第09話 男爵婦人と商人と私 -その4-
「聞いたか、大の大人が真っ二つだってよ」
「あぁ聞いたとも、もう一人は背中に大きな刀傷があったってよ」
「真っ二つにするってくらいだ、相当な力の持ち主だな」
「そうなるな」
「傷口からして苦しむ暇もなかったってのが、衛兵たちの検分らしいぜ」
「だろうな。まぁ犯人が掴まるまで夜遊びはやめとくか」
「聞きました奥様?」
「ええ聞きましたとも」
「墓場横で争いが起きたそうで、怖いですわね」
「ここ最近、街も物騒になりましたわね」
「本当ですわ」
「墓場の墓守が一番に発見したそうですわ」
「そうなると朝早くに発見されたの?」
「なんでも、墓守は夜に悲鳴が上がったのを聞いているそうよ」
「あら」
「しかし巻き添えが怖くて近づけなかったそうよ」
「そうでしょうね」
「当分の間、夜間の外出は控えましょうね」
「そうしましょう」
「親方、賊の頭領も始末されたそうですよ」
「そうなると相手は相当の手練だな、頭領も腕っぷしだけなら下手な騎士様より強いぜ」
「腕っぷしだけ?」
「ああ、考えがちと足りないヤツでよ。その分、技と力があったてこった」
「なるほど」
「賊の頭が不在となると街は当分の間、荒れるな」
「荒れる?」
「そうさ、跡目争いが起きるっちゅうもんだ」
「ひぇ~」
「争いの巻き添えになんねぇようにしないとな」
「親方も酒が飲みてぇからって、夜に出歩かないでくだせぇよ」
「んなの、わかってるぞ。昼間っから飲めばいいんだ」
「ほんとにもう、酒さえやめれば仕事がたくさん請け負えるのに……」
「なにか言ったか?」
「いっいえなにもっ」
「裏口から帰りました――」
「ん?……なにか言いたげではないか?」
「とくには――」
「お前がなにを考えているのかおおよその見当はつく、はっきり申せ」
「流石は旦那様、隠し事はできませんね。でしたら言わせてもらいます。引き受けるのですか?」
「ああ、そのつもりだ。あの御方たっての願いでもあるし第一、お前も年下が欲しいと言っていたではないか?」
「たしかに言いましたが貧民街からですか?」
「そうだ」
「身元不明の者を……」
「たしかにあの子に親兄弟はいない。しかしだからこそ、変な揉め事も起きないのだよ」
「あーたしかに。うちの商会に子供を入れる代わりに取引きに色を付けろとか、既得権益を作れとか、いろいろな面倒事を持ってこないですものね」
「そういうことだ。それに、あの子の生涯金を貰っているのだよ。これだ」
「これだって――大金貨一枚!?」
「私は誠実さを一番に考える商人。あの御方との契約を破棄するつもりはない」
「ここ数年間で三本の指に入る取引きじゃないですかっ!」
「そうだ。この子に、まっとうに生きていける術を教えてほしいと」
「そういえば前から思っていたのですが、なぜ旦那様はみんなが恐れるあの人と対等に話せるのですか?」
「お前はまだ若い。そして、この街の者共は人を見る目がまったくない。あの御方はとてつもない御仁だ」
「そうには見えませんが……」
「他人の顔色ばかり気にしていると足元を救われるぞ」
「えっと……」
「あの御方は言われた。物事を様々な角度から見ると違った性質を発見できる。それはつまり、一つの事象を一元的に計るのではないと」
「……」
「こうも言われた『カイシャ勤めで学んだゲンダイシャカイのノウハウを生かす機会をください』と」
「カイシャ勤め!? ゲンダイシャカイ!?」
「それらがどうようなものか尋ね、実際に取り入れたところ商会は変わり、お前もその恩恵を受けているではないか」
「恩恵!?」
「ユウキュウ休暇なるものだ」
「あ!」
「他の商会の連中は金を払って休みを与えるなど、気でもおかしくなったのかと馬鹿にするが実際に取り入れてみてどうだ?」
「はっはいっ、びっくりです!!」
「第三者から見れば理解に苦しむ行為。しかし、商会の売り上げと地位と名声は確実に上を向いている」
「その通りですっ。それに働くみんな言っています。この商会以外で働く気は起きないって」
「あの御方の思惑によると、ベテランが引き抜かれる心配事がなくなり、体調不良で休んでも安心できる制度で、なにより主人への忠誠心が向上すると」
「えっと……そんな重要な内容を、僕に話して良いのですか?」
「お前はまだ幼い。しかし物事の本質を無意識に理解する性格を持っている。現にあの御方に対して貶む視線を向けていないのは、執事の二人とお前だけだ」
「貶むですか……」
「この商会であの御方の本当の名を知っているのは、私と執事の二人。そして、四人目にお前をと考えている」
「!」
「そして、あの御方にお前の名を伝えてある」
「!!」
「遠くない未来、必ずやお前の資産となるであろう」




