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第11話 魂の共鳴:壊れた器と真紅の契約

いつも応援ありがとうございます!


退屈に死にかけていた王女エリザ。

彼女の魂に眠る「魔王軍の爪」を、ロミナ様が真紅の血をもって呼び覚まします。


そして、再会を喜ぶのも束の間。

「氷の騎士」アステルと「殲滅の女王」エリザという、混ぜるな危険な二人がついに対峙します。

主君の隣を奪い合う、最高に物騒な再会の儀をお楽しみください!

 エリザの動きが、永遠の一瞬の中で凍りついた。


 指先から不意に力が抜け、握られていたグラスが重力に引かれて落下する。

 

 ドサッ。

 

 厚い絨毯が衝撃を吸い込み、鈍い音と共に真紅の液体がじわりと広がる。

 それはまるで、彼女がこれまで心の中で流し続けてきた血の涙のようだった。


 だが、彼女は足元に広がるシミなど見てもいない。

 その見開かれたエメラルドの瞳は、私の碧眼アクアマリンに吸い寄せられ、呪縛にかかったように釘付けになっていた。


「貴女……は……?」


 唇がわななき、言葉にならない呼気が漏れる。


 本能が、理屈よりも先に理解し始めているのだ。

 目の前に立つメイド姿の少女が、ただの人間ではないことを。


「この国は貴女を『無能』と呼び、蔑んでいるそうね。……ふふ、なんて滑稽な冗談かしら」


 私は滑るように歩みを進める。


 背後でアステルが「気安く近づけるな」と剣呑な殺気を放ち、威嚇しているが、そんなものは春風ほどにも感じない。

 私の視界には今、震える赤き王女しか映っていないのだから。


「本当は、周りが貴女の歩幅に追いつけないだけでしょう? 貴女の鋭すぎる思考、底なしの欲望、そして強大すぎる力……」


 一歩、また一歩と距離を詰めるたび、エリザの呼吸が荒くなっていく。


「怯える羊の群れに紛れ込んでしまった飢えた狼は、さぞ息苦しく、生きづらかったでしょうね」


 距離がゼロになる。


 私は強張るエリザの眼前に立ち、その紅潮した頬に、ひやりとした指先をそそっと這わせた。


「――っ、ぁ」


 エリザの喉が引きつり、小さく鳴いた。

 触れられた場所から、電流のような痺れが走る。


 それは恐怖ではない。

 飼い主の手の感触を思い出した猛獣の、歓喜と畏怖の震えだ。

 魂の輪郭が共鳴し、八百年のおりを溶かしていくのが分かる。


「可哀想に。貴女のその鬱屈し、錆びつきかけた魂……私が壊して、解放してあげる」


 私は魔力を指先に込め、彼女の瞳を覗き込む。

 深淵からの呼び声。絶対なる命令。


「さあ、『爪』。私の可愛い殺戮兵器。……すべてを思い出しなさい」


 私はためらうことなく、自らの人差し指を尖った犬歯に押し当てた。


 プチリ。


 薄い皮膚が弾ける微かな音と共に、鮮血のたまがぷくりと膨れ上がる。


 途端に、熟した果実と鉄錆を煮詰めたような、芳醇で暴力的な魔力の香気が部屋の空気を塗り替えた。


「お飲み。……それで貴女は、本当の貴女になれる」


 それは慈悲であり、甘美な罠だった。


 エリザは魔法にかかったように瞳を潤ませ、私の指先を震える両手で包み込む。

 彼女は躊躇なく、その赤い宝石を口内に招き入れた。


 熱く、湿った舌が、愛撫するように、そして貪るように私の指に絡みつく。


 ドクンッ――!


 部屋の空気さえ振動させるような、心臓の跳ねる音。


 次の瞬間、エリザは弾かれたように私の指を離し、喉をかきむしってベッドの上でのたうち回った。


「あ、あが、あああぁぁッ!?」


 絶叫。


 血管という血管に、煮えたぎる溶岩を流し込まれたかのような激痛。

 華奢な背中が弓なりに反り、ドレスの生地が悲鳴を上げる。


 だが、それは死への過程ではない。

 「弱き人の器」が内側から砕け散り、強靭な「魔族の器」へと作り変えられるための、神聖なる産みの苦しみだ。


 毛穴という毛穴から魔力の奔流が噴き出し、苦悶に歪む瞳の色が、濁りのない鮮烈な緑へと昇華されていく。


 脳髄を駆け巡る八百年前の記憶。

 戦場を鮮血で染め上げた時の、背筋がゾクゾクするような快感。敵の肉を切り刻む音色。

 そして、何よりも敬愛し、魂を捧げたあるじの凛とした背中。


「はぁ、はぁ、ぁ……ッ!」


 やがて、嵐が去るように痛みが引き、荒い息遣いだけが残る。


 ゆらり、と。

 糸に引かれるようにエリザが立ち上がった。


 乱れた髪の隙間から覗くその顔に、先ほどまでの陰鬱な退屈の影は微塵もない。

 あるのは、極上の獲物を見つけた猛獣のような、獰猛で、華やかで、そして妖艶な笑み。


 エリザは真紅のドレスの裾を翻し、流れるような動作で私の前に膝をついた。

 それは王族への礼ではない。神への祈りだ。


「……お久しぶりでございます、ロミナ様。いえ、我が美しき魔王様」


「おかえり、エリザ。……ずっと待っていたわ」


 私が慈愛を込めて手を差し出すと、エリザは感極まったように、その指先に触れようと身を乗り出した。


 ――パシッ。


 乾いた音が静寂を引き裂いた。

 エリザの手が、空中で弾かれる。


「気安く触れるな、『爪』」


 アステルだ。

 彼は鞘に納まったままの剣でエリザの手を冷徹に払い除け、私と彼女の間に壁のように立ちはだかった。


 その瞳は、氷河のように冷たい。


「ロミナ様の聖なる御手は、貴様のようなふしだらな女が、許可なく触れていいものではない」


「あら、アステル。……貴方、相変わらず顔だけはいい男になったじゃない」


 エリザは払われた手をさすりながら、ゆっくりと顔を上げた。

 キッ、とアステルを睨み返すその瞳には、すでに好戦的な火花が散っている。


「でも、その融通の利かない石頭なところも相変わらずね、番犬さん? 八百年ぶりの再会なのだから、少しは席を譲りなさいよ」


「断る。ロミナ様の一番近くは、過去も未来も私の指定席だ」


「あらそう? ……じゃあ、力ずくで奪い取ってあげようかしら?」


 バチバチと、視線の間で不可視の火花が爆ぜる。

 氷と炎。相反する膨大な魔力が衝突し、部屋の窓ガラスや調度品がガタガタと共鳴して震え始めた。


「ふあぁ……」


 一触即発の空気の中、黒猫(牙)だけが「やれやれ」と大きく欠伸をした。


 私は彼らのじゃれ合いに苦笑し、パン、と一つ手を叩く。


「ストップ。喧嘩なら外でやりなさい。……離宮が崩れるわ」


 主の号令。


 二人は弾かれたように殺気を霧散させ、「「申し訳ありません」」と同時に深く頭を下げた。


 その息の合った様子に、私は口元を緩める。


 ふふ。

 ようやく、私の日常が――賑やかで愛おしい夜が戻ってきたわね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついにエリザが目覚めました!

……が、アステルとの仲は最悪のようですね(笑)。

「私の指定席だ」と言い張るアステルと、それを「ふしだら」と一蹴するエリザ。

魔王軍、個性が強すぎてロミナ様も苦労が絶えません。


さて、魂を取り戻したエリザは、自分を「無能」と蔑んできた人間たちにどんなお返しをするのでしょうか?

次回、第12話『悪役令嬢の企み:国を乗っ取るシナリオ』。


本物の「悪女」がどのようなものか、世に知らしめる時が来ました。

どうぞお楽しみに!


――――――――――――――――

【読者の皆様へのお願い】


「アステルとエリザの喧嘩、もっと見たい!」

「ロミナ様の支配者っぷりがたまらない」

「悪役令嬢の逆襲に期待!」


と思ってくださった皆様。

ぜひ下の【☆☆☆☆☆】をポチッと【★★★★★】にして応援してください!

ブックマークもいただけると、魔王軍の結束が(たぶん)強まります。


皆様のポイントが、物語をより華やかに彩る力になります。

よろしくお願いいたします!

――――――――――――――――

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