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第3話 真紅の契約:女帝の覚醒

お待たせいたしました! いよいよ覚醒回です。


泥にまみれた村娘として耐え忍んできたロミナが、ついに魔王の魂を取り戻します。

ここから彼女の「快進撃」と、人間たちを手のひらで転がす「無双」が始まります。


八百年前の力を取り戻した彼女の、豹変ぶりをお楽しみください!


 深夜、意識の深淵をノックする「音」で目が覚めた。


 それは鼓膜を震わせる空気の振動ではない。

 魂の根幹、その一番柔らかい場所を直接鷲掴みにされるような、懐かしくも強制力を持った波動だった。


『……様。……ロミナ様……』


 誰? 誰が私を呼んでいるの?


 思考よりも先に、血液が反応した。


 私は何かに操られる糸操り人形のようにベッドを抜け出し、裸足のまま窓枠を乗り越えて、夜の森へと降り立った。


 月明かりさえ届かぬ深い闇。

 足の裏に冷たい土や小石が食い込むが、不思議と痛みも恐怖も感じない。

 むしろ、鬱蒼と茂る木々がざわめき、枝葉を持ち上げて道を明け渡し、主君の帰還を密やかに祝福しているようだった。


 導かれるままに辿り着いたのは、森の最奥に口を開けた古びた洞窟。


 苔むした岩肌に指先を這わせると、ズズズ……と地響きのような重い音を立てて、隠されていた石扉が動いた。


(私は、ここを知っている……?)


 デジャヴというにはあまりに鮮明な感覚。


 洞窟の奥、埃と静寂に支配された空間には、風化した魔法陣と、その中央に鎮座する小さな祭壇があった。


 灰色の世界の中で唯一、色彩を放つもの。


 祭壇の上には、美しいカットが施されたクリスタルガラスの小瓶が一つ。

 その中では、鮮血を煮詰めたように赤い液体が、妖艶な光を帯びて揺らめいていた。


『器の準備は整いました。さあ、魔王様』


 脳髄に直接、気怠げで、しかし甘美な少年の声が響いた気がした。


 私は吸い寄せられるように祭壇へ歩み寄り、震える手で小瓶を手に取る。

 栓を抜いた瞬間、熟成されたワインと鉄錆を混ぜたような、芳醇な魔力の香気が鼻孔をくすぐり、脳を痺れさせた。


「……これを、飲めば」


 全てを思い出せる。

 私の魂に空いた穴を埋めるもの。

 夢の中で泣き濡れていたあの美しい騎士も、私を焦がれるように待つ下僕たちも。


 躊躇いはなかった。

 私は小瓶を唇に押し当て、その赤い液体を一気に喉の奥へと流し込んだ。


「――っ、あぐッ!?」


 刹那、世界が爆ぜた。


 喉が焼け爛れるような激痛。

 血管に溶けた鉛を注ぎ込まれたかのような灼熱が、心臓から指先へと奔流する。


 ミシミシと骨が軋み、細胞の一つ一つが引きちぎられ、そして再構築されていく。


 それは、「村娘」という脆弱な器に、巨大すぎる「魔王」の魂を無理やり定着させるための、破壊と創造の儀式。


「あ、あああぁぁぁ……ッ!!」


 少女の断末魔のような悲鳴が、洞窟の壁に反響する。


 だが、その絶叫は唐突に途絶えた。


 激情の嵐が過ぎ去った後、床に膝をついた私の瞳から、「怯え」や「弱さ」といった色は完全に消え失せていた。


 ゆっくりと、瞼を持ち上げる。


 薄暗い洞窟の中、夜目が効くようになった視界が、世界を鮮明に捉えた。


 私は自分の手を見つめる。

 泥で汚れた貧相な手。

 だが、その内側には確かな熱――魔力が脈打っていた。


 全盛期の十分の一にも満たない微弱な残り火。

 けれど、この平和ボケして弛みきった人間たちを蹂躙するには、これでも十分すぎる。


 私は、乱れた髪を無造作にかき上げた。

 影の落ちた顔で、唇の端だけを吊り上げて微笑む。


 かつて世界を恐怖のどん底に叩き落とし、同時に熱狂的なまでに魅了した、あの絶対的で傲慢な笑みで。


「……おはよう、八百年後の世界」


 脳裏に、愛しい下僕たちの顔が鮮やかに蘇る。

 アステル、ライル、牙、エリザ。


 待たせたわね、私のかわいい子たち。


「さあ、まずはこの不快な『仮の宿』を、どう始末しましょうか」


 翌日の夕暮れ。


 茜色がどす黒い紫へと変わる逢魔が時、私が家に戻ると、狭い土間には重苦しい空気が淀んでいた。

 両親が二人並んで、仁王立ちで待ち構えている。


「一晩中どこほっつき歩いてたんだい! 水汲みもしないで!」


 母アイラのヒステリックな罵声が、狭い家屋に反響する。

 かつての私なら、その甲高い音に怯え、肩を震わせて謝罪の言葉を紡いでいただろう。


 けれど、今の私――魔王の魂を取り戻した私の耳には、それは「不快な羽虫の羽音」程度にしか聞こえなかった。


 私は彼らの怒りを無視し、土間に置かれた粗末な椅子に近づく。

 そして、まるで玉座に腰を下ろすかのように、優雅な動作で座り、ゆっくりと足を組んだ。


 ただそれだけの動作。


 だというのに、両親は「ひっ」と喉を引きつらせ、思わず後ずさった。


 薄汚い麻の服を纏っているはずの娘から、王族すら圧倒するような冷徹な気品と、肌を刺すような威圧感が溢れ出していたからだ。

 彼らの本能が、目の前の存在が「捕食者」であると警鐘を鳴らしている。


「少し、夜風に当たっていただけですけれど。……それよりお母様、お父様。私にお話があるのではなくて?」


 小首を傾げ、冷ややかな碧眼で二人を見据える。

 椅子に座り、物理的な視線は低いはずなのに、彼らは天空から見下ろされているような錯覚に陥り、脂汗を滲ませた。


 父ボッシュが、震える手で額の汗を拭いながら、ようやく口を開く。


「あ、ああ……そうだ。ロミナ、お前を……王都の叔母さんの所にやることにした」


「王都、ですか?」


「そ、そうだ。奉公だ。……要するに、口減らしだよ! お前のような気味の悪い娘は、もうこの家にはいらないんだ!」


 父は裏返った声で、精一杯の虚勢を張り上げた。

 それは本来、親から子への最も残酷な「追放宣告」であり、孤独な少女を絶望の底に突き落とす言葉だったはずだ。


 だが、ロミナは――私は、喉の奥でくつくつと、鈴を転がすように笑った。


「ふふ。奇遇ね、お父様」


「な、なんだ……?」


「私も、こんな掃き溜め(ド田舎)には飽き飽きしていたところよ」


 私はゆっくりと立ち上がる。

 そのまま、足がすくんで動けない二人の横を、衣擦れの音さえさせずに通り過ぎた。


 その瞬間、殺気に似た冷たく重い風が吹き抜け、両親は糸が切れた人形のように腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 ガチガチと歯の鳴る音が背後から聞こえる。


「喜んで出て行って差し上げるわ。……感謝なさい? 貴方たちは、私を追い出すことで、間もなく訪れるはずだった『破滅』を免れたのだから」


 もしこのまま、私がこの狭苦しい鳥籠に留まっていたら。

 いずれ退屈凌ぎに、この家ごと、あるいは村ごと消し飛ばしてしまっていたかもしれない。


 命拾いしたわね、愚かで矮小な人間たち。


 私は逃げるように屋根裏部屋へ戻ると、荷造りもせずに窓を開け放った。


 夜空に浮かぶ月が、蒼白く私を照らしている。


 王都。人間たちの繁栄の中心地。欲望と喧騒が渦巻く場所。

 そこになら、きっと彼らも集まってきているはずだ。


「待っていなさい、アステル」


 月を見上げる私の脳裏に、鮮やかな記憶が蘇る。


 崩落する城で、私のドレスを握りしめ、見苦しいほどに涙を流して縋り付いてきた、美しい銀髪の騎士。


 八百年の時を超えて、彼はどんな男になっているだろうか。

 またあの重苦しいほどの愛で、私を縛り付けてくれるかしら。


 想像するだけで、ゾクゾクと背筋が震える。


「……すぐに、新しい首輪をつけに行ってあげるわ」


 月光の下、かつての魔王ロミナは、妖しく、そして残酷なまでに美しく微笑んだ。


 世界を巻き込む「リベンジ・マスカレード」の幕が、今、静かに上がったのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ようやく魔王様が覚醒しました!

腰を抜かした両親を見て、少しはスッキリしていただけたでしょうか。

あんなに怯えていたのに、態度のデカさだけで相手を圧倒するロミナ様……流石です。


次回、いよいよ舞台は王都へ。

そこで彼女を待っているのは、かつての下僕か、それとも新たな敵か。

そして、あの「重すぎる愛」を持つ騎士アステルとの再会はいつになるのか……!?


物語はいよいよ加速していきます。


――――――――――――――――

【作者からのお願い】


「魔王様の覚醒、最高!」

「もっともっと無双してほしい!」

「アステルとの再会が待ちきれない!」


と思ってくださった皆様。

ぜひ、この勢いで【ブックマーク】と【評価(下の☆☆☆☆☆を★★★★★に!)】をお願いいたします。


皆様のポイントが、魔王様の魔力の源(と作者の執筆スピード)になります!

ぜひ応援よろしくお願いいたします!

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