最終話
ミドリのお願いはこうだった。
彼女の時代には『漫才』というものが流行っていたと。一人が馬鹿なことを言って、もう一人がそれを咎める会話のことらしい。俺は、彼女がなにを言っても「なんでやねん」と返せばいい。よくわからないけど、断る理由もないので受けてやることにした。
「じゃあ、いくよ」
「なんでやねん」
「そこはまだいいから。本編じゃないから!」
「わかってるよ」
俺はニヒルに笑ってミドリをからかう。
ミドリは恥ずかしそうに、コホン、と空咳をして、
「わたしには、子供がいました。だけど顔を見たことはありません。なぜならわたしは、子供が生まれてすぐに保管に入ったからです」
「なんでやねん」
「特に健康と認められた母体は未来に必要だから、保管に入らないといけなかったのです」
「なんでやねん」
「でも、わたしは、子供の顔を見たかった。あの人とも、もっとたくさん遊びたかった。遊園地のコーヒーカップにみんなで乗ってみたかった。わたしがラザニアをつくってあげて、それを二人で楽しくたべているのを、見たかった」
「なんでやねん」
「些細なことでよかったのです。わたしは人生に多くを求めませんでした。だけど、たくさん生きようと思いました」
ミドリの横顔を眺める。
星の光が、ミドリの唇を七色に染めていた。
「なんでやねん」
「河野みどりは、生まれてきてよかったです。この世の風景を見ることができて、本当によかったです。私の十九年の人生には、大きな意味がありました」
「なんで、やねん」
「今日も、とってもよい一日でした。シュンスケくんという人とお喋りできました」
「…………」
「幸せな、一日でした」
俺が、なんでやねん、と言った時、ミドリからの返事はなかった。
目を閉じてニコリと笑った表情で、固まっていた。
河野みどりは。
俺の、ばあちゃんの名前だった。
――なんでやねん。
俺はミドリの腹に頬を乗せた。体重を預けた。彼女の血が流れる音はもう聞こえない。俺はミドリの手を放さず、そのうつくしい人の身体に意識を委ねた。
視界には、蛇口と、果てしない夜空のみ。
星の光が、最後の最後まで俺をからかっているように感じた。
了
Ending theme: “Clock Strikes” by ONE OK ROCK
Listen here:https://www.youtube.com/watch?v=6YZlFdTIdzM




