第26話 闇夜と私 -その1-
「くそっなんて奴だ!」
賊たちは足元で倒れた仲間に視線を送りながら一歩、また一歩と後退。
そりゃあ後退するわな。
約一分前、私を簡単に落とせると思い囲んだ賊たちに『./杖のクィーン』は「ひと呼吸置いて目を伏せしゃがめ」と言い、言葉通り目を閉じしゃがんだ瞬間、頭上で空気を切り裂く音がした。
杖で強烈なカウンターを食らわし一人をあっと言う間に沈め、もう一人をズンッと踏み付ける音がしてわずか、数秒間の出来事。
危険を察知した賊たちは一斉に魔法強化を唱えつつ、間合いを取った。
残り四人。
「気をつけろてめぇーら!!」
「お頭に言われるまでもねぇ。しっかし、見たことねぇ魔法を使いやがる」
私が伏せた瞬間、背後からナニカが振り抜かれたのだから奇妙に見えて当然。
「暗くてはっきり見えねぇが、女の後ろに誰かいるな」
「お頭は見えるのか?」
「なんとなくだ。ただ、生身のモンじゃねぇのはたしかだ」
その言葉に一斉に緊張が走ったようでさらに距離を取った。
「どうするお頭、逃げるか?」
「逃がしてくれる相手じゃなさそう……だなっ!!」
剣を握り一気に踏み込ん――。
あっ。
ぐぃっとお腹を掴まれ後ろに飛ぶ私。
「気を抜いてはいけませんよ、ルチア」
ゆうに車二台分は背後に飛んだ。
「お貴族様ですら珍しい、飛翔魔法とは恐れ入ったぜ」と、右側から声。
「金持ち商人の娘か?」と、右斜め前から声。
「こりゃあ、こいつの親から身代金をたっぷり踏んだくれるぞっ!!」と、左側から声。
「遊んで捨てるのは無しだ。骨の二~三本折れてもいいから絶対に捕まえろ!」と正面の男、頭の声。
暗闇のなかでもはっきりと感じた。
私を取り囲む賊たちの表情が変わったことを。
「お頭さん、妾は寛大な心を持つ者ゆえ、いまなら逃げても後を追わなくてよ」
「……こりゃあ、女が作り出した精霊の類だな」
「あら、ご名答」
「いや、ただの精霊じゃねぇ。力があり過ぎる」
「あら、さらにご名答」
「お前ら時間を稼げっ。これだけの力の精霊召喚ならすぐに魔力は尽きるっ!」
お頭の声に賊たちはすぐに反応し、距離を取りつつ逃がさないように剣で牽制をはじめた。
「◇■▲▼∞∞≠≧∵~≧¨ΣΦΘΣψζπ~ファイアボゥル!!」
右斜め前の賊の両手にソフトボールサイズの火球がいくつも現れグルグルと回転。
「顔は狙うな、身元がわからなくなる」
「わかってますぜ、お頭っ」
考える時間は少な――。
来る!
――ゴワォン――
「目を瞑れ!」
とっさの声。
――バシュゥ……――
強烈な爆風と焼き焦げる臭い。
土埃も舞ったようで呼吸が土臭い。
「あっ」
フサァと、顔に衣類の触れる感触。
そうか。
『./杖のクィーン』の白いマントが防いでくれたんだ。
「全弾止めたぞ――」
「妾の大切なマントの一部が焦げたぞ、どうしてくれるのじゃっ!」
「そんなの俺たちに言われ――うぇ精霊――」
言葉に詰まる賊。
「お頭、この精霊も捕まえられねぇかなぁ?」
「俺も同じ考えだ。こりぁ身代金よりいい金になるぞっ」
「だな」
地面に両手を付け、目を瞑る私でもすぐに理解した。
『./杖のクィーン』の姿を、賊たちは見ているという事実。
「拘束魔法を使うぞっ魔石を飲み込みすぐに発動だっ!」
魔石は通常、魔導具に入れて使い、蓄積された魔力が切れたら充電式の乾電池のように魔力を補充すると再利用が出来るけど、一つ例外があって魔石を身体に取り入れ使う技術がある。
メリットは瞬発力のあるドーピングとなり一時的に強大な力を保持できる。
デメリットは燃費がものすごく悪くて、魔力の切れた魔石は粉々になって便となり排出される。
この国で高価な魔石を使い捨てる選択肢を選んだ……つまり、私より精霊のほうに価値を見出したと。
まずい。
非常にまずい。
拘束魔法とやらの威力がどのくらいあるのか私は知らない。もしかしたらタロットカードの精霊を捕縛できてしまう可能性だってある。
たぶん、精霊たちもどの程度の拘束力があるのか知らないと思う。
――ジャリ……ジャリ……――
覚悟を決めたのか賊たちの足音が近づいてくる。
「女は両手両足を切って遊んで捨てる。精霊を捕まえるのに集中しろっ」
「拘束魔法だけじゃ不安ですぜ、お頭っっっ」
「なに、これをさっき偶然拾ってな」
「そっそれは……おお、魔力封じの魔導具、どうして?」
そっそれ私の!
「一気に片づけるぞっ魔石を飲み込み拘束魔法をかけろっ!」
「「「おー!」」」
――ブァァン――
魔導具が発動したかと思うと辺り一面がほんのり光りはじめ、こんなのは初めてだ。
さらに賊たちのお腹は光り輝き、口や鼻、目元からも光りが溢れ出し始めている。
「ひょっほぉ~この感覚、最高だぜっ!!」
「グワァァァッ!」
「よし、精霊が苦しみ始めたっ。拘束魔法と魔導具の二重に抗う力はこの世にないっ!」
「やっやめてくれ、身が引き裂かれそうじゃっっ――キャアアアッ」
私の背後、苦しむ『./杖のクィーン』の声は金切り声。
賊たちの足音がさらに近くなってくる。
「お前ら気を抜くなっ全力で呪文を唱え続けろっ!」
「あぅ……あぅあぅ……もぅ妾は……」
「よっしゃあ、成功だ。女はもう用無しだっ両足を切り落とせっ!!」
「妾……意識が……」
「おっと殺すなよ、死体とヤッてもつまらんからな」
賊たちは一歩、また一歩と近づいて来る。
後先考える余裕はもぅ無ぃ。
小アルカナカードの小袋に手を入れる。
対価は――小指の生爪。
それで済むなら安い。
それでも足りなければ二つ三つ追加だっ。
[私の願いを聞き入れこの場に最良の友を呼び出し賜え。対価は生爪、好きなのを剥いでいくが――]
「なぁんてね♪」
「えっ」
「ルチア、一瞬で終わらそうぞ。絶対目を開けてはならぬぞっ」
――ブゥゥン――
またも空気を切り裂く音とともになにかが地面を転がる音。
きっと賊の身体が吹き飛ばされた音だ。
「なっなっなぜ二重拘束が効かないんだ、壊れてるのか!?」
「いや、壊れてなどおらぬ、きちんと発動しておるぞ。それに拘束魔法とやら、中々興味深いものだったわ」
「それじゃさっきの苦し――」
「妾の演技、なかなかじゃろ?」
「なぜ効かぬ?」
「妾はこの世の理から外れた存在ゆえ、魔力封じも拘束魔法とやらも通じぬのじゃよ」
「正真正銘の化け物とはこいつのこ――」
「妾を化け物呼ばわりした代償は死!」
――ブゥゥゥン――
またも空気を切り裂く音、杖が振り回された。
一瞬にして静寂が広がる。
声を上げる者はいない。
なんの音もしない。
終わった!?
すっと立ち上がり目を開ける。
「ぅっ」
ある者は身体を“くの字”に曲げ倒れ、またある者は首が明後日の方向を向いていて、隣には身体が捻じれている者もいる。
――ギァアオォン――
「ウギャァー」
私の背後、甲高い獣の鳴き声と共に悲鳴が上がる。
なぜ獣?
振り向く。
賊が一人倒れようとしている。
「あ」
その足元、黒猫が一匹。
「野良猫?」
黒猫はすぃっと私の足元にくると、目を細め顔を脛にスリスリしてきた。
「ルチア!!」
「えっ!?」
「あれほど目を開けてはならぬと申したろうに……」
「開けてはならぬ――」
あ。
一瞬にして悟った。
カードの『./杖のクィーン』の足元、一匹の黒猫が描かれている。
「妾の一部を見てしまった以上契約は解除され、力はほぼ失われたぞ」
「すっすみませんっ」
「もう杖を振り切る力はない……」
私の背後、あきらめの声。
「どっどうしましょう……」
「立っていられる賊はもういない。ただ……」
「ただ?」
「ほぅれ、そこに厄介ごとが残ってしまったではないか」
私の背後から金色に輝く袖口がぬぅっと現れ、その隙間から白い左腕が伸び、一点を指した。
一部のみだけど初めて見た。
暗闇ではっきり見えないけど、カードに描かれた衣装とそっくりに思えた。
「ルチア、なに惚けておるのじゃ?」
「えっ!?」
「ほれ、妾の指し示した先を見ようぞ」
白い左腕、細い指先が示す先、一人の賊が地面に倒れ震えていた。
「賊の最後の一人じゃ」
――ブゥン――
「ギャッ」
目の前、賊の脇腹に杖が叩きまれ「これ以上の力は出せぬ。〆は其方にまかせる」
結構な杖のひと振りに見えたけど、私が黒猫を見たことによって精霊としての力は十分の一以下になってしまった。
「こいつを逃がす選択肢は微塵もない」
「……」
「其方の名を知ってしまったし、妾たちの存在をも知り得てしまったのだから」
「……」
「其方の覚悟、見せてもらおうぞ」
――カラン――
私の足元、一本の短剣が転がった。
「賊の持っていたものじゃ。なにをするのか、理解しておろうな?」
「……」
「もし、その男に慈悲の心をかけるとするなら、苦しみを長引かせぬことじゃ」
口から泡を吹きながら苦しむ男。
息がうまくできないようだ。
私が手を下す間でもなく、このまま見ていればいずれ死が訪れる。
しかしそれを、許す気はないだろう。
『./杖のクィーン』は私の覚悟を見たいと言った。
「うぅぅ……ぐはっ」
口から血を吐く男。
ガタガタ震えている。
治癒魔法をかければ一命を取り留めるだろう。
でも、そんな選択肢はあるわけないし、許されないし、かけられない。
「ニァアア~ン」
ふいに足元に絡む黒猫。
目を細め、こちらを見る。
なにか言いたげ。
「ニャンニャン」
ローブの裾を噛んでくる。
――チャリン――
「あ」
そうだ、忘れていた。
裾に隠し縫い付けていた。
暗闇のなか、地面で鈍色に光る金貨一枚。
「対価として足らぬが、それで許してやろう」
黒猫はカプッと口にくわえるとそのまま私の背後に回った。
「妾は戻るがなにをすべきか、わかっておろうな?」
少しの時間も残さず『./杖のクィーン』の気配は消えた。
「ニャア~ン」
「えっ」
「ニャオ~ン」
「戻らなかったの?」
「ニャッ」
「それとも、戻れなかったの?」
「ニャッ」
「もしかして、私の覚悟を――見届けるよう言われたの?」
「ニャニャッ」
猫の言葉はわからない。
けど、なんとなく理解できた気がした。
「ニャア~」
黒猫の視線、地面に転がる短剣に向けられていた。




