第27話 闇夜と私 -その2-
「ルチア大丈夫なの?」
「さぁね」
「おかみさんは原因とか知ってる?」
「知らないね」
「病気とかじゃないといいんだけど」
「まったくだ」
「それより朝食の魚の干した物、悪くないね」
「でしょ。作り方を教えてもらったのさ」
「誰に?」
「そこのテーブルに潰れているやつにさ」
「ルチアに?」
「そうさ。ルチア、早く食べておくれ。朝食を片づけちまうよ」
テーブルからむくりと起きる私。
「ルチア、部屋に戻って食べな。部屋の空気が湿っちまう」
なにも言い返せない私。
「あたしにも干物とやらの作り方を後で教えて」
ファネッサさんの可愛らしい声、妙に気に障る。
理由、とくにない。
ただなんとなく。
「おかみさん、ファネッサさん、病気とかじゃなくてただの二日酔いですから安心してください。それと干物の作り方は後日……」
それだけ告げると相手の返答を待たず階段に足をかける。
「朝食のパン、どうする?」
「食品棚にでも入れて置いてください。あとで取りに来ますから」
「あいよ、あまり無理するんじゃないよ」
「ありがとうございます……」
「それと、猫ちゃん用に干物の残りを用意しておくからね」
「ありがとうございます――」
階段を駆け上がり部屋に戻る。
「ニャア~ン」
ふいに足元、絡み付いてくる小さな黒猫。
ほっぺたをスリスリしてくる。
「ニャニャア~」
「なに?」
「ニャアニャッ」
「お腹空いた?」
「ニャァ~」
「下にいけばおかみさんから干物がもらえるから」
「ニャッ!」
ドアの隙間をすり抜け一目散に階段を駆け下りる。
「あらま来たの、すぐに準備するから待っていて」
おかみさん、よほどうれしかったのか高めのトーン。
「キャ~かわいい。お名前はなんて言うの?」
ファネッサさんの声も聞こえる。
猫が自ら名前を口にするわけないのに。
「うっ」
キュッと胃酸が込み上げてきて口の中いっぱいに広がる。
テーブルに置かれた水差しに口を付け一気に飲み干す。
「ふぅ……」
カラになった陶器の水差しをテーブルに置き、そのままベッドにダイブして顔をシーツに埋める。
あとで水、もらってこよう。
真夜中、帰宅したらおかみさんに心配をかけてとドカンと怒られた。
けど、顔や髪、腕、ローブに土汚れがあるのを見てすぐに察してくれて「大丈夫?」
私は短く「逃げ切りました」
「そう、なら良かった」
それだけ告げるとおかみさんは自室へ戻って行った。
その後部屋で私は、隠しておいた強めのお酒を一気飲みしてベッドに倒れた。
でも、眠れなくて、喉も乾いて、何度も起きて水を飲んで、またお酒を飲んで、そうこうするうちに夜が明けてきてぼんやり感覚の中、外の喧騒で目が覚めてしまい、いまにいたる。
このまま溶けてベッドの一部になったらどれほど幸せか……。
そしたら次に入ったお客さんの夢に潜り込んで、いたずらでもしようかなぁ。
って、なに考えているんだ自分。
瞼が重い。
身体も重い。
吸う空気も重い。
「ニャア~ン」
ふいに鳴き声。
「ゲフッ」
私の背中に飛び乗り足をフミフミ。
「足踏み、やめて」
「ニャァ~」
「重い」
「ニャッ?」
「魚臭い」
「ニャアニャア~」
「寝たいの。邪魔しないで」
「フゥニャ~」
私の背中をひと蹴りするとピョンと跳ね、紺色のスカートの中に潜り込み太股の間で丸くなった。
「オナラが出ても許せよ」
「フニャア~」
主の『./杖のクィーン』はカードに戻ったというのになぜいるのか、まったくわからない。
それに、戻らなくてもいいのかも不明。
二つ、確実にわかっていることがある。
一つはタロットカードの『QUEEN of WANDS./杖のクィーン』の絵柄には大人の黒猫が正面を見据え、倫とした姿で描かれている。
しかしいま現在、絵柄の中に黒猫の姿はない。それとスカートの中にいる成長した黒猫ではなく、小さな仔猫。
もう一つは『./杖のクィーン』が右手に持つ杖の先が赤く染められている現象で、こんな現象は初めて。
二日酔いで頭がズキズキするなか、原因を探ろうと考えるもまったく検討がつかなく糸口さえ見つからない。
「フニャアアア~」
スカートの中で鳴き声。
「なぜ戻らぬ……」
きちんと私の覚悟を、見たというのに。




