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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
黒髪の少女は時(ものがたり)を紡ぐ(つむぐ)
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第34話 冒険者ギルドで見る夢は -その6-


「そこ、客間のトイレ掃除が終わったら次はワイン樽の移動だ」

「なに言ってるのあんた、汚れたままの格好で調理場に入れるんじゃないよ!」

「人手が足りねーんだからしかたねーだろ?」

「まったく……。すぐに着替えて調理場の裏手に来て、遅れるんじゃないよ!」


 私に返答する権限はなかった。

 すぐさま裏庭に周り、庭の剪定用具(せんていようぐ)が置かれた小屋に入り急いで着替える。

 本当は十分程度の休憩をもらえる。けど、いまだ立ち止まることすらできない。

 着替えと湯浴みを済ませたのは朝の七時頃。

 主賓会場へテーブルや椅子、装飾用の飾り付け用具を運び終えるとそのまま厨房に通じる裏庭でジャガイモやニンジン、カブなどの根菜類に付いた汚れを洗い流し、そのまま血の滴る肉の切り分けと下処理にまわされた。

 厨房脇の食品貯蔵室内、テーブルにドンと置かれた肉の塊は全部で五つ。

血抜き処理が甘かったせいかテーブルと床に血の溜まりをいくつも作り、独特の臭いを発生させた。


「それじゃ屋敷内の清掃は無理だね、そのまま厨房の裏手で待ってな。次の仕事を用意するから」


 血で薄汚れたエプロンを見るや若い小間使いはそう告げ、そのまま厨房から出るゴミの分別を命じられ、どうせならと邸宅の端にある馬屋の清掃にも行かされた。

 しかし人手が足りないからとすぐに呼び戻され、衣服を着替えるよう命じられて、客間のトイレ掃除がいま終わったところ。

 同じ列の三人も一応に手伝いはしてくれたけど裏庭に根菜類を運んだところで終了した。

 一度たりとて休まず働き続けて気がつくともうすぐお昼の時間。

 あちらの冒険者ギルドから派遣された女性たちは厨房の隣にある小部屋を休憩室とし、交替で休憩を取っていてドアの隙間から楽しく談笑する声を聞いたとき、自然と涙がこぼれネガネを濡らした。


「女、ワイン樽を会場の裏手に運んだら休憩していいぞ」

「あっあの――」

「着替えてから運べよ」


 厨房担当の雇われ男性コックはそれだけ告げると不機嫌そうにこの場を後にした。


「ほら、あんたもさっさと着替えてくるんだよっ」


 どこか神経質っぽい細身の女性もそれだけ告げると厨房を後にした。

 たしかこの館の給仕をしている人と聞いている。

 名前はたしか――。

 ああ、そうだ。

 別に覚えても私には関係のないことだ。


「おい、さっさと着替えてこいっ!」




  ◆◇◆




 気がつくと夕方。

 お昼ご飯、食べていない。

 休憩、していない。

 息抜きができたのはトイレに行ったときだけで顔や首筋、肘まで汚れと汗と油でぐちゃぐちゃ。

 いまは厨房の裏庭に散乱した根菜類の皮や破片を黙々と集めたり、割れたり欠けたりした食器類を片付け中。

 いくら報酬がいいからといっても、逃げ出したい気分に何度もかられた。

 けど、実行に移す気は毛頭無いし、作業放棄をしたらペルーナ冒険者ギルドに迷惑をかけてしまう。


『お前んとこのヤツは逃げ出すクズしかいないのか?』ってクレーム付きで。


 幸いにも客人がチラホラ来客してきたら作業量は一気に半分くらいになり、私以外に雇われた人たちが慌ただしく動き回るようになった。

 みんな口々に「忙しい、忙しい」と小声で愚痴を言いながら料理を運んだり、客人の背後に立ち荷物持ちをしたり、屋敷で働く小間使いの背後で笑顔を絶やすことなく直立不動で出番を待っていたりと、粛々と仕事をこなしていた。

 午後になって仕事が減ってきたから心に余裕が出て、少しばかり聞き耳を立ててみた。

 主催者はヨフィーナ王国でも屈指のお貴族様で序列は上位。

 この街、ペルーナのトッブでこの付近一帯を治める領主の、ご親族様。

 本日は親しい友人らが集まり王国建国の節目を祝う席で、領主夫妻が一番位の高い客人。

 この湾岸街は王国で五本の指に入る海運と商業の街とかで、点在する海辺の街のなかでは最大規模を誇っていて領主自慢の街とか。

 その領主は王国の首都に館を構え、年に数ヶ月程度領地で過ごす。

 江戸時代の参勤交代みたいものかなと思ったら実際のところ、嫌々領地に帰宅し嫌々数ヶ月過ごすそうだ。

 流行の衣装や宝飾品、贅を尽くした料理が味わえないのが不満とかで、それは普通のことだと雇われ男性コックは言った。

 祝いの席は夜遅くまで続きその間、ひたすら料理を作り続けるとも言い、私の拘束時間は朝から夕食ごろまでで、もしかしたら短いほうなのかもしれない。


「あいつらには絶対に言うんじゃねぇぞ」と、雇われ男性コックはこっそり耳元で教えてくれた。


 見かけと華やかさに釣られるヤツらは馬鹿だ。

 下手にお貴族様に目を付けられた日にはなにをされるか、わからねぇ。

 金があるから高額なチップや、同席している婦人の気まぐれで身に付けている宝飾品を譲り受けたり、不要になった衣類をも貰えたりするそうだ。

 なかには貴族の愛人になって裕福な生活を送っている輩がいるのも事実。

 しかし、うまい話には裏があるからホイホイ釣られるなよとも教えてくれた。

 雇われ男性コック、最初の印象は最悪だったけど、いまこうして共に終わりの見えない戦場という名の激務をこなしているうちになにか通じるものが芽生えたというか、それは男性コックに限ってじゃなくて、厨房で忙しく働く人たちともなんとなく打ち解けたように私の勝手な想像かもしれないけど、そう感じている。


「ルチアとか言ったわね?」


 声の主は背筋をピンと伸ばした小間使い長さん。

 名前は――忘れた。

 背後にあちらの冒険者ギルドから派遣された女性を一人、お供に付け立っていた。


「裏手がひと段落したら食品貯蔵庫内の整理をして」

「かっかしこまりました」

「場所は手の空いた者に案内させるから、それまでに片づけを終わらすように」


 それだけ告げると厨房に通じる扉の向こう側に消え、後ろを歩く女性も後を追うようにいなくなりふと見せた横顔、笑みを隠そうとしていた。


――ギィィ……バタン――


 静かに閉まる扉を眺める私。

 ジャガイモの皮とニンジンの破片と欠けた食器を掴み、立ち尽くすだけの私。

 涙がこぼれてまん丸メガネを濡らしても拭き取る気にもなれない私。

 これで何度目の涙なのかさえ忘れた私。


――ああそうか……――


 私は――とても大きな誤解をしていた。

 あちらの冒険者ギルドとこちらの冒険者ギルド、請け負う依頼内容と依頼料に差があるだけで、同じ冒険者ギルドだって考えていた。

 あちらは難易度が高く責任が発生する依頼が主で、こちらは日々の生活に密着したゆるい依頼が主。

 こちら側、報酬は少ないけど考えようによってはストレス度が低い依頼が多いから、そんなに悪くないかもと思った。

 ハウスクリーニングとか報酬は少ないし地味に疲れるけど、命をやり取りするような護衛任務でもなければ、高額な報酬だけど怪我や時間拘束が長い剣技の先生なんて依頼でもない。


 もしかしたら、元いた世界のニートたちなら率先してこちらのギルドに登録するだろう。

 だって、報酬が少ないだけで責任度が低くて時間も拘束されなくてストレスフリーなんだもの。

 意外とこちらも悪くない、今日の朝までそう思っていたけど、さっきあちら側のギルドの女性がふと見せた笑みを目に焼き付けてしまうと、正直心が折れる。


――ただの笑み――


 それ一つとっても同じ役割を持つ組織なのに、両者の間には深い溝がある事実を感じるばかりで、“私への待遇”と、“あちら側への待遇”の差が、この街での“立ち位置”なんだって肌身を通じた知った。

 で、なんであちら側のギルドが同時登録を拒否るのかも理解できた。


「ルチアとか言ったわね、ドロテ様より伝言よ。明日も同じ時間に来るように」


 目の前、厨房をつなぐ扉は開いていて、さっき笑みを隠そうとした女性は「うらやましいわ。明日もジャガイモの皮集め作業にありつけるなんて、私が替わりにやりましょうか?」と言い、にこやかな笑顔を私に見せてきた。


「えっと……ドロテ様って、誰ですか?」


 そのひと言がいま私にできる、精一杯の返し。


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