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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
異世界に降り立つも神々に愛されなかった少女--。
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第08話 男爵婦人と商人と私 -その3-


「ルチア、おはようさん……」

「おはようございます……おかみさん」

「無事に帰ってきてくれてうれしいよ」

「ありがとうございます」


――コトン――


 テーブルに金貨一枚が置かれ「これ、返すね」と、それだけ告げると扉のノブに手をかけ「あ、銀貨のほうは貰っておくよ」


「こちらも頂いてもらってかまわないのですが……」

「そっちは使い道がないよ。両替するにしても、あたしには無理な話さ」

「そうですか……」

「まっなにかあったときは相談にのってよ」

「もちろんです!」


おかみさんは軽く手を振ると、そのまま扉の向こう側に消えた。


「……茶でも飲も」


 暖炉内の灰の中に埋もれた火種を金属棒で引きずり出し、乾燥した小枝を数本のせて火を起こす。

 すぐに小さな炎が立ち上り冷たくなった鍋底を温めはじめ、煙も少々モワモワと上がり同時にまん丸メガネがくすんだ。

 鍋の中の水は冷たい。

 ちょっと時間がかかりそう。


「考え事、するのにちょうどいいかぁ」


 壁際に置かれた椅子を暖炉の前まで持ってきて腰を下ろす。


「冷たい」


 完全に冷え冷えだ。


――キィキィ――


 年季が入った木製の椅子から木鳴りがしてなんとなく笑みがこぼれた。

 そう、なんとなく笑み。

 なんとなく――。

 小さかった炎はあっという間に中炎まで育ち、鍋底でユラユラと火踊りを見せはじめた。


「ふぅ……」

「……」

「さて……」

「さてさて……」

「さてさてだよ……」


 ただなにをするわけでもなく、ぼんやり火を見つめる。

 本当はいまごろ、街の外にいるはずだった。

 けど、できなかった。

 日頃から旅行用キャリーケースに荷物を詰めてすぐに出発できる準備を怠らなかったら、自宅に戻り五分で逃避行できた。

 が、街を取り囲む城壁の通行門が昨日に限ってきっちり閉ざされ、外に出れなかった。

 しかたなく戻ってきたけど、よくよく考えると逃げ出さなくて正解だったと考える。


 理由は単純、昨晩、五人の男が人間業とは思えない方法で亡くなり、その日を境に街から二つ名を持つ女が忽然と姿を消せば、誰だってあいつが関与していると疑い、近隣の街や村々へ『尋ね状』が配布されてしまう可能性がある。

 そうなると近隣の街で生計を立てるのはほぼ不可能に近い。

 なら、この場に留まり、数日過ぎてからこの街を離れたほうが懸命。

 それにあの人たちも、転がる死体の惨状を目の当たりにすれば迂闊に接触してこないと推測。

 あとは、機を狙って街を出るだけ。


「ちょっとブラック過ぎません?」


 ついついグチ&独り言がめりめり増えた。

 うん、がっつり増えましたよ。

 もう、三十%増量で。

 いや、前日比六十%増はいっていると思う。

 てか、なに考えているんだ自分。


「あっ」


 ふいに夜の出来事が脳裏をかすめ、一人の男が口にした言葉が鮮やかに浮かんだ。


『あっあんたの身なりからして――若い剣士様だろ?』


 たしかに、そう口にした。

 私はタロットカードから呼び出した彼らを見たことがない。

 もし見てしまうと本来の力を発揮できなくなり、十分の一程度まで能力が落ちる。

 それってある意味、契約解除と言っていいと思う。

 カードの主なのに、以外にも彼らのことを知らない。

 把握していることと言えば、大アルカナカード二十二枚の中から呼び出すと個別に対価が必要で、次回以降は必ず対価を上げなくてはいけなく、対価の下落は絶対にない。

 また、逆さまのカード、逆位置カードを引くと性格と意味が反転する。

 それに対して小アルカナカード五十六枚は、仕事に見合った報酬をカード側が要求でき、対価を上げ続ける必要がない。さらに逆位置カードでの出現がなく、その点は大いに助かる。


 強さでいえば両者の関係、絶対に下克上(げこくじょう)はなく、大アルカナカード一枚と小アルカナカード二十二枚で力量が釣り合うらしい。

 そして、呼び出しができるのはタロットカードが認めた者のみで、特定のカードをズルして引くことは不可能。

 呼び出された彼らは、カード特有の力や考え方を持っていて『./剣のナイト』が金儲けに走りつつ甘ったるいセリフも吐きつつ、私を口説くようなマネは絶対にありえない。

 そして、彼らと私は、どうもこの世界の(ことわり)から外れた存在らしく、彼らでもわからない事象があるそうだ。


――ガヤガヤ……ガヤガヤ――


 外が騒がしい。

 理由、あれしか思いつかない。

 事件の話が回ってきたのだろう。

 男たちを送り込んできた人物はいまごろ、慌てているに違いない。

 そしてその筋に長けた者たちと対峙しても、のほほんと生きている私を警戒せざる負えない。

 んで、二回目の襲撃はないと思う。

 だって、優先順位は自分たちの身の安全が一番で襲撃は二の次、三の次の後回し。

 半月くらいは余裕で滞在できると思うけど逃げ出すなら早いほうがいい。

 そしていま、私の優先順位は、森まで帰る間の食料の確保。

 次にお世話になった人たちへのあいさつ周り。


「忙しい日々になりそうだ」


 まずは、紅茶と固いパンで朝食。

 行動はそれからだ。


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