第30話 聖女の焦り:沈む船と新たな寄生先
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後ろ盾を失い、爪を噛んで焦る聖女キャスリーン。 彼女が目をつけた「次の財布」は、あろうことか魔王軍の参謀ライルでした。
誘惑に乗り、慈善舞踏会の開催と寄付金の管理を提案するライル。 それを自分への愛ゆえの貢ぎ物と勘違いした聖女。 愚かな獲物が自ら罠(底なし沼)に飛び込んでいく様子をお楽しみください!
王都の大聖堂、その最奥にある聖女の私室。 清貧とは無縁の、絢爛豪華な調度品に囲まれたその部屋に、不快な音が響いていた。
ガリッ、ガリッ。
聖女キャスリーンは、鏡台の前で、宝石のように磨き上げられた自身の爪を、親指から順に噛み砕いていた。
「もう……ッ! どいつもこいつも、使えないゴミばかりね!」
彼女はヒステリックに叫び、高価な香水瓶を床へと薙ぎ払った。 ガラスの砕ける音と、むせ返るような薔薇の香りが部屋に充満する。
彼女を取り巻く環境は、この数日で劇的に悪化していた。 無尽蔵の財布だったノース王子は死体となり、知恵袋だった賢者スーラは戦場で無様な失態を演じ、失脚した。
「私の……私の輝かしい生活が脅かされるなんて、あってはならないわ。私は選ばれた聖女なのよ?」
キャスリーンは鏡に映る、少しやつれた自分を睨みつけた。 泥船は沈みかけている。ならば、ネズミよりも早く脱出し、新しい豪華客船に乗り移らなければならない。
今、この国で最も金と権力を握っているのは誰か。
「……そうよ」
キャスリーンの瞳に、粘着質な欲望の光が灯る。 エリザの婚約者であり、教会の莫大な資産を自由に動かせる立場にある人物。
「ライル様……」
彼女は噛んでボロボロになった爪を唇に当て、恍惚とした表情を浮かべた。 あの冷徹で美しい男。エリザのような堅苦しい女には勿体ない、極上の獲物。
「貴方を、私の新しい『財布』にしてあげる。……骨の髄までしゃぶり尽くしてね」
◇
翌日。 静寂と乳香の香りに満ちた大聖堂の片隅にある、木製の懺悔室。 神聖なる密室に、濃厚な薔薇の香水が充満していた。
「ライル様ぁ……。私、最近の戦争の音が怖くて、夜も眠れないんですぅ……」
キャスリーンは仕切り板の格子に身体を押し付け、砂糖蜜のように甘ったるい声で囁く。
「お願い……今夜、私の部屋に来て、聖書を読んで聞かせてくれませんか? ……朝まで、二人きりで、心を沈めて……」
聖書とは名ばかりの、あまりに見え透いた夜の誘い。 だが、格子の向こう側に座るライルは、眉一つ動かさなかった。
彼は非の打ち所のない完璧な「聖職者の笑み」を浮かべて応じた。
「おや、それは心配ですね。聖女様の心の平安が乱されるとは、由々しき事態だ」
ライルは格子の隙間から、白手袋に包まれた手をそっと差し出し、キャスリーンの指先を優しく包み込んだ。
その感触に、キャスリーンが「釣れた!」とばかりに瞳を輝かせる。 ライルは引き寄せた彼女の耳元で、悪魔の契約を持ちかけるように囁いた。
「では、貴女の怯える心を癒やし、かつ徳を高めるために、一つ提案があります」
「提案……?」
「ええ。『戦災孤児のための慈善舞踏会』を、大聖堂で開催しましょう」
その言葉に、キャスリーンが小首をかしげる。 ライルは畳み掛けるように続けた。
「聖女である貴女が主催となれば、多くの貴族たちがこぞって参加し、莫大な寄付金が集まるでしょう。……その集まった浄財の『管理』と『運用』は、全て貴女にお任せしますよ」
その瞬間。 キャスリーンの瞳孔が開き、潤んだ媚態の色が、ギラついた「欲望」の色へと変貌した。
寄付金の管理を任せる。 それはつまり、使途不明金として中抜きし放題の、巨大な財布を渡されるに等しい。
(……やっぱり! この堅物眼鏡、私に気があるんだわ! 私に気に入られたくて、貢ぐ口実を作ってくれたのね!)
彼女の脳内で、金貨の擦れ合う音と、豪遊する未来図が鮮やかに弾けた。
「素敵! 素晴らしい案ですわ、ライル様! やりましょう! ……全ては、可哀想な子供たちのために!」
懺悔室に、慈愛を装った強欲な声が響く。 格子の向こうで、ライルは深まった笑みを眼鏡の奥に隠し、静かに頷いていた。
第30話をお読みいただき、ありがとうございました。
キャスリーン様、相変わらずの「ポジティブ(強欲)勘違い」ですね(笑)。 ライルの差し出した白手袋の手が、実は死神の鎌だということにも気づかず、喜んで握りしめてしまいました。
「子供たちのために」と言いながら頭の中は中抜きでいっぱいの彼女。 ライルが仕掛けたこの「慈善舞踏会」が、どのような地獄の入り口になるのか……。
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