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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
黒髪の少女は時(ものがたり)を紡ぐ(つむぐ)
42/42

第42話 タロットカードと私 -その2-


其方(そなた)阿呆(あほう)さには呆れるわ」と、時間をかけて一生懸命、事の流れを説明し終えて開口一番が阿呆呼ばわり。


 かなり不服なのかムスッとため息が二度三度、聞こえた。


「どこがです?」

「決まっておろう、己の魔法・魔術関連を伝えたことにじゃ」

「あれは――事の成り行きと言いますか、そのぉ……」

「まったく……」


 私の背後、またも盛大なため息が聞こえた。


「もう少し言葉を選んで欲しい……デス」

「フンッ」

「まぁたしかに迂闊だったのは認めます。でも……」

「でもなんじゃ?」

「信用できる貴族のようですし、アンネリケさん経由ですでに知っていたようですし……」

「信用できるのならなぜ仕えないのか?」

「そっそれは……」

「それに、法王やらに懐柔(かいじゅう)されおってまったく」

「懐柔って――」

「真実であろう?」

「外れてはいませんが遠いです」

「なんだその言い回しは?」

「ベッ別にいいじゃないですかっ」

「まったく……話にならん」


 占い・跡継ぎ問題よりこの点に引っかかる『./死神』、そうだよね。彼の気持ちを考えるとそうなるか。

 現世の、しかも見知らぬ土地の領主問題より自分も絡む話でもある、私の事柄を優先するのは当然といえば当然の話だ。

 くやしいけど『./死神』のほうが正しい。


「さて、話は戻るがあやつ、我の存在に気づいておったぞ」

「あやつ? 存在?」

「まったく、阿呆になりおって……」

「むぅ」

「部屋の角で事の流れを見ていたのじゃが時折、こちらに視線を投げかけてきた。しかも食い入るようにな」

「老執事ってやっぱり只者じゃありませんね」

「いや、女のほうじゃ」

「えっメルネス様は目が見えませんけど?」

「其方らの言う視線ではない。我の気配を感じ取り顔を視線を、こちらに向けおったわ」


 そんな素振り、まったく気がつかなかった。

 しかもテーブルをはさみ目の前に座っていたのに。


「あやつの前でまた占いをしてもよいが十分に気をつけろ」

「そうね……」

「いまのところ、この世界で我等を縛る鎖は存在しない。しかし、あやつは我を確実に(とら)えた。ゆえに束縛する魔法・魔術があるやもしれぬ」

「わかりました。余程のことがない限り、メルネス様の前で占いをするのは控えます。仮にもし、したとしても細心の注意を払います」

「そうしてくれ」


 そうだ、せっかくいるのなら聞いてみよう。

 今回の件、貴方はどう思ったか?

 私は尋ねた。

 ここ数日で起きた事柄についてなにか思う節はないか?

 なんでもいいし、ちょっとしたことでもいいから教えてほしいと。


「そうだな……」


 黙り込む『./死神』


「……」


 沈黙が続く。


「……」


 私的には気付いたなにかを言ってくれればそれで十分なんだけど、そうもいかない様子。


「ちょっとしたものでいいですよ……」

「そうだな……たいした事ではないが何点かある。一つは、我も長女の元に足を進めるべきと考える。理由は、跡継ぎ候補に死相の兆候が見える」

「二人とも死ぬのですか!?」

「いや、いまの段階では兆候が見えるだけで確実性はない。それと其方に唾を吐きかけた輩、始末して良いな?」

「それはやめてっ!!」

「どうしてじゃ、万死に値する行為と思わぬか?」

「たったしかにチクチクされましたけど、そこまでする必要はありませんよ。それに、唾はかけられていませんし」

「唾と言うのは表現だ。まぁ其方が許すと言うなら我はなにも言わぬ」


 あぶねぇ。もう少しで漫画やアニメ、映画みたいに『気分を害されたら問答無用で命を刈り取るヤバイ主人公』になるところだよ。


「話の流れからして――今後、関係を築くのであろう?」


 関係を築く――『./死神』が言うように“流れからして――”そうならざる負えないし、私に拒否する権利はないだろう。

 そう、わかっている。

 この世界、いつまでも王侯貴族らから距離を置くことは不可能で、それが早まるか遅まるかの違いだけだと。

 そしてその相手が、以前の貴族のような輩か、それとも慈悲の心を持った人たちなのか――。

 私は無言でコクリとうなずき、返答とした。


「疲れました。もう寝てもいいですかね」

「では最後に一つ。壁に掛けられた明かりを床に置いて魔術を発動してもらえるか」

「魔導具を?」

「そうだ」

「なぜです?」

「其方が魔術を発動できない原因、もしやと思いな」

「わかったのですかっ!!」

「推測の域を出ぬが確実性はある」


 私に拒否する理由はない。

 壁に掛けられた照明用魔導具は全部で三つ、明るさと色彩に微妙な差はあるものの同じ物で500mlのペットボトルサイズ。


「魔術の選定はあります?」

「そうだな……鏡面でどうだ?」


 コクリとうなずく私。


「気合いを入れて一気にいきます」


 手かがりを得た私。

 一分一秒でも惜しく、いまこうして考える時間さえもどかしく感じる。

 ぼんやり光る魔導具を一つ壁から外し足元に置く。

 ここは一つ、豪勢で階層の高いのをバシッと決める。

 目を閉じ深く息を吸い吐く、また深く息を吸い吐く。

 室内に漂う微細なホコリを――。

 窓の隙間から流れ来る夜風を――。

 鼻先に微かに感じる世界の匂いを――。

 肌で感じ取れるまで意識を集中。

 そして意識を圧縮。

 さらに圧縮――。

 さらに――。


――カチャカチャ――


 ふいに窓の外、食器の擦れる音が聞こえた。

 ここは小高い丘の上に建てられた館なのに生活音が聞こえる。

 陶器と陶器が当たる鈍い音。

 子供の泣き声。

 雑踏のなか、金属と金属のぶつかる音。

 ベッドの上、いびきをかく男。

 色目使いで声をかける女。

 小犬の鳴き声。


――コトリ――


 私の背後、物音が一つ。


[子鹿は水面に映る自分の姿に声をかけました。どうして笑っているの? 水面を見上げる子鹿の姿はいいました。だって悲しいから。 子鹿は水面に近づきいいました。どうして震えているの? 水面の表面に顔を近づけ子鹿はいいました。だって熱いから。 子鹿は水面に鼻先をちょんと付けいいました。この水とても甘いね。 水のなかから鼻先をちょんと出し子鹿はいいました。とってもしょっぱいね。 子鹿は水のなかに顔を沈めいいました。泡がブクブクいっているね。 水の中から子鹿は顔を出していいました。ブクブク泡が消えていくの。 子鹿は言いました。息が苦しいよぅ。 子鹿は言いました。息を吸うって気持ちいいねっ!!  さぁ夢現の時間は終わりだ。 誰も彼も身体をねじらせ歓喜と悲痛が交差するここは現世の曲がり角。 子鹿はいいました。ぼくは生きているの? それとも死んでいるの? あぁそうか昨日みた夢は明日の夢。 明日の夢は昨日の夢。 さぁ合わせ鏡に手を添え頭を垂れ深く祈るのだ。 ライダー・ウェイト・スミス・運命の車輪!]


 カッと目を見開き、右手で天を射し、左手で地を刺す。


――ブワワァーン――


 鈍い音と共に照明用魔導具を中心に瑠璃色(るりいろ)の光り輝く丸い円がいくつも重なり、円の周りで文字の羅列がゆらゆら揺らめきはじめ、増長する輝きと色は少しずつ変化し瑠璃色から水晶色、琥珀色(こはくいろ)、銅色、翡翠色(ひすいいろ)赤瑪瑙色(あかめのういろ)と様々な色を発現し、記述(きじゅつ)された文字群はゆったりと回転をはじめた。

 気合いを入れた分、彩り鮮やか。

 そして文字の羅列も複雑かつ増量中で、どんどん魔術陣の中を埋めていく。

 いつ見てもきれい。

 ほかに感想、思いつかない。


――ブワワワァン――


 ガツンと第Ⅹ(10)階層を展開。

 と、ここまではいつもの光景――。

 もし発動したなら魔術陣の中に映像が映る。

 そう、円陣のなか『./死神』が大鎌を振り回しダンス・マカーブル、死の舞踏を華麗にして壮麗、そして優雅に舞い踊る。


――カチャリ――


 足元、照明用魔導具は真っ二つに割れ、魔石が鈍く光った。


「……やはりな」


 背後、低い声。


「なに、簡単な話だ。紙や油は燃えぬ。種がなければ」


 種――。


「其方は魔法が使えない。必然的に着火する能力がない」


 っ――。


「タネさえ判明するとなんとも白けるな」


 短いひと言。

 鈍感な私でもすべてを察した。

 薪を集め組み上げただけでは暖は取れない。

 紙に油を染み込ませ薪の間に忍ばせても炎は揺らめかない。

 息を吹きかけてもなにも起こらない。

 そう、火種がなければ。


――ガヤガヤ――


 ん?

 んん?

 窓の向こう側、騒がしい。

 それに妙に明るい。

 なにかある?


「まったく、気合いを入れ過ぎおって」

「はい?」

「外を見ろ」

「……」

「まったく……」


 突と不安が、入り交じる。

 メリメリと。

 でも、後戻りはできない。


――ガチャリ――


 窓は思いのほか軽くスルスルと開いた。


「ぁ」


 眼下に広がる街並みの中、窓のフチに立ち上空を眺める男女。

 扉から顔を半分出し、上空を見上げる老婆。

 広場、持っていた荷物を地面に落としポカンと立ち尽くす男。

 路地裏、犬の泣き叫ぶ声。

 とんがり屋根の頂上、威嚇する猫。

 城壁の上、衛兵たちはせわしく動く。

 腰を抜かしたのか冷たい石畳に倒れ込む者。

 窓に寄り掛かり祈りを捧げる者。

 狂ったように叫ぶ者。

 それらすべて空に視線を向ける。

 窓の外に、夜空はない。

 眩く色彩溢れる光りが満ち溢れている。

 後日、知る。

 私の描いた魔術陣は隣の街からでも見え、その光り輝きは遠く王都からでも確認できたと。

 街をすっぽり飲み込む魔術陣の端は見えず、一部は山裾に重なっていた。

 そんな陣内で、黒く鈍色に光る大鎌を左右に振り抜く『./死神』はまるで、世界の終焉を歓喜するかのように、高らかに、誇らしげに、優雅に舞い、その姿を、眼下に()すわるすべての者たちへ己の身を誇示(こじ)するかのようにどこまでも威風堂々としていた。


「「「「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」」」」


 街のいたる所から声が上がった。

 魔術陣から白い光がポロポロと降りはじめ空は満天の星空の様子を(てい)し始めた。

 ふいに私は、同人誌のネタにと読んだ一冊の本に書かれたテキストを思い出した。

 たしか千四百年頃のドイツのどこかの街。


[隠者]

死ぬのは私にはつらいことではありません。

心の底からその用意をしていたら、

わが良心は浄められましょう。

私は試みました。

主よ、私を憐れみたまえ。私は

あなたにはっきりと罪を告白いたします。

それゆえ、最後の審判には恩寵を垂れたまえ。


[死が隠者に向かって]

汝は嬉々として踊ることができる。

天国は汝のものだ。

汝がなした業によって

魂は喜びで満たされよう。

誰も彼もそのようにしたら、良かったろうし、

その身に悪いことは次々に降りかからないだろうが。

だが、大勢の人にとっては苦しいことになろう。

さあ、百姓よ、わが輪舞に加われ――。

(注2)


「其方の力は……我々でも計り知れぬ」


 背後、首筋にかかる声。


「我は白き馬に跨がり白百合の紋章が入った旗をかざし、何かを乞い求める者と対峙する者。しかし――」


 言葉、途切れる。

 けど、わかっている。

 なにを考え、なにを伝えたいのか。

 タロットカードに描かれた絵姿と、夜空で蠢く姿はまったく別物で第一、大鎌は描かれていない。


「其方は我を、あのように見ていたのか?」


 首を横に振る。


「其方は我を、死の配達人と考えていたのか?」


 いま一度首を横に振る。


「其方は我を、あのような無様な姿と思っていたのか?」


 三度首を横に振る。


「其方は我の顔を見たことないように、我々も其方の顔、表情を拝見したことがない」


 ……。


「我が主よ、こちらを向いてもらえるな?」





  ◆◇◆◇◆◇◆






 ひと仕事終えたばかりの農夫。

 険しい表情の貴族。

 腕を組み睨む商人。

 小さな赤子を抱きしめる母親。

 杖を片手に老婆は鼻をかむ。

 革職人とその弟子は立ち尽くす。

 身分の高そうな人は口元にハンカチ。

 衛兵は静かに見守る。


――バンッ――


 中央広場、一段高い壇上、黒いロングローブを羽織った男は手叩きを一つ。


「ここに集いし群衆に問う。我々は以前、大きな過ちを犯し罪無き者たちを死の淵へと追いやった。それがどのような結末であれ事実、そして悔恨(かいこん)


 静まり返る群衆。


「時の王はこう言われた『百の命を救うのに一人の命の過ちは、神の名の元に許される。さぁ奇跡のファンファーレを鳴り響かせようぞ!』と、王城の広場で貴族達に、兵士達に、仕える者達に、富を持つ者達に、そして群衆に……」


 黒い衣をすっぽりと覆う男の声、どこまでも冷静。


「我々は後日、その決定が誤りだった事実に気づき、罪亡き御霊に、深い祈りと謝罪をした」


 壇上、男は(ひざまづ)(こうべ)()れる。


「あの時の先人達は神に約束をした。このような過ちを、二度と起こしてはならないと――」


――ダンダン――


 ふいに群衆の前のほう、石畳を足で叩く音。


――ダンダダン――


 木の棒で地面を叩く音。


――ダンダンダン……ダンダダン……ダンダン……ギャッ!――


 音は徐々に大きくなりさらに叫ぶ声も混じりはじめ、天上(そら)に舞い上がるうねりとなった。


「吊るせ――」


 どこからか男の声。


「そうだ、探し出して吊るせっ」


 またも声。


「「「「「「「「吊るせっ」」」」」」」」


 湧き上がる歓声。


――ダンダン!――


「これは民意だっ!」


 群衆の中から声。


――ダンッ――


 壇上、黒ずくめの男は立ち上がり「ここに集いし者たちよっ、貴方がたの声を拠り所に、我々は権利を行使するっ!」そう告げるといま一度跪き、頭を垂れた。


――ワッ!!――


 湧き上がる歓声。


「神に楯突く者を吊るせっ!!」


 後日、群衆の声は街の外まで聞こえたと、旅行く人が口にしていた。


 あの日を境に街は変わった。


 とある昼下がり、封印された魔女狩りは歓声を拠り所にはじまろうとしていた。




~続・黒髪の魔女と三人の跡取り~




◆本作品を作成にするに辺り以下の御本を参考にさせて頂きました。

(注2)藤代幸一様著者 『「死の舞踏」への旅』より引用  リューベックの詳細な記述の、 [隠者]の次に[百姓]が輪舞。 一部抜粋。

・井上教子様著書 『タロットの歴史・西洋文化史から図像を読み解く』を参考にさせて頂きました。

・かげした真由子様著書 『はじめてのタロットBOOK』を参考にさせて頂きました。

・LUA様著書 『78枚のカードで占う、いちばんていねいな タロット』を参考にさせて頂きました。

・吉田ルナ様著書 『タロット占いの基本』を参考にさせて頂きました。


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◆ここまで読んでくださり、まことにありがとうございます。

・42話のここまでが、大きな区切りとなります。

・43話以降は、ある程度書き上げて一気に投稿します。


・執筆の励みになるので今後とも応援のほう、よろしくお願いいたします♪

・では、またお会いしましょう♪

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