第25話 聖女の勘違い:アステルの拒絶と女王の誕生
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今回は、聖女キャスリーンの「勘違い」が招いた滑稽な喜劇。 アステルの容赦ない拒絶っぷりは、まさに魔王軍クオリティです。
そして後半、ついにエリザ様が実権を掌握します。 ライルの「脅し」も加わり、もはや逆らえる者は誰もいません。 王国と帝国を戦火に巻き込む、魔王の脚本が動き出します。
葬儀後の立食パーティ会場は、喪服の黒と、それを裏切るような酒と香水の匂いで澱んでいた。
私は人酔いを避けるため、ホールの壁際で彫像のように気配を消していた。 喉の渇きを潤すため、アステルが飲み物を取りに行ってくれている。
その戻り道。獲物を狙う蜘蛛のように、キャスリーンが待ち伏せていた。
「あ……アステル様ぁ……」
彼女はアステルの姿を認めると、甘ったるい吐息を漏らし、ふらりとよろめいてみせた。 計算し尽くされた千鳥足。潤んだ瞳。
「急に、ひどいめまいが……支えて、くださる?」
彼女は重力を手放し、アステルの逞しい胸板を目掛けて、しなだれかかろうとする。 香水の匂いが鼻先を掠める距離。
だが、相手が悪すぎた。
――サッ。
衣擦れの音すら立てず、アステルは無慈悲に、ただ「一歩」横へ移動した。 受け止めるでも、突き飛ばすでもない。ただ、そこに在ったはずの存在を消すような、絶対的な拒絶。
「きゃっ……!?」
支えを失ったキャスリーンの身体が空を切る。 次の瞬間、彼女を待っていたのは、硬く冷たい大理石の床だった。
ガシャンッ!
派手な音と共に、聖女が無様に床へ転がる。 巻き添えになったグラスの葡萄酒が、彼女の喪服に、どす黒い染みを作った。
「い、いったぁ……。な、なんで……支えてくれないのよ……!」
涙目で睨み上げるキャスリーンに対し、アステルは彼女を見下ろした。 その瞳は、氷点下。
「……おや。足腰が弱っておいでですか、聖女様。それとも――」
アステルは手も貸さず、穢れが移るのを嫌うように、わざとらしく半歩下がってみせる。
「弱っておられるのは、その頭の方ですか?」
「なっ……!?」
「私の主が喉を乾かしてお待ちです。一刻も早く戻らねばなりません。……そこを退いていただけますか? 邪魔です」
アステルは、まるで汚物を避けるように大きく迂回し、歩み去っていった。 残されたのは、葡萄の染みと恥辱にまみれた聖女だけ。
「な、なによあいつ……! 見てなさいよ! 絶対に……絶対に後悔させてやるから!」
◇
翌日。王城の最深部にある御前会議室は、重苦しい沈黙と、カビ臭い権威の匂いに満ちていた。
議長席に座っているのは、喪服を纏ったエリザ。 その姿は、若き女帝のそれだった。隣には、漆黒の法衣をまとったライルが控えている。
「しかし……未婚の王女殿下が国政の全権を握るなど、前例がありません」 「そうです。陛下のご病状が回復されるのを待つべきでは……」
白髪の宰相や大臣たちが反発の視線を交わし合う。 その空気を断ち切るように、ライルが一歩前へ出た。
コツン、という硬質な音が、老臣たちの心臓を跳ねさせる。
「おや? 前例、ですか」
ライルは眼鏡の奥で、蛇のような冷たい光を宿して微笑んだ。
「教会は全面的に、次代の聖女たるエリザ殿下を支持しておりますよ? ……それとも皆様は、神の地上代行者たる教会の意志に背くおつもりで?」
柔らかい言葉の裏に隠された、剥き出しの恫喝。 さらにライルの視線が、大臣一人一人の弱みを舐めるように射抜いていく。
大臣たちの顔から血の気が引いた。 彼らはガクリと項垂れ、沈黙という名の服従を選んだ。
「……決まりね」
エリザが静かに呟いた。 彼女はロミナが書き上げた『破滅への脚本』に視線を落とし、顔を上げた。
「では、摂政として最初の勅命を下します」
凛とした声が、会議室の空気を震わせる。
「亡き兄、ノース王太子の無念を晴らすため、我々は帝国に対し、今回の件に関する『誠意ある謝罪』と『莫大な賠償』を要求します」
一呼吸の「間」。 エリザは扇子をパチリと閉じ、残酷な未来を宣告した。
「……もしも拒否すれば、直ちに宣戦布告なさい。これは『聖戦』よ」
第25話をお読みいただき、ありがとうございました。
キャスリーン様、大理石の床と親睦を深めてしまいましたね(笑)。 「頭の方が弱っている」というアステルの毒舌、これこそ彼の本領発揮といったところでしょうか。
一方で、会議室のシーンは一転して重苦しい雰囲気に。 エリザ様の「これは聖戦よ」という言葉は、かつての魔王ロミナ様の意思そのもの。 ここからいよいよ、国家間の戦争が始まります。
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