第04話 街の喧騒 -その2-
王妃さまはいいました「そなたの功績をたたえ、まちの中央広場に彫像を建てようとおもう。どのような風貌が良いかしめせ」
大臣や貴族たちが見守る謁見の間、彼女はいいました。
自分がしたことはまちのみんなに、ひとつのきっかけを与えただけで、称賛されるほどではないと。
「なんとも欲のない女じゃ。さりとてそれでは領民に示しがつかぬ、褒美だけでも受け取ってもらうぞ」
「わたしのような流れ者への御配慮、うれしくおもいます――」
「そなたに『フォン ベルガモット』の家名をさずけ、くわえて領地をあたえる」
王妃さまのまえに片膝をつく彼女はのちに、稀代の発明家として名を知らしめるがこのときはまだ無名な一人の流れ者にすぎなかった――。
おしまい。
「ヘティーちゃんには少し難しかったかな?」
「そんなことないよっ。とっても面白かった!」
「それは良かった」
私の隣に座る彼女、にぱぁと笑顔を見せながらパンに齧り付く。
「それてぇねぇ――」
「大丈夫、食べ終わってからね」
「うん!」
お世辞にも美味しいとはいえない固いパンに悪戦苦闘する姿に、私の心は洗われる。
月明かりの下、路地裏の片隅、たまにこうして会い、なにをするわけでもなく短いひとときを楽しむ。
彼女も貧民街の住人。
私もここの住人だけど地区内でもっとも裕福な貧民たちが暮らす一角に住んでいて、貧民街内で憧れの存在となっている。
憧れの理由は、一日に一回は食事にありつけ、井戸だって近くにあって、低賃金ながらも職にもありつけ、なんといっても治安も良いほうだから。
そんな私と裏腹に彼女、ヘティーちゃんの日常は死が隣り合わせの日々。
貧民街に移り住んで半月くらいが過ぎた頃、私を忌避しない彼女に少額のお金を渡したことがある。
しかし無言で返された。
後日、隣に住むおばあさんにその内容を話したら理由は単純だった。
小さな子がお金を持っていても孤児らをまとめる大人たちに奪い取られるのが普通で第一、露店に食べ物を買いに行っても相手にしてくれない。
そう、お金を持っていたとしても。
街を治める貴族や役人たちは哀れな孤児たちを救おうと、毎月決まった額を貧民街のために使っている。
けど一部の大人たちの中抜きによって、ごくわずかなお金しかこの子たちに使われていないのが現状。
その事実を知ったとき、どこの世界も同じなんだなって悲しくなった。
「そういえばお姉ちゃん、物語のお名前ってなんていうの?」
「物語の?」
「うん」
「それはね……」
物語の名前、考えていなかった。
「お姉ちゃん、詩人さんに教えるとお金をもらえるよ。だって面白いんだもの」
「おーそれはいいね~、今度酒場に行って吟遊詩人さんに声をかけてみようかな~」
「うん、それがいいよっ」
私は――隣に座る彼女をそっと抱きしめ耳元で「ありがと」と告げ、さらに強く抱きしめた。
「……いたいよぅ」
「そぅ?」
「うん……」
「ギュッてするの、イヤ?」
「んん、このままがいい……」
「はいな」
「てへ……」
私の胸の中、小さな彼女の身体があって、栄養が足りないせいかどこまでもやせ細っていて私の心はギュッてなって、なにかしてあげたいと考える。けど、いまの私にできるのは、このひとときを与えることしかできない無力な自分がいるだけ。
そして私は嘘をついた。
吟遊詩人に物語を教えるつもりはない。
それがお金になったとしても、有名になったとしても、人生を切り開く一片の糧となったとしても。
彼女、ヘティーちゃんに聞かせた物語は、魔法も魔術も存在しない違う世界からやってきた一人の女性の物語で、主人公チアーキが見知らぬ世界で獅子奮闘しながら成り上がる異世界譚。
チアーキは時の狭間!?を彷徨ったとき、どうも歳を食われたようで三十後半から半分以下の年齢くらいになり、二日で現地語を覚え、魔法、魔術も最上級クラスを習得し、様々な発明や新しい料理を振る舞い人々の心を鷲掴みにして女領主になる。
そして街にお忍びで遊びに来ていた王子様に出会い絶賛恋愛中で、順風満帆な異世界ライフを満喫する――そんなお話。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「……んにゃ、ただちょっと……」
「ちょっと?」
「ちょっと……考え事、していたの?」
「どんなこと?」
「たいした考えじゃないよ」
「そうなんだ……」
口元をキュッと、つぐむヘティーちゃん。
「トイレ、行きたいなぁーって、ねっ」
「プッ」
「たいしたことじゃないでしょ?」
「うんっ!」
そして私はまた嘘をついた。
トイレにいくほど溜まっていない。
物語の中の主人公と違い実際は、現地語を覚えるのに数ヶ月を要し、魔法はまったく使えず、品質は劣るけどシャンプーやリンス、石鹸、保湿剤、コーヒー、紅茶、砂糖すらあって、汲み上げポンプに絵の具だって存在していて『心がポッキリ』折れるのにさほど時間はかからなかった。
もちろん王子様に出会ってもいなくて、真新しい料理を作るにしてもまずはお金と場所と店舗権利と領民権がないからお話にもならない。
それに、神様にも出会っていなくてレアアイテムやチートスキルだって習得していないし、定番のアイテムボックスやら鑑定スキル、聖女パワーすら夢物語の世界。
「トイレ、一緒に行く?」
「うんっ」
「歳とるとおしっこが近くてかなわんよ~」
「プッ、まだ若いのに変なお姉ちゃん」
どうも時の狭間!?を彷徨ったときに歳を食われたようで、年齢の話だけは事実。
雰囲気からして高校生時代の容姿になってしまった。
若くなったせいか視力も上がりメガネをかけなくても暮らせるようになったけど、なんとなくかけていたい。
それと、こちらの世界にもメガネがあることに驚いた。ただちょっとレンズの厚みが倍以上あるけど。
「お月さま、雲に隠れちゃったね」
見上げると星々は雲に隠れ、月もかけら程度に顔を出している程度。
黒い闇が闊歩する世界が、私たち二人の前に広がった。
「お姉ちゃん、あたしねこの前、面白い夢を見たんだ」
「へーどんなの?」
「んとね――」
暗闇の中、手をつなぎ歩き出す私たち。
近くの小川まで。
ふわりと脳裏に過った。
ブラック異世界に転移した娘、がんばる――。
なんてどうかな?




