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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
異世界に降り立つも神々に愛されなかった少女--。
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第07話 男爵婦人と商人と私 -その2-


「消えろ」


 若い男はそれだけ告げると使用人専用の裏口扉を開け、そのまま闇夜に消えた。


「扉、閉めておきますね……」


 その言葉に返答する者はいない。

 結局、交渉は数十分で終わるもその後ずーっと部屋で一人放置プレイ。

 そして若い男がやってきて理由も言わず、はいさようなら。

 疲れた。

 メリメリ疲れた。

 足腰が痛いぞと。

 でもまぁ無事にお家に帰れそうだし、良しとしないと。


「のんびり行きましょ~」


 濃緑色のローブの襟元をキュッと閉め、フードを深く被る。

 雲の隙間からチラッと覗く程度の星々の明かりを頼りに歩き出す。


「しっかしあの夫婦……というかこの街、やばそう」


 濃い内容の交渉、一つ収穫があった。

 そう、男爵と男爵婦人の関係性を知れたこと。

 通常私は夜に領主の館に呼ばれる。

 そして紹介された御仁(ごじん)と面会して金銭の授受(じゅじゅ)、占い日の設定などの事前打ち合わせを行う。

 しかし今回は手順を踏まず昼間に呼ばれたから『男爵は関与していない』と、読んでいた。


 そしてなによりも私のお家(借家)を訪れたのがいつもの年老いた使用人ではなく、若い男だったからすでにおかしいと思っていた。

 きっと男爵の不在を狙っての行為のため昼間に決行されたのだろう。

 それでも疑問があるとすれば、カードを売れと迫ってきた貴族は男爵婦人の旦那で、この一帯を治める領主様。

 しかし男爵婦人はそれを知らず、貴族名を執拗に聞き出そうとしてきた。

 カードを触ろうとした商人の手が弾かれた事実にはさして驚きを見せなく……。


 シンプルに考えると、二人の間で情報共有は行われていない。

 しかし片方の男爵婦人が知り得ていた情報があるということは、側近の誰かが情報を漏らしたと推測するべき。

 以前、中世ヨーロッパの日常を記した本で読んだ記憶がある。

 夫婦仲の悪い領主や貴族たちは、互いの落ち度を探し出し、別れる際の交渉条件に使うとか。

 まぁそんなところだろう。


――ピュィ――


 冷たい夜風が足元を走りローブの(そで)がめくれたかと思うと革の小袋が地面に落ち、きつく締めておいたはずなのに口元が緩んでいてカードが一枚飛び出し、慌ててカッと掴んだ。


「あっ」

「ごきげんようルチア」


 私の背後、やさしい声。


「私、呼んでないし、対価を払っていないのにどうして?」

「あら、妾を掴んでないかしら? 前払いでさぁ頂戴な」

「えっと……詐欺まがいの押し売りみたいじゃないですか……」

「そんな卑しい行為を(わらわ)がすると思っているの?」

「しているじゃないですか現在進行形で……」

「あら、文句があるというの?」

「……ないです」

「なら交渉成立ね」

「はい……」


 ローブの内側に手を入れ小袋を取り出し、銅貨四枚を手に取りそのまま自分の右肩に置いた。


「たしかに」


 やさしい声と共に銅貨はフッと消え去り「相談にのりましてよ」と『THE HIGH PRIESTESS./女司祭長』は言い、私は「もっと早くに相談したかった」と言うも「五体満足でいるのなら結果は良かったのでしょう?」と(かぶ)せてきて、コクンとうなずくしかなかった。

 それからひととき、歩きながら事の顛末を伝えた。

『./女司祭長』は私の耳元でやさしい口調で口にした。


 嘘を付いていない。

 さりとて真実も口にしていない。

 こんな高等なやりとりを、いつ覚えたの?

 成長したわね――と。


 私はぷぅっと顔を膨らませ「貴方がたと、付き合うようになってから自然と覚えたのですよ」と言うも「それは違うわ。妾以外(わらわいがい)とのお付き合いでしょ?」


「まぁそうですね、とくに『THE MAGICIAN./魔術師』様や『THE EMPRESS./女帝』様、『THE DEVIL./悪魔』様――等々、教えて頂いた教訓なり知識は、この世界で生き抜く(かて)となっていますし……」

「あら、(わらわ)も教えたではないですか?」

「えっ」

「何事にも物事を受け入れ、深い理解を得る知識を」

「そうですね」


『./女司祭長』は(けが)れのない高貴な人物として描かれ、手に持つ聖典からも彼女が思慮深く聡明な女性であることがうかがえる。

 しかし逆位置カードで出現すると純粋で(けが)れのない性質が仇となり、潔癖症からくる世俗社会での穢れに対応できなく、現実を歪めて見てしまい、合わない相手に対して徹底的に排除しようとする性格をも持っているからかなりやばい。

 もちろん逆位置カードで出現したことはないけど、出るとかな~りめんどくさい人物。


「それよりもルチア、面白い表現をしたわね」

「面白い表現?」

「決まっているわ。七十九番目の使者とやらよ」


 とっさに思いついた私なりのカードとの関係性。


「嘘とは言わないし、けれど真実でもない。さて、貴女(あなた)はどう妾を言いくるめるのかしら?」

「そっそうですね……あの場で思いついただけで……とくに恣意的(しいてき)な意味はなく――」

「それで妾が納得すると思っているのかしら?」

「しない――ですよね……。それより盗み聞き、したのですか?」

「貴女に触れていると自然と聞こえてくるの。それを盗み聞きだなんてまったく失礼な話だわ」


 カードたちは私と接触していると途切れ途切れに外界の音が聞こえるらしく以前『なんとも使えないポンコツ盗聴器』って酔った勢いで言ったら誰かに腹パンをもらってケロケロした過去がある。


「さて、妾のご機嫌をどう取るのかしらねぇ」


 こういうとき、相手の仕種や表情、態度を見れないのは非常に残念というか危険でもあり『./女司祭長』がなにを思っているのか声で判断するしかなく、いつも一方的に蹂躙される関係といっていい。


「私、ルチアは皆様あっての私。皆々様のお力がなければ野蛮なこの世界、一ヶ月も持たず息絶えていたでしょう。ですから――」

「もう良い。貴女の伝えたい想いは十分に理解していますしなにせ、私たちの“主”でもあるのですから」

「なんとも勿体ない御言葉、身に沁みまする」

「そういえば、カードの契約によって売り主が言えないというのは、いつ決まったのかしら?」

「あっああ、それはですね……えっとですね……適当に――」

「ふふ。それより、気がつきまして?」

「ふぇ?」

「求婚の申し込みがきていますよ。それも数人もの殿方から一斉に――」


 ハッと前後左右の暗闇の中を凝視。

 息を殺し、心を落ち着かせる。


「どうかしら?」

「……」


 路地裏になにかが潜む気配を感じる。

 それも前後左右から。


「『./女司祭長』様、どっどうしましょう?」

「妾でも十分対応できますが、巻物で殴り付けるのはいかがなものかと」


 一段高い立派な椅子に座る『./女司祭長』は[神の言葉]と記された巻物を懐に(たずさ)え、天上の御声を地上に届ける役割を担っていると言われている。

[神の言葉]の巻物で殴ったら確実に天に召されるだろうから、相手にとって悪い話じゃないかも?

 撲殺昇天――てか。

 いや、その前にかなり罰当たりだよね。

 なら素手で殴ってもらう?

 ん~……。

 巻物でも素手でも、天国への通行手形をゲットするのは確実だしそうなると賊の類をまさか天には……。

 いやいや、どっちもかなり罰当たりな行為だよね。


「誰かを呼び出しなさい。それですむ話よ。」

「ですが……銅貨があと一枚しかなく、あとは銀貨のみで――」

「なぜ銅貨をもっと準備しておかなかったの?」

「えっと……さきほど四枚使ってしまい……」

「夕食のパンでも購入したの?」

「違いますよ……」

「なにに使ったの?」

「カードの……」

「誰に?」

「……」

「あら、そうだったわね。だったら銀貨で支払えば良いでしょ?」

「それはちょっと……」


 タロットカードから精霊を呼び出すと対価を支払わなくてはいけない。

 大アルカナカード二十二枚群は呼び出しに銅貨一枚を支払ったなら、次は必ずそれ以上の額を払わなくてはいけなく、下がるなんてありえない。

 それはつまり、同じカードの精霊を何度も引き当てるといつしか途方もない額を要求されるわけで、だったら少しでも安く収めたいのが心情。

 お金以外にも、小指の生爪を対価としたなら、次は中指の爪、その次は薬指の爪としなくてはいけない。


「さっきから一人ブツブツと気持ち悪い女だ」


 ハッと振り向くと黒づくめの男が背後に立っていて間合いを空けるも前後左右、すでに取り囲まれていた。


「ローブの内側にあるもの、全部置いていけ」と、正面の男。

「いまなら無傷で見逃してやる」と、右手側の男。

「オレ様たちは優しい追剥だぞ」と、左手側の男。

「なんだったら家まで送ってもいいんだぜ?」と、背後の男。

「それとも、喜んで俺たちの相手をしてくれるんなら、違う未来を考えてもいいぞ」と、またも正面から。

「どうする?」と、斜め前から。


 全員で人、みな背が高く黒づくめでコートの袖口、鈍く光る短剣が見え隠れしている。

 絶対に無傷で見逃すはずがない。


「誰の差し金ですか?」

「差し金?」

「貴方がたを送り込んできた相手は――」

「そんなの知らん」


 考える時間は短い。

 なにか手を……。

 あっ。

 私は頭を覆うフードをゆるりと下ろし、まん丸メガネを掛け直し「全員に呪いをかけるのは骨が折れるから一人、生贄を捧げてくれたら残りは見逃してよ?」


「はぁ? なに言って……お前は!!」


 黒髪を優雅になびかせニヤリと微笑む。


「嘘だろ……」と、正面の男。

「黒髪の……」と、斜め前の男。

「占いの――」と、ギリギリと歯ぎしりをする男。

「二つ名を持つ魔女――」と、視線を逸らす男。

「銀貨十三で請け負う仕事じゃねぇぞ……」と、後ずさりする正面の男。


 あっさり口を割った。


「ルチアの命は銀貨十三枚、なんてお買い得なの。二ダースほど頂けるかしら?」

「人をワゴンセールの余り物みたいに言わないで頂戴っっっ」

「ここは外国ですし、もちろん消費税分はTax Freeでしょうね?」

「免税って言われれば――そうだけど、だったら私も対象者だよね?」

「あら、冗談を返す余裕があるのなら妾の出番はなさそうね」


 一斉に辺りを見回す男たち、しかし声の主を見つけることはできない。


「誰だ、てめぇーは?」

「妾かえ? そうじゃな……純粋で聖なる母の性質を持つ名も無き者よ」

「ハァ?」

「しかしまぁこんな人気のない墓地の隣で女性を口説くなんて、女心を知らない阿呆なのね」

「なに言ってるんだ。最初からそのつもりだっ」

「ルチア、一つ貸しにしてあげるわ。カードをめくりなさい、この場にふさわしい者が現れるでしょう」

「女っカードってなんだ?」

「早くしなさいっ」と、男の問いを無視して一枚めくれと指示してきた。


 私に選択肢はない。

 銅貨から一気に銀貨へステップアップするかもしれない。

 破産する未来があるかもしれない。

 でも、やるしかないっ。

 もしかしたら――初めての大アルカナカードなら銅貨一枚で済むし、小アルカナカードでも賊討伐は対価が低いかもしれないし、それにかけるしかない。

 革の小袋に手を入れカードの束に指を差し込み気合いで一枚引く。良きカードに巡り会えますようにと祈りつつ。


「あっ」


 すぐに感じる。

 身震いする威圧感。

 初めての相手だ。

 振り向きたい。

 けど、振り向くと契約解除。


「女司祭長様よりの御声掛け、喜びのままに不肖(ふしょう)の身ながら参上仕(さんじょうつかまつ)る」

「誰?」

「これはこれはルチア殿、お初にお目にかかる。小生(しょうせい)は剣を()り所に日々研鑽(ひびけんさん)()む者なり。『KNIGHT of SWORDS./剣のナイト』とお呼びくださいまし」


 背後から聞こえる声はどこまでも若々しい青年の声。


「さて、ただ相手をするだけではつまらぬ、これでいかがかな?」


――ズズズズッ――


 私の背後、なにか得体(えたい)のしれない物音。


「嘘だろ……」と正面の男は唐突に声を漏らし、その男の視線が徐々に上に向かっていく。


 ふと教会の壁を見ると剣を持った男性の影が映っていて、その影も徐々に上へと伸びていた。

 その影、剣を高らかに掲げると教会の屋根部分まで届こうとしていた。


「剣のナイトよ、お馬さんはどうしたのかしら?」

「ルチア殿が対価を極力低く抑えようとしているため、ひねくれて納屋でふて寝をしております」

「なんとも世知辛い世の中ね」

「その通りにございます」

「相方がいなくても貴方一人で十分でしょ?」


『./女司祭長』の問いかけに壁に映る影はぐるりと辺りを見回し「これでは余興にもならぬ」と吐き捨てるように言い、影なのに鈍く光る剣をスィと振り抜いた。


――ドサッ――


 一人の男が地面に倒れた。


「うっ嘘だろ――こんなのに勝てるわけ――」


 静かに振り抜かれる影の剣。


――ガタッ――


 墓地と路地の間にある塀に寄り掛かるようにまた一人倒れた。


「銀貨で請け負う仕事じゃねぇ……」

「そこのお前、いくら出す?」

「ぎっ銀貨と言わず有り金を全部出すか――」


 三度振り抜かれる剣。


――ガタタッ――


 大の字に寝ころぶように倒れる男。


「あっあんたの身なりからして――若い剣士様だろ?」

「そうだが?」

「おっ俺たちのねぐらに行けば銀貨と言わず金貨――いや、大金貨すら用意できるぜっ!! どっどうだ!?」

「ほほぉ」

「なんなら、女も選び放――」


 スィンと一瞬だけ影の剣が動いた。


――ドチャ――


 暗くてよく見えないけど、二つに裂けているように思える。


「最初から胡散臭いと思ったんだ。女一人襲うのに銀貨十三も出しやがるから」

「なら、なぜ断らなかった?」

「それができるならそうしたさ……」

「つまり、己の立場ではどうすることもできなかったと?」

「まぁな」

「ふむ。なら、最後に一度だけ勝機を与えよう」


壁に映る男の影は見る見る小さくなり、やがて人並みになったかと思うと(ひざまず)き「こやつの前に小生たちの拠り所を」と、カードの束を出すようジェスチャーしてきた。


「言われた通り願いまする、妾たちの主よ」と、天上から降り注ぐ『./女司祭長』の声はどこまでも優しかった。


 結果は、見えている。

 どんな結末になるのか、知っている。

 それでも私は、ローブの内側に手を入れ革の小袋の中からカードの束を抜き出し、小袋を崩れたレンガの上に敷き、その上にカードの束を置いた。


「男、これに触れられたなら、そのまま見逃そう」

「ほっ本当か?」

「ナイトは嘘をつかぬ。騎士の教えに従い必ず順守しようぞ」

「なっなら――」


 男の行動は早かった。

 すぐに頭を切り換えカードが置かれたレンガの前まで来ると両膝を地面に付き、ジッとカードの束を睨んだ。


「あっ」


 一瞬の出来事。

 触れようとした瞬間、右手は弾き飛ばされ次の瞬間には男は地面に倒れていて、影の剣が振り抜かれた後だった。


「またつまらぬ者を切ってしまった――。対価は銅貨一枚にも満たぬがよろしくお願い致す」


――カチン――


 剣を鞘に収めたようで、そう言い残すと影は消えた。


「ルチア、感傷に浸っているなか申し訳ないのだけど、妾も帰らしてもらいますわ」


 私の返答を待たなくして『./女司祭長』の気配も消えた。


「さて……」


 目の前に広がる光景は地面に倒れた男たちの姿。しかし、薄暗いからどんな惨状かわからなく、おかげで心に若干余裕がある。

それでもうっすらと鼻に付く血の臭い。

 元いた世界ならこのままこの場で気絶して誰かに発見され、救急車で運ばれ病院で目覚めたに違いない。

 けど、こちらの世界に迷い込んで一年弱、人の死というものが身近にあり過ぎて鈍感になったというか、平気になってしまったというか、ようは慣れてしまった。


 元いた世界では病院や葬儀場、事故現場にしか死は存在しなかった。

 でもいまは、死は日々の営みに深く根づき、隣で息をするように身近に存在し一瞬で訪れるもの。

 そう、目の前の男たちがそうだったように――。


「時間――ないよね……」

 

 夜が明け人の往来が出始めるころ、街は慌ただしくなるだろう。

 いま、私にできることそれは、いち早くお家に帰り荷物をまとめ逃げ出すこと。

 黒髪の私を邪気にしなかった人たちに別れのあいさつをしたい。

 けど、時間がそれを許さないだろう。


 心残りがあるとすれば、ヘティーちゃん。

 似た者同士、二人して姉妹同然的に旅とかしたらきっと楽しいって思う。

 けど、行動に移すと彼女は一生、黒髪、占いの魔女の弟子とか言われ、忌み嫌われる人生を送る羽目になるかもしれない。

 それだけはダメだ。

 ふいに夜風がほっぺたを撫でた。

 私は痕跡を残さないように周りを確認しつつ革の小袋の中にカードの束を入れ、一歩を踏み出す。


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