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第23話 悲劇のヒロイン:嘘で塗り固められた演説

いつもお読みいただきありがとうございます!


 今回は、ライルによる「嘘」の演説回です。  真実を知る者からすれば反吐が出るような内容ですが、ライルの手にかかれば、それは国民を熱狂させる聖なる怒りへと姿を変えます。


 そして、鳥籠の中でエリザ様への心酔を深めていくマーガレット様。  「悲劇のヒロイン」という新たな役目を与えられ、彼女の精神はどこへ向かうのか……。

 翌日。  王城のバルコニーから見下ろす広場は、鉛色の雲に蓋をされたように重苦しく澱んでいた。


 何万という民衆が詰めかけ、不安げなさざめきが地鳴りのように響く中、ライルが喪章をつけた漆黒の司祭服をなびかせて姿を現した。


 彼は手すりに手をかけ、悲劇の預言者のごとき厳粛な面持ちで、眼下の群衆を見渡した。


「……愛する国民の皆様。断腸の思いで、この上なく悲しいお知らせをせねばなりません」


 よく通る、しかし濡れたような悲哀を帯びた声が、広場の隅々まで染み渡る。


「我らが希望、ノース王太子殿下が……昨夜、急病により崩御されました」


 おお……という悲痛などよめきが、波紋のように広場を揺らした。


 民衆が動揺するタイミングを見計らい、ライルは真っ白なハンカチを取り出し、目元を拭う仕草を見せた。  その目には一滴の涙もないが、その完璧な演技は、見る者の胸を打つ聖職者の姿そのものだった。


「さらに、痛ましいことは続きます。……最愛の夫を失った悲しみに耐えきれず、マーガレット妃殿下までもが、夫の後を追おうとなさいました」


 息を飲む音。  ライルは声を震わせ、言葉に熱を込める。


「幸い一命は取り留めましたが、妃殿下の精神こころは深く傷つき、現在は錯乱状態にあり療養中です。……ああ、なんと無慈悲なことか。彼女の繊細な心は、祖国である帝国から長年にわたり加えられ続けた、冷酷な『圧力』によって、限界を迎えておられたのです」


 巧み極まりない誘導。  直接的に「帝国が殺した」とは言わない。  けれど、「帝国の圧力のせいで王子が死に、姫が壊れた」という物語シナリオを、言葉の端々に毒のように滲ませる。


「可哀想な王子……それに、マーガレット様まで……」 「なんて酷いことを!」 「許せねえ、帝国……!」


 純粋な哀悼は、ライルの手によって方向付けられ、すぐさまどす黒い「怒り」へと変質していく。  広場の熱気が変わる。


 数万の瞳に宿る敵意の矛先は、自然と東の空――隣国である帝国の方角へと向けられていった。


 ◇


 離宮の最も奥深く、外界の喧騒から隔絶された一室。  そこは事実上の軟禁場所であったが、最高級の調度品に囲まれたその空間は、傷ついた蝶が羽を休めるための豪奢なまゆのようだった。


 柔らかな午後の日差しが差し込むベッドの上で、マーガレットは夢うつつに微睡んでいた。  その細い腕には、黒猫の『牙』が抱かれている。


 ノックもなく、静かに扉が開く。  現れたのは、この鳥籠の主であるエリザ。


「気分はどう? 私の可愛いマーガレット」


 甘い声が鼓膜を揺らす。  マーガレットは弾かれたように顔を上げ、花が咲くように破顔した。


「エリザ様……! はい、とても穏やかです。……信じられないくらい」


 彼女はため息をつき、部屋の空気を愛おしそうに吸い込んだ。


「あのノースの怒鳴り声も、暴力の気配もありません。ただ静寂だけがある……。世界とは、これほどまでに静かな場所だったのですね」


 恐怖からの解放。  その安寧に、彼女の精神はどっぷりと浸りきっている。


 エリザは優雅な所作でベッドサイドに腰を下ろすと、マーガレットの痩せた頬に触れ、乱れた亜麻色の髪を指で優しく梳いた。


 その指使いは、忠実で愛らしい愛玩動物ペットの喉を鳴らす、飼い主の手つきだ。


「ええ。もう誰も貴女を傷つけさせないわ。貴女はずっと、この安全な箱庭にいればいいの」


「はい……ずっと、お傍に……」


「ただし――」


 エリザは梳く指を止め、マーガレットの顎をすくい上げて瞳を覗き込んだ。  慈愛に満ちた、命令者の瞳。


「外の人間たちには、夫の死を嘆き悲しむ『悲劇の未亡人』を演じてちょうだいね? それが、わたくしへの愛の証明よ」


 それは、彼女をこの鳥籠に縛り付けるための、甘美な鎖。  だが、今のマーガレットにとって、それは束縛ですらない。


「はい、エリザ様。貴女様が望むなら、私はどんな役でも演じてみせます。涙も、悲鳴も、貴女様のために……」


 依存と支配が絡み合い、溶け合う瞬間。  黄金の鳥籠の中で、少女は幸福そうに微笑み続かった。

第23話をお読みいただき、ありがとうございました。


 ライル、相変わらず仕事が早いです。  「一滴も涙を流さずにハンカチで目を拭う」という、いかにもな胡散臭さが彼の持ち味ですね。


 一方で、マーガレット様。  彼女にとって、これまでの地獄のような結婚生活に比べれば、今の「軟禁状態」はまさに天国なのでしょう。  エリザ様に褒められたい一心で、彼女は最高のヒロインを演じることになります。


 この歪んだ絆が、王国をどう変えていくのか。  面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】での応援をお願いします!

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