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民営ドラゴン  作者: もしものべりすと


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8/8

民営ドラゴン 最終章:新しい業務日誌

あの日から、一週間が過ぎた。


赤城山は、まるで何事もなかったかのように、穏やかな青空を広げている。

麓のリンゴ畑を襲った霜も完全に消え、農家の人々が必死に畑の立て直し作業に追われていた。


JDM赤城山出張所は、奇妙な平穏を取り戻していた。

いや、平穏ではない。むしろ、以前より遥かに忙しくなっていた。


「赤城さーん! 本社から、『ヌシに関する特別管理費』の予算、通りました! けど、A5ランクじゃなくて、A4ランクにしろって……ヌシ、怒りませんかね!?」

「知るか! 交渉しろ!」


俺、赤城翼は、山のように積まれた稟議書の束を睨みつけていた。

すべて、「アカギノヌシ」関連の新規予算要求だ。


「赤城主任! 組合長がお見えです! なんか、すごい剣幕で……!」

「うわ、来たか……」


事務所のドアが開き、JA組合長の権田さんが、腕組みをしたまま入ってきた。


「……翼」

「は、はい! 組合長、このたびは、本当にご迷惑を……」

「うるせえ」


権田さんは、持っていた紙袋を俺のデスクにドン、と置いた。

中から出てきたのは、真っ赤に熟れたリンゴだった。……霜の被害を免れた、特級品だ。


「……これ」

「ああ? 見舞いだ。……お前んとこの『大家様』のおかげで、霜が溶けたのは早かったからな。被害は、思ったより少なくて済んだ」

権田さんは、フン、と鼻を鳴らす。

「それと、これだ」


彼が投げ出したのは、来月分の和牛の納品伝票だった。

「A5ランクだ。A4なんぞ食わせたら、また機嫌損ねるかもしれねえ。……差額は、JAうちが持つ。市長に『貸し』を作っとけ」


「……組合長」

「勘違いすんな。ヌシが腹ァ減らして、またこっちが迷惑すんのが嫌なだけだ」


権田さんはそれだけ言うと、背中を向けて帰っていった。

ツンデレがすぎる。


俺はリンゴを一つ手に取り、ガブリとかじった。

とんでもなく甘い。


「……さて」

デスクに戻ると、隣の席──所長室のドアが開いた。

ソフィア所長が、冷たい表情で立っている。


「赤城主任」

「はい」

「本社へのインシデント・レポート、拝見しました」

ソフィアは、俺が提出した報告書を手にしていた。

そこには「原因不明の火山性微動に対し、地元に伝わる伝統的な儀式(祭囃子の演奏)を試行したところ、微動が停止した。因果関係は不明だが、地域住民の精神的安定に寄与した」と、公務員時代に培った作文技術の粋を尽くして記述しておいた。


「……『因果関係は不明』、ですか」

「事実です」

「結構」


ソフィアは報告書を閉じると、代わりに分厚いバインダーを俺に差し出した。

表紙には、テプラでこう印字されている。


【JDM赤城山出張所:特別災害対策マニュアル(暫定)】


「なんですか、これ」

「新しい業務日誌です」


俺がページをめくると、まず「第1条:アカギノヌシの定義」という項目が目に飛び込んできた。

そこには、こう書かれていた。


『1-1:アカギノヌシは、生物学的分類を超越した、当地域の環境維持における最重要ファクター(通称:大家)である』

『1-2:ヌシへの給餌(通称:家賃)は、いかなるコストカット(合理化)よりも優先される』


俺は、目を疑った。


「所長、これ……」

「何か問題でも? 合理的な判断です」

ソフィアは、表情一つ変えずに言った。


「JDMのミッションは、ドラゴンの効率的な管理です。そして、最も効率的・・・・・に管理する方法は、彼らの機嫌を損ねないこと(・・・・・・・)。それが、今回のインシデントで得られた、唯一の『データ』です」


彼女は、あのカビ臭いオープンリールテープを指差した。

テープは、厳重にプラスチックケースに保管され、「最重要管理備品」という赤いシールが貼られている。


「来月は、定例の『契約更新(お囃子)』です。赤城主任。スピーカーのメンテナンスと、バックアップ音源ハイレゾの準備を。予算は、先ほど通しました」


「……ハイレゾ」

「二度と、あんなノイズ混じりの音で交渉ネゴシエーションするのは許しません。あれは『大家』に対する無礼です」


どうやら、このエリート合理主義者は、あの日の恐怖で、別の方向に振り切れてしまったらしい。


俺は、新しい業務マニュアルの重みをずっしりと感じながら、ため息をついた。

事なかれ主義でいたかった俺の日常は、完全に終わった。

これからは、山頂の「大家」と、隣の「合理的なオカルト所長」の板挟みだ。


「……了解しました」

俺は、A5ランクの和牛の稟議書に、力強く決裁のハンコを押した。


空は青い。

民営化されたドラゴンの「管理」は、今日も世知辛く、そして非合理的に続いていく。


(了)

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