようなら、キャスリーン。貴女は本当に、使い勝手の良い『生贄』でしたよ」
直後、ライルは弾かれたように立ち上がった。
彼は悲しげに眉を寄せ、しかし力強く、衛兵たちに向かって腕を振り下ろした。
「この女を地下牢へ! ……我らが神の、厳正なる裁きを待たせなさい!」
衛兵の手がキャスリーンの細い腕を乱暴に掴み上げ、引き剥がす。
「いやぁぁぁ! 離してぇぇぇ!!」
恐怖は瞬く間に憎悪へと変貌し、彼女は獣のように咆哮した。
「ライル、あんたなんか……あんたなんか死ねぇぇ!!」
その血を吐くような呪詛は、しかし、誰の耳にも届きはしない。
広場を揺るがすのは、地鳴りのような歓声だった。
「ライル様万歳!」「新たな英雄に祝福を!」。
熱狂の渦が、一人の女の絶望を跡形もなく飲み込んでいく。
◇
聖堂のドーム天井に近い、豪奢な貴賓席。
私たちはその特等席で、磁器のカップを傾けながら、血と涙に塗れた喜劇を見下ろしていた。
「傑作ですわね。御覧になって? あの魂が砕け散る瞬間の、みっともなくも美しい泣き顔」
エリザがレースの扇子を優雅に揺らす。
「専属の画家に描かせたいくらいだわ。タイトルはそう……『愚者の末路』かしら」
「いやぁ、小生の技術も捨てたもんじゃないでしょう? 断末魔の周波数を余さず拾う、完璧な音響設計でしたからねぇ」
牙が得意げに髭を撫でる。
残酷な談笑が交わされる中、ふいに私の視界が遮られた。
「……ロミナ様、これ以上は見るに堪えません」
アステルだ。
彼は眉間に深い皺を刻み、まるで汚物を見るような嫌悪の眼差しを眼下に向けていた。
「あのような醜悪なものを見続ければ、貴女様の清らかな瞳が腐ってしまいます。さあ、もう十分でしょう。お戻りになりましょう」
「ふふ。そうね。……相変わらず、過保護な騎士だこと」
私はその最後のひと幕を、冷徹な観察者の目として網膜に焼き付ける。
これでいい。国内に巣食っていた澱は取り除かれた。
◇
離宮へと続く馬車の中。夜風と共にライルが滑り込んできた。
「お待たせしました。……キャスリーンは、もはや心壊れた人形です。二度と、言葉を紡ぐこともないでしょう」
「ご苦労様。……これで、足元の憂いは消え去ったわ」
私は深く長椅子に身を預け、流れる車窓の景色に視線を投げた。
膝の上で、羊皮紙の地図を広げる。
私の指先が、東の国境線をなぞり、不吉な赤色で塗られた領域の上で止まる。
「次は外よ。……『ハータ帝国』」
「ノースの死を知れば、奴らは雪崩のように押し寄せてくるでしょう」
対面に座るアステルが、剣の柄に手を添えた。
「誰が来ようと、関係ありません。貴女様の御前に立つ者は、ことごとく斬り捨てるのみです」
「ええ。遊びは終わり。次は『戦争』よ」
私は地図を握り潰すようにして閉じ、不敵に笑った。
「私の美しい庭(世界)を荒らす害虫どもを、一匹残らず駆除しに行くわよ」
車輪が回る重たい音は、国内での幕引きを告げる鐘の音であり、同時に、次なる血塗られた覇道へのカウントダウンでもあった。
第35話をお読みいただき、ありがとうございました。
キャスリーン様、救いを求めた相手が「地獄の案内人」だったという皮肉な結末。
「誰がそれを信じるんです?」というライルのセリフ、ゾクゾクしましたね。
そして安定の過保護アステル。ロミナ様の目が腐ると心配するあたりが彼らしいです。
これにて「王国国内編」は完結。
次回からは、よりスケールの大きな「ハータ帝国編」がスタートします。
魔王ロミナ様とエリザ様の快進撃は止まりません!
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