第18話 密室の会談:犬猿の仲と契約成立
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前回、懺悔室で無事に(?)合流を果たした元参謀のライル。 今回は、そんな彼と、忠犬アステルが顔を合わせます。
……まあ、この二人が揃って仲良くお茶を飲むはずもなく。 再会早々、一触即発の事態に!?
さらに、策士ライルから提案された「王家を黙らせるための最悪のハメ技」とは――。 魔王軍の黒い連係プレイをお楽しみください!
厳重な人払いがなされた司祭の私室。
そこは表の聖堂のけばけばしさとは無縁の、書物と羊皮紙の匂いが染み付いた知的な空間だった。
ライルは流れるような手つきでポットを傾け、私の前に琥珀色の液体を注ぐ。
湯気と共に立ち上る香りは、計算し尽くされたかのように私の好みを突いていた。
「……魔王様。八百年ぶりの再会、光栄の極みです。ですが――本気ですか?」
彼は淹れたての紅茶を一口含み、ソファの背もたれに深く身を預けた。
眼鏡の奥の瞳が、値踏みするように私を射抜く。
現在の彼は「次期大司教候補」として、人間社会で確固たる地位と権力を手に入れている。
その安定した椅子を蹴り飛ばし、リスクを冒してまで私に従うメリットがあるのか。天秤にかけているのだ。
「この平和ボケして腐りかけた世界で、今更復讐なんて。貴女らしくもない」
「復讐ではないわ。私が望むのは『魔族の復活』よ」
私はカップに口をつけることなく、彼を真っ直ぐに見据えた。
そして、これからの計画――半魔人の繁殖による勢力拡大、そして世界の理の書き換え――を淡々と、しかし熱を込めて語った。
ライルは黙って聞いていたが、私が核心を口にした瞬間、その表情が凍りついた。
「だから、ライル。貴方が必要なの。貴方は唯一、魔王の血を色濃く受け継ぐ『種』を持つ男だから」
その言葉が空気に溶けた、刹那だった。
私の背後で彫像のように控えていた影が、爆ぜた。
――ダンッ!!
部屋全体が揺れるほどの衝撃音。
アステルが風のような速さで踏み込み、ライルの胸倉を荒々しく掴み上げて壁に叩きつけていた。
「……いい気になるなよ、色眼鏡」
アステルの美貌が、嫉妬と殺意で鬼のように歪んでいる。
その瞳に渦巻くのは、主への過剰な忠誠と、己には果たせぬ役割を持つ者へのどす黒い劣等感。
彼はギリギリとライルの襟を締め上げ、吐き捨てるように告げた。
「勘違いするな。貴様は単なる『機能付きの道具』に過ぎない。魔王様やエリザ様に、その薄汚い欲望を少しでも向けてみろ……その時は、貴様の自慢のモノを切り落としてから殺す」
部屋の温度が急激に下がるほどの殺気。
だが、壁に縫い付けられたライルは、動揺するどころか、涼しい顔で口の端を吊り上げた。
彼は胸倉を掴まれたまま、わざとらしくアステルの手首に視線を落とす。
「おやおや、怖いですねぇ。『翼』殿」
ライルは挑発的にアステルの目を見返した。そこには、暴力に屈しない知性の棘があった。
「……自分が不能だからって、八つ当たりは良くありませんよ? ロミナ様の役に立てないのが、そんなに悔しいのですか?」
「き、貴様ッ……!!」
カキン、とアステルの親指が剣の鍔を弾く。
抜刀寸前。互いの鼻先が触れるほどの距離で、殺意と嘲笑が火花を散らす。
「――おやめなさい」
静かだが、絶対的な響きを持つ私の声が、張り詰めた殺気を断ち切った。
アステルは、喉元に噛み付く寸前だった猛獣のように唸り声を漏らしたが、主命には逆らえない。
彼は憎々しげにライルを睨みつけると、不承不承といった様子でその手を離し、乱暴に払いのけた。
解放されたライルは、軽く咳き込む素振りすら見せない。
彼は皺になった法衣の襟元を指先で丁寧に撫でつけ、埃を払うように整えると、涼しい顔で私に向き直った。眼鏡の奥の瞳は、すでに冷静な計算を終えている。
「……で、どうなの、ライル? 私につけば、少なくとも退屈だけはさせないと約束するわ」
私はカップの縁を指でなぞりながら、挑発的に微笑んだ。
ライルは眼鏡のブリッジを中指でクイと押し上げ、ふっ、と短く息を吐き出した。
その瞬間、彼の顔から貼り付けたような「慈愛」が剥がれ落ちる。
そこに現れたのは、知的好奇心と野心に飢えた、紛れもない「男」の顔だった。
「ええ、そのようですね。……正直なところ、この腐敗した教会で聖人君子ごっこを続けるのも、そろそろ飽きが来ていたところです。愚かな豚たちをおだてて金を巻き上げるだけの日常は、私の性に合わない」
彼は唇の端を吊り上げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「乗りましょう。その無謀で、刺激的な『世界征服』とやらに」
ライルは私の前へと優雅に歩み寄る。
そして、流れるような動作で、芝居がかったように片膝を床についた。
それはアステルのような、額を床に擦り付ける狂信的な服従ではない。
あくまで対等な知性を持ち、共に盤面を動かす共犯者としての、洗練された敬意の表明。
「私の持つ全ての知略と、この身に宿る『種』のすべてを、貴女に捧げましょう。……我が女王」
彼は恭しく私の右手を取り、その指先に唇を寄せた。
柔らかな感触と、微かな吐息の熱。
チュッ、とあえて音を立てて落とされた口づけは、契約の印であり、同時にアステルへの当てつけを含んだ挑発でもあった。
「……チッ、離れろ」
背後で、アステルが盛大に舌打ちをする音が聞こえる。
その音には、今すぐにでもその唇を削ぎ落としてやりたいという、煮えたぎるような殺意が込められていた。
「では、感傷はこの辺りにして、早速仕事を始めましょうか」
ライルは瞬時に表情を切り替えた。
先ほどの熱っぽい共犯者の顔は鳴りを潜め、そこにあるのは冷徹な策士の仮面だ。
彼はマホガニーの重厚な机に向かうと、羊皮紙の地図を広げた。
カサリ、と乾いた音が静寂に響く。
その指先が、王都の地図の上を滑るように走り、ある一点で止まった。
「教会を完全に掌握し、エリザ様を女王の座へと押し上げるための、最短にして最強のルートがあります」
「……聞かせてちょうだい」
「『私とエリザ様の政略結婚』です」
ライルは淡々と告げた。
王家の血を引くエリザと、民衆から絶大な支持を得ている「聖人」ライルの結合。
それは教会という巨大な権威を、エリザの盾として利用することを意味する。
だが、ライルの瞳の奥には、さらに昏い光が宿っていた。
「無論、ただの結婚ではありません。それでは王家への牽制として弱い。必要なのは、不可侵の聖域です」
彼は声を落とし、甘い毒薬のような提案を口にした。
「『神の奇跡により、子を授かった』という既成事実を作ります」
一瞬、空気が止まる。
私は片眉を跳ね上げた。
「……つまり、偽装妊娠ということ?」
「ええ、その通りです。もしエリザ様のお腹の中に『救世主』が宿ったとなれば、どうなると思いますか? 国王も、あの愚かなノース王子も、手出しなどできません。妊婦、それも神の子を宿した聖母を害せば、民衆の怒りが王家を焼くでしょう」
なんと、えげつない策だろう。
神への冒涜と、民衆への欺瞞。それを聖職者の顔でやってのけるのだ。
「うわぁ……真っ黒だね。悪魔も裸足で逃げ出すよ」
足元の牙が、呆れ果てたように耳を伏せた。
「……あの毒婦のようなドレスを纏った女が、母親面をするのか。しかも相手が貴様とは。想像しただけで寒気がする」
アステルは、汚いものを見るような目でライルを睨み、露骨に顔をしかめた。
彼にとって、敬愛する主が、形式上であれ他の男と、それも生々しい「妊娠」という嘘で結びつくことは、生理的な嫌悪を催す事態なのだろう。
けれど、私は喉の奥でクツクツと笑った。
その背徳的な響き。モラルを欠いた効率性。実に私好みだ。
「いいじゃない。最高に面白そうだわ」
私はアステルの不満を無視し、楽しげに目を細めた。
「神聖なる教会を舞台にした、世紀の大嘘(茶番劇)。……進めなさい、ライル」
「御意」
ライルが恭しく一礼する。
魔王軍の役者は揃った。
舞台の幕は上がり、脚本は完成した。
さあ、始めましょう。
あの愚かな王子たちへの、華麗にして惨憺たる断罪劇を。
第18話をお読みいただき、ありがとうございました。
ライル……相変わらず「いい性格」をしています。 アステルのコンプレックスを的確に突きつつ、主君の前では涼しい顔でエグい策を出す。これぞ魔王軍の知恵袋ですね。
そして飛び出した「偽装妊娠」という爆弾発言。 神聖な教会をまるごと巻き込んだ世紀の茶番劇が、ここから始まります。
果たして、王家はこのペテンをどう受け止めるのか……。 続きが気になる!と思ってくださった方は、 ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】での評価で応援いただけると嬉しいです!
次回、ついに世紀の嘘が幕を開けます。お楽しみに!




