第35話 嘆きの令嬢は世界を観る -その1-
「とても美味しいわ。誰に淹れ方を習ったの?」
「私を大切に想ってくれた人です」
「その人は話の中にあった人ね」
「はい」
「ルチアと言ったわね。今日は少し寒いわ。ブランケットをもらってきてくれるかしら?」
「かしこまりました――」
庭園のシンボルツーリーというべき大樹の下、白い椅子に座る貴婦人に一礼をしてその場を立ち去る。
自然の中にいるような樹木の配置は館の主人の趣向とかで、所々に無造作に木々が生い茂り、ふかふかの芝生が広がっていなければ本当に森の中と思わせるほどだ。
造園、規則正しく草花を植え、プランターや盛り土などで作る規則正しい庭園は以外に手入れが簡単で見栄えもいい。
逆に、自然を意識して作ると管理が大変でお金もかかる。
理由は、少しでも放置すると荒れ果てた姿になってしまうから。
その点、この庭は普通の森に見えるけど、隅々にまで人の手が入り自然風ながらもある一定の規則性を保っていた。
とくに歩道がそう。
きれいに刈り揃えられた芝生の小道がクネクネと伸び、単調的になりやすい経路に味を付け、等間隔に小休憩できる白色のベンチが置かれ表面には苔の一片も生えていない。
小道の少し先、ベンチに座る老執事は私を見つけるとスッと立ち上がり一礼をして「メルネス様はなんと?」
「肌寒い小風が時折通り抜けるようで、ブランケットをお願いしますと……」
「ほかになにか、ありますか?」
「いえ、とくには――ただ……」
「ただ?」
「私の見立てですが、身体を預ける椅子と腰回りがしっくりこないのか何度か腰回りを左右に振る仕種をされました」
「ほほぅ」
「ですので、薄めのクッションを二枚ほどご用意すると良いと思います」
「なぜ二枚なのですか?」
「これも私の勝手知ったる考えになりますが、臀部と腰上部にクッションを挟みますと腰痛予防につながると思います」
「ほほぅ……」
「できれば――そうですね、一枚は細長いものが良いかと。腰上部に巻き付くような感じで」
「――かしこまりました。では、私に付いてきてください」
白髭と白髪オールバックの似合う、細身の老執事は右手をそっと胸に当て軽く一礼。
私は両手を胸元に当て深く一礼。
「なるほど……」
「なんでしょうか?」
「いえ、なんでもありません。メルネス様がお待ちです、至急屋敷へ戻りましょう」
クルッと向きを変え歩き出す老執事。の、後を歩く私。
木々の間から見える太陽の位置からしてもうすぐ三時頃。
朝一番に館の裏手に来たのが七時頃だからすでに半日が過ぎようとしていた。
昨日と同じ場所で待機していても私以外誰もこなくて、嘘を言われたのか心配になるもすぐに違うとわかった。
小間使い長さんことドロテ様は現れ、手短に本日のスケジュールを告げ、午前中は昨日の宴の後片付けにあたるよう命じ、昼食を挟んで途中になった食品貯蔵庫の整理と、館前の庭園に散乱した食器類の回収、それと庭の手入れ。
食品貯蔵庫内の整理は昨日の続きだからサクサク終わった。
でも、庭園のいたる所に散乱した食器類の回収は思いのほか時間を要した。
昨日の宴、客人たちは各々の好きなように振る舞い、その一つが庭園の芝生にシートを広げくつろぐ趣向。
小さなテーブルに茶器と甘い菓子類を並べ、優雅に会話を楽しむ。
そのままおしとやかに茶会は終わるわけもなく、アルコールが入り肉料理が並べられ次第に客人たちは本性を現し、低木の下にカップが投げ込まれたりそのまま放置されたりと、軽度の酒池肉林が広がりなんとも下品な趣向。
唯一の救いは食器類やゴミが散乱するのは館前の庭園のみで、いま歩く自然庭園のなかには落ちていない。
昼食はミートソース風パスタと温野菜で、涙が出るほど美味しく、テーブルマナーを忘れ腹パン手前まで食べた。
「ルチア殿は、こちらに来て一ヶ月も経過していないと申しておりましたが、外から来られた貴女の目にはどう映りますか? また、どう評価されますか?」
「評価――ですか?」
「評価というのは語弊がありますね。率直に申して、良い箇所と悪い部分などありましたらお聞かせ願いますか?」
「良い箇所と悪い部分……」
「長年街に住み続けるとどうにも感覚が鈍くなるといいますか、鳥瞰の思考にたどり着けなくなるのですよ」
老執事は後ろを振り向くことなく歩きながら淡々と告げ、答えなくても報酬に影響を与えないし、私が求める解でなくても良いと口にした。
「そうですね……」
歩きながら考える。
これはなにかのフラグ!?
それともなにかの罠!?
もしや悪意に満ちた質問!?
いや、それはないか……。
こんな、いち流れ者の意見に耳を傾けるほど街ペルーナは切羽詰まったように見えないし、領民の表情も明るく沈んでいない。
老執事の白髭&白髪オールバックから『ちょい悪る』雰囲気が出る程度で、意図がまったく読めない。
考えられるのは――ただの気まぐれ、メルネス様への話題作り、思いも寄らぬ発想を求め、実は窮地にある――。
いろいろ考えるも結論なんて出るものじゃない。
「安心してください。とくに恣意はございません」
そう言われましても……。
ん~。
ここまで言われたらなにか適当に一つ二つくらい……。
「ちょっとしたものですが――」そう予防線を張り、口を開く。
漁港の街で新鮮な魚が豊富なのに、領民の皆さんは魚料理より肉料理を好む傾向があると。
それと、街がきれいなほど整っていると。
「ふむ。前者は趣味趣向の範疇として、“きれいなほど整っている”とはどのようなものですか?」
「単純な話です。行き止まりの路地や、迷路のような小道、はたまた高低差の大きい住宅街などがこの街にはあまり見られなかったので、それで」
日本の街並みに比べれば格段に迷路のような街だけど、以前いたバリアムトの街に比べれば圧倒的に歩きやすいし、迷子にもなりづらくまだ三回しか迷子になっていない。
「つまり、味気ないと?」
「いえ、そうではなくてただ――」
「ただ?」
「えっとですね……」
「大丈夫です。罰するような行為は致しません」
背中越し、老執事の表情を見れず真意を探れない。
でも、実直で嘘のない投げかけだって感じる。
この人は他人を騙すのが苦手だ。
こんな私にも節度を持って接する態度一つで、十分過ぎるほどわかるから。
「では――」
私は口を開く。
この街は平和な時代に造成された街なのですねと。
ヨーロッパの歴史がいい例。
通常、城や宗教施設、領主館など重要施設は街の中心に集め、そこにいたる道筋はわざとクネクネさせたり袋小路を設けたり、土地の起伏を利用し深いお掘りや堅固な壁を作り、ちょっとした盛り土を利用して街を作る。
その名残はいまもヨーロッパ各地の古い街並みに見られ、とくに西欧や中欧の国々に多くその後の都市開発に、昔の『名残』として残り都市を形成している。
まぁテレビの旅番組やネット情報などでよく目にする情報程度の知識だけどね。
それらに比べこのペルーナの街は、高い城壁に守られているけど街の中は比較的歩きやすく、なんといっても街を治める者が住む領主の館が街の外れに位置する。
ゆえに私の導き出した答えは、激動の時代に作られた街ではないと。
『ヨーロッパの都市に見られる形態で~』なんて言ってもわからないから、やんわり『防御に向いていない造りをした街形成で――』と言い、平和な時代に作られた街なのかなぁ~って思っただけとも、ふんわり語彙で伝えた。
「……ふぅむ」
「はい?」
「ルチア殿、普通はメルネス様の前にどこの者ともわからない輩を、拝謁などありえない」
老執事の口にした拝謁、高貴な人物にお目にかかるときに使う言葉。
そして“普通は――”と言ったように私のような者が気軽に会える人物ではなく、それは昨日の宴の裏方として働いた女性陣にも言える。
もし、グランホルム家の当主様と庭園でお茶をしているなんて知れたら、それも優雅に二人だけでなんて見聞きしたら、顔を猛烈に真っ赤にして憤慨&超嫉妬から~の眉間に皺を寄せ、心の中で罵詈雑言の嵐。それも嫉妬と妬み、僻みがグルグルと。
一つだけ言えるとすれば、無駄に高いプライドが邪魔してスリスリとすり寄ってはこないだろう。
「執事様、重々承知しております」と、冷静さを保ちつつぽつりと言う。
「さりとて、貴女の博識には恐れ入る」
「そっそうでしょうか?」
「衛兵から上がった情報によると詰め所で行った紙芝居とやら、中々のモノと聞いております」
中々のモノと――良かったとも悪かったとも言っていない、つまり微妙な感じと捉えたのだろう。
「奇抜なアイディアもさることながら、真面目に勤しむ姿に当家で働く者たちも一目置いたのですよ」
ん!?
「それだけの理由で貴女を、メルネス様の前に座らせるのは分不相応。しかしながら、貴女の身柄を保障すると言いますか――主の前に座らせるだけの価値が十分にあると、さる御仁が言われたのです」
誰が私を押したのか知りたい。
けど、それを口に出して「誰です?」って聞く行為は絶対にしてはいけない。
ただでさえ、法律と社会が整っていない世界なのだから。
私は「そうですかと……」と、ぽつり口にして唇と閉じた。
ふいに老執事は立ち止まりこちらを向くと「話はだいぶ逸れましたが、貴女が創られた物語の朗読、引き続き頼みますね」
その言葉に私は、深く一礼。
老執事は返礼として、柔和な笑顔を私にくれた。
「コホン。独り言ですが――貴族としての責務と、領主から開催してほしいと請願がありましてねぇ」
「っ!」
「メルネス様にお仕えする、老体の独り言です」
「そんな重要な情報を私に話されても良いのですか?」
「かまいません。酒場の片隅で話されても問題ありません。そうですね……追加報酬として夕食代も上乗せしましょう」
「……かしこまりました」と私は言い、老執事とアイコンタトを取った。
二日前のプチ狂乱じみた宴、メルネス様が喜々と開催するとは到底思えずギャップの差に悩んでいたら、そういう事情があったのね。
メルネス様本人としては“仕方なく開催した”と、領民に思ってほしいのだろう。
私はこの国の領民でなく、街に籍を置く者でもなく、利害関係もなければ繋がりもない。
ゆえに風の噂として流すのにぴったりの人物――。
「メルネス様は静かな時を好み、闇に生きるお優しい御方」
「……葡萄の房に垂れる水滴のごとく短い時しか接していませんが執事様の想い、十分に伝わってきます」
「……木の上に居を構える小リスは見目麗しくも聡明な鳴き声を発する――小生、老いてもなお精進しないといけないようです」
老執事は振り向きスイッと背筋を伸ばし、右手を胸に当て深々と一礼してきた。
私も同じように――。
この一帯を治める領主の親族でグランホルム家当主、メルネス様は目が見えなかった。




