第37話 嘆きの令嬢は世界を観る -その3-
庭園に建つ小さなホールの下、用意された椅子に座るやいなや私は伝えた。
雇いの話、たいへんうれしい申し出でありますが、苦渋の判断でお断りさせてほしいと。
メルネス様の隣に立つ老執事が理由を尋ねようとしたら「なにかしら理由があるのですね――」と彼の言葉を遮った。
私は短く「はい」とだけ答えた。
「残念ですが仕方ありませんね」
「申し訳ありません……」
「謝ることはなくてよ」
「そう言っていただきますと助かります――」
「それよりも雇用の話はこれにて終わりにして、お茶を楽しみましょう」
雇いの話はあっけなく幕を閉じた。
メルネス様は突と言われた。
昨日話してくれたラプンツェル物語、たいへん気に入りましたと。
ラプンツェルと魔女は、歳は離れ、境遇も違い、そして血の繋がらない者同士なのに手を取り合って生きていく様に、感銘を受けると同時に、あのような物語を生み出した貴女に敬意と畏怖の念を抱く――と。
「あの物語を綴っているとき、なにを考えていたの?」
「そうですね……とくになにも……ただ、二人が幸せになる結末だけは最初から決まっていました」
「ふふ……」
それからひととき、メルネス様はジェスチャーを交えながら自分なりの感想を口にして、私はただひたすら聞き手に徹し、なぜラプンツェル物語に興味があったのかすぐに理解できた。
単純な話だ。
この世界はなんだかんだ言っても血統主義。
血筋が重要視される貴族となれば、避けては通れない様々な事情がある。
私的にはなんとなく題材に選んだだけで、寓意や隠れ言葉、考察を含んだものではない。
しかしメルネス様はなにかを察したのかそれとも真意を探ろうとしたのか『物語を綴っているとき、なにを考えて――』と聞いてきた。
私は正直に“とくになにも……”と言い、“幸せの結末を最初から描いていた”と口にした。
聡明な方だ、そのひと言で物語中に“深い意味”がないことに気付いてくれた――と思う。
だって、あの物語は、オリジナルを私なりに適当に改変しただけだから、最初から深い意味を持っていない。
それでもこの世界の人からすると、相当珍しいストーリーなのだろう。
「ルチア、一ついいかしら?」
メルネス様は物語の感想をすべて話終えたみたいで話題は移り、街ペルーナの話になった。
昨日の老執事同様、この街の状況について尋ねてきて“当たり障りのない”程度の、私なりの感想を伝えた。
で、一つ驚きがあって会話の途中、メルネス様の斜め後ろに立つ老執事、何度も話題に参戦してきてメルネス様を驚かせた。
メルネス様は言われた。寡黙に仕事に徹する彼を、ここまで雄弁にしたのは貴女が初めてだと。
話はドンドコ横道に逸れ、雨雲のできる仕組みを説明したところ、驚くほど食い付いてきてさらに詳細な内容を尋ねてきて、椅子に座るメルネス様を苦笑もさせた。
「ルチア、もう一度だけ尋ねますが、考えを変える気はないのね――」
「申し訳ございません――」
「そう――」
飾り気のないクリーム色の清楚なワンピースに白銀の髪を優雅になびかせ、閉じた目元にちょんと泣きホクロがあって小説風に言えば『有閑マダム』そのものの御方。
対して私は白いシャツに紺色の小間使い服を着用し素性を偽装。
頭には白色の三角巾を被り、ゴワゴワした焦げ茶色の髪を隠している。
ブリッタ・フェン・マーベラ・メルネス・グランホルム、通称『嘆きの令嬢』と言われ、冒険者ギルドの情報によるとこの一帯を治める領主の親族で、街の外れの館に住み、政治や政には携わらず、この街での発言権はきわめて低い。
独立した子供が王都にいるらしく数年に一~二回帰郷するくらいで、さらに彼女を頼る貴族や裕福な商人らはほとんどいないらしい。
口のよろしくないグレーテさんの見立てによると宴は、静かなる家督争いをしている領主の意向が色濃く反映されたものであると。
さらに跡継ぎの内情は、長女はやる気無しを公言していて、次男と三男は共に優劣付けがたい高評価で、父君の現領主はどちらを跡目にするのか迷走中。いわば今回の宴、跡継ぎ争い前哨戦とグレーテさんは口にした。
長女、次男、三男の三者が出席していたけど裏方の裏方の裏方仕事をしていた私にはまったく関係ない話で、顔すら見ていない。
「貴女は様々な事象に造形が深いようですが、魔法はどの属性が得意なのかしら?」
唐突な質問。
でも、ある程度予測していた。
この世界、『魔法』が『科学』『物理』の替わりで重要なポジションにあり、日々の暮らしや経済、労働、発明、さらに祈りの対象として、様々な分野の『基礎』となり『基盤』となっている。
そのため話題の一つとして、魔法談義がポンポン飛び交う会話がよくある。また、相手が『どのような人物』なのかを知るきっかけになったり、その人の技術や腕前を推し量る材料として酒場やギルド内、集会所などでよく話される。
それに対し魔術は、知識&高い技量が必須&使える者が限られているせいで話題の範疇にすら入らない。
さて……。
ここはうまく濁すか、それとも嘘を付くか真実を話すか選択肢はいくつかあるけど、考える時間は限りなく短い。
さてさて……。
さてさてさて、どうしたものか……。
――っ!――
ついとメルネス様と視線が重なった錯覚に陥った。
気のせい!?
だよね。
テーブルをはさみ、椅子に座る女性は目が見えないのに……。
「実はですね……魔法、使えないのですよ」
「使えないのね?」
「それと魔術のほうも、展開はできるのですが発動ができないというか、その先がちょっと――」
メルネス様、小さくコクンとうなずくと「神は二つと与えない――とはよく言ったものね」
「二つと与えない――ですか」
「そうよ。豊富な知識をお持ちなのに魔法も魔術も扱えないなんて……」
「ある意味、扱えない力を――知識で補おうとしている感じでしょうか」
「そうなるわね」
「はい」
メルネス様はどこまでも自然体で、まるで最初からすべてお見通しのよう。
“お見通しのよう”じゃない。
すべて知っているんだ。
そう、私の推測が正しければ答えは一つ。
単純な話。
雑貨店主のアンネリケさんと繋がっている。
だから魔法が使えないと言っても驚かず、魔術が展開できても発動不可と知っても驚かず冷静にいられた。
普通は、魔術の術式を描けても『使えませんっ!』なんて言ったら目をまん丸に見開き、ドン引きレベルの話。
そうなると、私の身の保障というか『信用に値する人物』と推したのもアンネリケさんだ。
というか普通に考えて、この街で上位に位置する貴族だから事情に詳しくて当然っていえば当然の話だ。
アンネリケさんとメルネス様、共に六十半ばくらいの雰囲気で、二人とは短い時間しか接していないけど両者は気が合いそうな雰囲気を醸し出している。
「そういえば貴女、占いが得意と聞きましたよ」
「得意といいますか、一時期それで食べていました」
「一時的にせよ生業としていたなら、神の与えたもうた唯一無二の力」
「そこまで大げさなものではありません」
「私のこと、占ってもらえますか?」
「……それはかまいませんが、一点だけよろしいでしょうか?」
私はまん丸メガネのフチをクイッて上げ、伝えた。
良い結果、悪い結果、望む結果を、作為を持って“解”を導けない。
ゆえに気分を害することもあろうかと思います。
それでも良いというのなら占います。
「占いとはそういうものでなくて?」
「そうなのですが、なかにはどうしても納得されない方もいまして――」
「フフッ。目が見えると変なモノまで見えるのかしらね」
なにげないひと言なのに、どこまでも深い意味を持っているように思え、私なりの考えで返した。
なにかを切望する感情に釣られやすいのでしょうと。
「占いの日、二日後でよろしくて?」
「承知しました。もし――可能であれば人も獣も寝静まる夜中、もしくは夕方からでも良いので時間帯のほうを調整して頂きたく……」
「なぜです?」
「日が落ちますと雑念や、視界に入るものが極端に減り、精度が上がるのです」
「あら、私は昼でもかまわなくてよ?」
ニコリと笑顔で告げるメルネス様の瞼は閉じたまま。
私は二の次がでなかった。




