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第17話 聖女の操り人形と、懺悔室の告白

いつも応援ありがとうございます!


 前回、イケメン神父として女子信者をメロメロにしていた元・魔王軍参謀のライル。  今回は、そんな彼の「裏の顔」と、ロミナ様によるスリリングな正体暴き回です。


 聖女のあざとい誘惑を、彼はどう捌くのか?  そして、懺悔室で繰り広げられる「最悪の告白」とは――。


 策士二人の再会、ぜひお楽しみください!

 厳かなミサの余韻がまだ漂う聖堂内を、場違いに甘ったるい声が切り裂いた。


「ライル様ぁ! 先ほどの説教、とっても感動しましたわ!」


 礼拝を終えた人波を掻き分け、ピンク色のドレスを翻した聖女キャスリーンが猛進してくる。


 彼女は衆目もはばからず、無邪気さを装ったあざとい仕草でライルに飛びついた。

 その豊満な胸を、黒衣に包まれたライルの腕にねじ込むようにして押し付ける。


「やっぱり、迷える私を導いてくださるのはライル様しかいません! ね、そうでしょ?」


 聖なる祈りの場を冒涜するかのようなその痴態に、周囲の堅物な神官たちはあからさまに眉をひそめ、不快感を露わにする。


 だが、ライルだけは違った。


 彼は少しも動じることなく、まるで聖画から抜け出したような慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、彼女を受け止めたのだ。


「ありがとうございます、聖女様。貴女のような心清らかな方にそう言っていただけるとあれば、天上の神もさぞお喜びになるでしょう」


 ライルの声は、極上のベルベットのように滑らかで、聞く者を陶酔させる響きがあった。


 彼はキャスリーンの手首に優しく自分の手を添える。

 それはエスコートのように見えて、実際には拒絶の動作だった。


 彼は傷つけないように、しかし断固たる力強さで、彼女の身体を自分の聖域から引き剥がしたのだ。


 だが、自身の魅力に溺れているキャスリーンは、その拒絶の意味に気づかない。


「うふふ、嬉しい! また後で、個人的に相談に乗ってくださいねえ」


 彼女は媚びるような上目遣いでウィンクを投げると、満足げに踵を返し、ヒールの音を響かせて去っていった。

 

 ――その背中が、完全に見えなくなった、その刹那。


 ライルの顔に張り付いていた「聖職者の仮面」が、音もなく剥がれ落ちた。


 銀縁眼鏡の奥、優しげに細められていた瞳から、瞬時にすべての体温が消え失せる。

 そこにあるのは、絶対零度の冷徹さと、底知れぬ虚無だけ。


 彼は、先ほどまでキャスリーンが触れていた袖口を、まるで汚穢おわいや粘液でも付着したかのように、指先でパパン、と弾いた。


 その仕草はあまりに無機質で、生理的な嫌悪感すら滲ませていた。


「……ふふ。相変わらずね、あの子」


 回廊の石柱の影、その一部始終を盗み見ていた私は、思わず口元を緩めた。


 笑顔のまま人を殺し、慈悲の言葉を吐きながら絶望の淵へ突き落とす。

 あれこそが私の参謀。聖女ごときが御せる相手ではない。


 八百年の時を経ても錆びつくことのないその「黒さ」に、私は満足感で胸を満たした。


 ◇


 聖堂の喧騒から逃れるように、私は人目を盗んで懺悔室の重い扉を押し開けた。


 内部は狭く、古びた木の匂いと、何千もの罪人が吐き出した懺悔の湿気が充満していた。

 外界から隔絶された密室。


 目の前の格子の向こうには、黒衣のシルエットが微動だにせず浮かんでいる。


「……迷える子羊よ。さあ、神の御前にて罪を告白しなさい。悔い改める心があれば、神は全てを許されるでしょう」


 それは、慈愛と厳粛さを完璧に調合した、マニュアル通りの聖職者の声だった。

 感情の起伏を押し殺したその声色は、あまりに完成されすぎていて、かえって空虚に響く。


 私はレースのハンカチを口元に押し当て、声を震わせた。

 か弱き乙女の、一世一代の演技だ。


「……神父様。私には、どうしても許されない……恐ろしい罪があるのです」


「恐れることはありません。貴女の罪とは?」


「私の罪は……」


 私はそこで一呼吸置いた。

 湿った空気を肺に入れ、口元のハンカチをゆっくりと下ろす。


 そして、震える声色を捨て去り、地獄の底で響くような愉悦を含んだ声を格子越しに放った。


「――『この腐りきった世界を、跡形もなく滅ぼそうとしていること』かしら」


 ピタリ、と。

 格子の向こうで、呼吸の音が止まった。


 狭い空間に、鼓膜を圧迫するような重苦しい沈黙が落ちる。

 聖なる静寂ではない。

 獲物を前にした獣同士が対峙するような、張り詰めた緊張感。


 私は足を組み直し、優雅に言葉を継いだ。


「久しぶりね、『目』。……それとも今は、高潔なるライル神父とお呼びした方がよろしくて?」


 その瞬間、格子の向こうから漂っていた「聖職者」の清浄な空気が、霧散した。


 代わりに溢れ出したのは、肌を刺すような魔力と、底知れない闇の気配。

 かつて魔王城の作戦室で幾度となく感じた、あの懐かしい、油断ならない策士の香りだ。


「……やれやれ。これだから貴女という人は」


 呆れたような、けれど隠しきれない歓喜を含んだ低音が響く。


「まさか、魔王様自ら敵陣のど真ん中に乗り込んでくるとは。私の自慢の『千里眼』でも、この展開だけは予測できませんでしたよ」


 カチャリ、と鍵が開く音がした。

 隔てていた扉が開かれる。


 薄暗闇の中、そこに立っていたのは、もう聖人君子の顔をした神父ではなかった。


 銀縁眼鏡を中指でクイと押し上げ、口の端をニヤリと吊り上げた男。

 その瞳には、世界の破滅を楽しむような、不敵で危険な光が宿っていた。

第17話をお読みいただき、ありがとうございました。


 やっぱりライルは、神父になっても中身は真っ黒なままでしたね。  触れられた袖を「パパン」と叩き落とす冷徹さ……これぞ魔王軍の参謀です。


 ロミナ様の「世界を滅ぼそうとしていること」という告白も、これ以上ないほど彼女らしくて、書いていてとても楽しかったです。


 ようやく知恵袋が合流し、魔王軍の再建がいよいよ本格化していきます。  これからの展開も気になる!と思っていただけたら、  ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】をポチッとしていただけると、執筆のパワーになります!


 次回、策士ライルが語る「現代の裏事情」とは?  どうぞお楽しみに!

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