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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
黒髪の少女は時(ものがたり)を紡ぐ(つむぐ)
32/42

第32話 冒険者ギルドで見る夢は -その4-


 お尻に火が付いてきた安宿に泊まる女の朝は、早い。

 起きてすぐに歯磨きモドキをして、一分後には昨日の夕食の残り物を水で流し込み、冷たい水で顔を洗いサッと油で保湿、また歯磨きモドキ。

 以上。


 宿屋のおかみさんに一声かけ外に繰り出す。

 歩きながら櫛で髪を整える。

 ペルーナ冒険者ギルドまで約二十分の道のり。

 ここ数日、しょっぱい依頼しかできず今日こそはといつもより二時間早く起きた。

 依頼は基本、自分のランク以下なら受けられるけどランク以上の依頼は×で、加えて早い者勝ちの弱肉強食。

 ギルドの扉が開くのは、太陽が顔を覗かせはじめる朝六時前後。

 冒険者登録後、決まって八時頃のまったり出勤しているせいか微妙なものしか残っていない。

 本当は開店直後に行けばいいのはわかっている。

 けど、逆算すると最低でも五時半に起きないと無理で、とてもじゃないけど毎日そんなに早く起きれない。

 ここ数日、地味に体力を使うハウスクリーニングとかハウスクリーニングとかハウス――しかしていない。

 もちろん手取りも少なく大銅貨二~三枚が普通で、初依頼でもらえた大銅貨五枚以上を超えるものには一度ども出会えていない。

 職種さえ選ばなければいくらでもあるけど私にできる仕事は限られていて、女でも魔法が使えれば『獣からの護衛で隣村』の依頼を受けられる。


「もう少し」


 歩く速度に拍車がかかる。

 少しでも早く。

 あの建物の角を曲がると冒険者ギルドが見える。

 今日こそはいい仕事にありつきたい。

 贅沢はいわない。

 終日分のご飯代と、宿代を差し引いて少しでも黒字になれば――。

 建物の角を一気に曲がる。


「っ」


 数十メートル先、並ぶ列が見えた。

 二十人はいそう。

 早歩きは自然と歩きへと変わり、そのまま足を止めるのにたいして時間はかからなかった。


――カサカサカサ――


 足元、ネズミが数匹走り去っていった。

 あれ?

 視界が歪む。

 なに?

 なになに?

 なんだ、涙だ。

 じんわり(にじ)んだ涙、まとまってほっぺたを伝う。

 笑っちゃう。

 自分で自分のことがわからなくなってる。

 変なの。

 変だよね。

 きっと神様が幸せになれるよう、こちらの世界に呼んでくれたのに、あっちの世界と変わらないんだもの。

 私って結局、ブラック企業から抜け出せない運命なのかなぁ。


『貧乏暇無し――』昔の人はよく言ったものだ。


「帰ろう……」


 あの列に並ぶ気力、私にはなかった。




  ◆◇◆




 宿屋のおかみさんに教えてもらった街を見下ろす高台、今回で二回目で時間帯のせいか誰もいない。

そりゃそうだ、ちょうど朝食時間帯だもの。

 本当は宿に直帰しておかみさんの手料理をいただき、そのままベッドでゴロゴロしたいけど威勢よく宿を飛び出した手前「仕事無くて戻ってきちゃいました」なんて堂々と言えない。

 とりあえず、半日ブラブラしてから戻る算段。

 んで、お金のない私が行ける場所はここしかなく、ただなにをするわけでもなく備え付けのベンチに座り、眼下に広がる街をぼんやり眺める。


「曇り空……」


 私の心模様と同じく空もどんよりしていて、肌に吸いつく湿った空気が街全体の雰囲気も沈ませていた。

 眼下に広がる景色、電柱やネオン看板、交通渋滞もなく、テレビや映画で見た中世ヨーロッパの古い街並みが広がり悪い景色ではなく、嫌いじゃない。

 街の外れ、古びた民家を改装して洒落た喫茶店でもオーブンさせて、まったり過ごせればどんなに幸せかと妄想するも、それは遠目で見るから思えるだけ。

 実際は、レンガや石造りの建物は近くで見ると威圧感があって、路地は薄暗く狭く入り組み、ちょっとした路地裏にでも迷い込むと物捕りや追剥にばったり遭遇する危険性がある。

 物乞いや親のいない子供の姿もチラホラ見るし、路上での喧嘩や言い争いは日常茶飯事で、静かな日々は終日雨模様か、台風が滞在する悪天候の数日、雪降りしきる冬の一日くらい。

 不安定な社会情勢や自然災害は回避する余地が、多少なりともあってどうにかなってきた。

 そう、タロットカードの力を借りれたからだけど、賊との対峙がその一例。

 冷や汗の連続だったけどなんとか危険回避してこれた。


――不安定な生活から脱却――


 簡単だ。

 私にとって造作もないこと。

 上流階級相手に占いをするだけでいい。

 お貴族様の館に招かれ、テーブルにタロットカードを並べ「貴殿には三つの選択肢があります。それは――」と、上から目線で告げるだけで大銀貨数枚が手に入る。

 この世界に私が持ち込んだタロットカードは紙とは思えないほど薄く精巧、色彩豊かで唯一無二の存在。


「占いはせず、カードを見せてくれ」と、テーブルに小アルカナカード(杖と聖杯のスートのみ)を並べただけでお金になったこともあった。


 上流階級を相手に商売――すればカードの呼び出し賃におびえる日々なんて無くなり、湯水のごとく精霊たちの力を使える。

 カードの恩恵を受ける私もそうだけど、出番の機会が増える彼らにとっても悪い話じゃない。


「さぁ~て、今宵は誰を引き当てるかいまから楽しみだよ、ルチア」


 生前、彼らを毎夜呼び出し酒盛りと談笑に耽り、楽しい日々を過ごした。

 パッサリアさんは大アルカナに関しては全員コンプリートしていて、小アルカナは半分くらい(めく)った辺りでぽっくり老衰で亡くなった。

 ゆえに私が跡を継ぎ「フルコンプリートを目指しますっ!」とお墓の前で誓ったけど、このままじゃ当分約束は果たせそうにない。


 大アルカナカードで言えば『THE HIGH PRIESTESS./女司祭長』が三~四回でほかは『THE MAGICIAN./魔術師』『THE EMPRESS./女帝』『THE SUN./太陽』『THE TOWER./塔』『THE DEVIL./悪魔』『STRENGTH./力』らが続き、二十二枚中、呼び出したのは三分の一にも満たない。

 小アルカナカードで言えば五十六枚もあるからざっくり五分の一程度で、大小ともに同じカードを何度も引き当てるから、呼び出した回数の割にフルコンに近づけないのが現状。


「てか、対価の吊り上げが必要ない小アルカナのほうが小回りが効いて便利なんだよね~」


 おっと、大アルカナ群に聞かれたら部屋の片隅、吊るし上げにあってしまう。

 んで、お金に余裕があればいまだって誰かを呼び出し、グチの一つでも聞いてほしい。

 右も左もわからずこの世界に迷い込み、がんばって生きているんだから褒めてよって。

 別に、頭を撫で撫でしてほしい年頃じゃないけど、たまには甘えたい年頃なんだよ。

 で、少し前までへそくり金貨が一枚手元にあって心に余裕があった。

 けど、あの件を境にガラリと変わった。

 “生きているだけで儲けモノ”って頭で理解しているけど……。

 そういえばどのカードが言ったのは覚えていないけど、パッサリアさんとの酒盛りと談笑の日々を懐かしむカードがいた。しかも複数。

 そんな日常を私にも分け与えられるよう、過分なく力を貸すとも言ってくれた。

 その投げかけに私は、可もなく不可もなくの営業スマイルで返した。

 タロットカードを使った貧乏脱出計画、あまり乗り気じゃない。

 理由はただ一つ、貴族や裕福な商人らと関わりをあまり持ちたくなくて、お金を稼げてもハイリスク・ハイリターン過ぎるから。

 とくに貴族は別格。

 下層で生きる者たちを同じ人間として見ていないのがヒシヒシ伝わってくるし、物乞いの老人を足蹴にしていたのを昨日も見かけ、それは日常茶飯事の一コマ。

 もちろん貴族が全員そうじゃないってわかっているけど、そういった輩が多いのも事実。

 だから私にできることは、極力あの人たちと係わらないように行動しなくちゃいけなくて、貧しくても穏やかな日々を守るためにも必要な心構え。


「おやおや、こんな時間に人がいるなんて珍しい」


 声のほうへ振り向くと、一人の老人が階段の最後の段に足を踏み掛けている途中。


「おはようごさいます」と、自分から挨拶。

「はい、おはよう」と、老人はそれだけ言うと私の背後を通りすぎた。


 自意識過剰かもしれないけど、なんとなくこの場にじっとしていられなくなり立ち上がる。

 さて、次はどこに行こうか。


――グゥ――


 お腹、鳴る。

 まずは、安飯屋さんで朝食&昼食をすませよう。


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