第38話 嘆きの令嬢は世界を観る -その4-
「嬢ちゃん、新しい紙芝居は作ったか?」
夕暮れのなか、話しかけてきた男に見覚えはない。
きょとんとする私に「五日後なら詰め所で俺も見れるから、その日にしてくれ」
「あー……いま、構想を練っている最中です」
「簡単にできないのか?」
「簡単では、ありませんね……」
「紙絵だってササッと描いている程度だろ?」
「そうですけど……」
「まぁいい、完成したら必ず一番に来いよ」
男はそれだけ告げると足早に路地を曲がり視界から消えた。
「簡単じゃないんだよね……いろいろと」
ふいに漏れる独り言しんみり心に染みつつ、やっぱり第三者の目から見ると紙芝居って簡単に見えるんだ。
構想はグリム童話なりギリシャ神話、歴史の断片、伝承らを模倣すれば数時間もあればできるけど、紙絵はそうもいかない。
紙絵での表現、初めて見る紙芝居を理解しやすいように配慮した結果で、さらにこちらの政治、宗教、思想、王侯貴族階級などの旋律に触れて『首チョンパ!』されないようにも気を使っているから、どうしても絵の表現に限界がきてしまう。
王侯貴族の表現がそのいい例で、旗や盾に描く紋章や貴族名を調べ上げてから描いていてリスク管理に気を使っている。
そうしないと後日、偉そうな人物が怒鳴り込んできて「これを描いた奴を連れてこい!」なんて未来が見える。
「ふぅ……」
なんか疲れた。
こういうときはパァ~ッと美味しい物でも食べて発散するのが一番だよね。
以前からちょっと気になっているパスタが美味しい酒場にでも行こうかなぁ。
女一人でも問題なく入れるとファネッサさんとグレーテさんが教えてくれたお店。
それに、夕食は食べてくると伝えてあるから宿屋に帰っても私の分は用意されていない。
というか宿屋、私とファネッサさんを除き数人が宿泊しているけどほとんど見かけず、たまに食事を取るときに出会う程度で、お決まりの簡単な挨拶をする程度。
まぁどちらかというと、ここに来て日が浅い私にとってむやみに知人を増やすのは得策でないから、私から避けているというのもあるけど。
もちろんみんな女性で歳も近く、旅人は私だけのようだ。
そう考えるとファネッサさんの存在はとても貴重。
なら、私のことを少しだけ話してもいいかな。
いろいろと世話になっているから彼女の未来を占ってあげてもいいかも。
恋愛なり、仕事、身の振り方、金銭等々。
占い――。
あれ!?
この国に来て、一度も占いの話をしていない。
なのにメルネス様は「占いが得意と――」
◆◇◆
あと数時間もすれば山々に太陽は沈み夜が訪れ、さらに数時間後にはメルネス様を占っている。
二日後と告げられその間、ひたすら部屋にこもって構想をネリネリ。
ジャックと豆の木、シンデレラ、ギリシャ神話からミノタウロス迷宮、ほか、作りたい作品がたくさんある。
題材とあらすじさえできればあとは紙絵に描くだけで、楽しい時間(妄想タイム)はあっという間に過ぎた。
おっと、最終確認をしておこう。
ヨハンさんの古着屋で買った灰色のミドルローブの内側に隠すは、お金の入った革製の小袋、腕時計、大アルカナカードと小アルカナカードを別々に入れた小袋。
革製のポーチのなかには鉛筆とメモ帳、フェイスタオル、タロットカードの下に敷くタロットクロス、偶然露店で見かけた香油。
「おっと忘れちゃなんねぇ」
手鏡をテーブルに立て、頭皮の生え際の黒髪を筆と顔料でささっと焦げ茶色に染め、仕上げに軽く油を塗り塗り。
夜だしメルネス様は盲目だから心配ないと思うけど一応ね。
うすぼけた鏡に映る自分、なんて幼いのだろう。
これじゃ子供って言われてもしかたない。
だからいつもフードを深く被り、ほっぺたに炭の汚れをわざと付けて容姿をごまかす生活、もう慣れた。
慣れたといえばもう一つ、こちらのお風呂事情。
数日に一回でも、濡れたタオルで拭く程度でも、川で水浴びでも、微妙な公衆浴場にも、慣れた。
公衆浴場のお湯は温泉らしいけど温度がぬるくて物足りなさがあって、いつも長湯になってしまう。
んで、今日はいつも以上に入念に長湯&身体をゴシゴシ。
一応、館で湯浴みをさせてもらう予定だけど、汚れたままの身体で浴室を使わせてもらうわけにはいかない。
「とと、それよりも――」
武器屋で購入した短剣をローブの内側に。
食品用ナイフを革製のポーチの中に。
あとは……使う場面が訪れないことを祈るだけ。




