第39話 嘆きの令嬢は世界を観る -その5-
「一つの側面と考えてよいのですね?」
「その通りになります」
「ふむ……」
メルネス様、テーブルの上で両手を組むと「さてどうしたものか……」とぽつり。
重苦しい空気が流れ続き、占いをはじめてかれこれ小一時間が過ぎようとしていた。
占い用にと用意された小部屋は薄暗く、足元さえ見えないほど。
テーブルを挟みメルネス様は時折、斜め後ろに立つ老執事に言葉をかけ、助言を求めているよう。
聞き耳を立てるようなマナー違反はしないし第一、なにを話しているのか聞こえない。
テーブル上、△と▽を重ね合わせた“六芒星”にタロットカードは並べられ、周りに六枚、中央に一枚の計七枚の、通称ヘキサグラムと呼ばれるリーディング。
時間軸を主に、相手の気持ちや周囲への影響を図りつつ、私なりに魔改造して他者との関係性や相性を見定める。
大アルカナ、小アルカナを含んだ七十八枚の全種を扱う骨の折れるリーディングで、この世界に来て初めて行う。
「ルチア『過去』と『現在』を、もう一度話してくださる?」
「かしこまりました」
『過去』のポジションには『STRENGTH./力』が正位置で置かれ、一方的に抑え付ける力ではなく、心を通わせ助け合う力としての意味を持ち、どんな人もやがて味方になる。そんな過去を、メルネス様は辿ってきたと詠む。
良き『過去』比べ『現在』は、『TWO of SWORDS/剣のⅡ』が逆位置カード。
三日月が空に昇る夜、白い衣を羽織った女性は椅子に座る。クロスした両手にはロングソードが一本ずつ握られ、視界は目隠しされ、空虚な雰囲気が漂う絵柄。
キーワードは葛藤、不調和、均衡が崩れる、行き詰まっている状況――。
そんなカード内容を、二人に向けていま一度説明し、最後にこうも付け加えた。
(注1)
「過去はさておき、問題の本質に向き合っていないように見受けます。また、その場しのぎの対応をすると失敗の上塗りをしてしまうおそれがあり――“事”が上手に進むと勘違いをされるやも――」
ようは、いま置かれている立場をしっかりと再度確認&場当たり的行動は×。んで、現在の状況に区切りを付け、撤退または方向転換から~の、別の道筋を見つけ再び歩んではどうかな~と。
「つまり、いまのままでは破滅に向かうと?」
「破滅とまでは言いませんがいま一度立ち止まり、現在置かれた立場を正確に精査すべきかと――」
「立ち止まる……」
「さらに別の道筋――選択肢を増やしても良いかと思います……」
「別の……」
「選択肢と言っても例えるならアフタヌーンティーに合う甘味を八つも十六も揃えるのではなく、二つ三つ程度で嗜んではと」
えっと……。
相談内容が内容だけにどうしても慎重にならざる負えなくて、伝える語彙も言葉もどこか奥歯になにか挟まったような歯切れの悪いものになってしまう。
心を整え、タロットカード占いの内容を伝え、数十分の下準備後、相談内容を伝えられた。
――親族である領主の後継者問題、どう立ち回るべきか――
相談の主旨はそのひと言で十分で、私の目の前にいる二人はそれ以上口にせず、私も質問や追加情報を求めなかった。
はい、正直言うと『困った問題が起きて迷っているの~。貴女の考えを教えてほしいわ~♪』というレベルの話じゃない。
依頼者的には『あくまで助言の一つとして聞かせてもらうわ♪』かもしれないけど、じゃあ『わかりましたっ!』って占っていいものじゃない。
だって、この世界で貴族は法律であり法を執行する者たちだから。
「メルネス様……」
「……なんとなく全体を通して占いの内容を理解できました」
「『/剣のⅡ』に描かれた女性は目隠しをされ視界がありません――そして、両手でロングソード二本を突き立て不自然な姿勢を取り続けており、長続きはしないでしょう……」
「そうね……」
どうしても歯の隙間に、なにかが引っかかるような言い回しになってしまう。
メルネス様、斜め後ろに立つ老執事に顔を向け小さくうなずく。
なにかを察した老執事。
「小生めも全体の流れと雰囲気から、占いの内容を把握しました」
「そうですか」
「ルチア殿は『占いはあくまで絵空事』と仰いましたが、的確に物事を占っておられるようなので参考程度の域を超えております」
「それはそれは……」
「ちなみに、内容からしてどちらの者が“グランホルム家”にとって最良なのかは不明瞭」
どちらの――。
次男か三男。
共に優秀&清廉潔白な息子たちで領主の自慢の一つ。そのため街で暮らす領民みんな知っている事実。
さらに二人の元には慕う人々が多く集まり、貴族や商人、職人、衛兵、領民などが街を二分するかのように集まっているとグレーテさん情報。
しかし、貧民街で暮らす人々や私のような流れ者たちは別で、さらに“こちらの冒険者ギルド”に登録している冒険者たちもさして興味を示していなく、ギルド内にある酒場で話題が出ても過激な発言や、どちらか一方を支持する声は上がらないし聞いたこともない。
まぁ結局のところ、末端で生きる人々にとって雲の上の話、それに尽きる。
「私から最後に一つ、質問していいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「左下に置かれたというカードの絵柄を教えてほしいの」
「絵柄ですか?」
「そう」
私は――深呼吸を何度かして口を開く。
メルネス様の指名した場所に置かれたカードは『THE HIEROPHANT./法王』
赤い衣を纏う法王の頭には、黄金の三重の冠が載せられ『地上・天国・地獄』の階層を表し、左手には『教皇十字』通称トリプルクロスの杖を持ち、右手は天を指し示し、足元には二人の弟子の姿がある。
『./法王』のキーワードは、教養、道徳性、秩序を重んじ保守的で、頼りになる存在。
(注1)
「ルチア、この方の声を聞いたことはありますか?」
唐突な問い。
「なにを持って声とするのか計り知れぬところ。さりとて、安らぎと深い懐を持った声とお見受け致します」
「ふふ。なんとも詩的な言い回しね」
「ご評価、有り難うございます」そう言い、一礼する私。
テーブルを挟み、笑みがこぼれるメルネス様と、私。
心なしか老執事の白髭の下の口元も上がっているように見えた。
「ルチア殿、小生からも一つよろしいですか?」と、老執事は前置きをした。
占いではなく――貴女の考えとして、どちらと手を取り合うのが得策か――と。
「占いの結果ではなく、私の意見を聞きたいと……」
「そうです」そう、きっぱりと言い切る老執事。
ヘタなことは言えないし、誤魔化しはきかないだろう。
「そうですね……とりあえず、休憩にしませんか?」
「ブッ」
メルネス様の笑いを誘った。
ちょっとうれしい。
「えっと、お花を摘みにいかせてもらいたく――」
「ふふ。案内してあげなさい」
メルネス様は小さな笑みを私に向け、斜め後ろに立つ老執事に右手でジェスチャー。
「ルチア殿、こちらにございます」と、会釈を一つすると老執事はドアのほうへ歩き出した。
私は椅子から立ち上がり、一礼をして後に続く。
占いにと用意された小部屋はとても暗く、足元さえ見えないほどで若干ふらつく。
しかしメルネス様にはすべてが見えているのだろう。
――ガチャリ――
――ギィィ――
老執事はドアを開け、先にどうぞと仕種を一つ。
「ありがとうございます」
「お花摘みは、左手奥にございます」
――ギィィ――
背後、ドアの閉まる音。
私は歩き出す。
背後、どうも老執事はドアの前に立っているよう。
さてさて、お花摘みが終わったら軽くラジオ体操をしつつ考えをまとめよう。
トイレ内で。
(注1)
・かげした真由子様著書 『はじめてのタロットBOOK』を参考にさせて頂きました。
・LUA様著書 『78枚のカードで占う、いちばんていねいな タロット』を参考にさせて頂きました。




