第25話 ラプンツェルと私 -その3-
「喉がカラカラです」
「あれだけセリフを言えばそうじゃろな」
「疲れました」
時刻は夜。
しかも宿での夕食時間を過ぎて、夜店すら店じまいをはじめる時間帯。
「ご飯、食べ損なった」
「売れ残ったクッキーを食せば良いではないか」
「そうですけどもっとこう、キッツイひと仕事終わった後なのでガッツリ飲み食いしたい年頃なのですよ」
詰め所に連行される途中、こっそり小アルカナカードの小袋から一枚引いたら『QUEEN of WANDS./杖のクィーン』を引き当て、隠れて見守りをお願いした。
絵柄は、纏う衣装は王族の表しの金色で、その上に白いマントを羽織り、凛と整えた髪に女王の冠を載せ、右手に杖、左手に向日葵の花の茎を持ち、王族専用の椅子に腰掛けその足元、黒猫が一匹こちらを見ている。
「なんとも難儀な話じゃな」
「まったくです」
衛兵曰く、稼ぎの三割または、それに相当する対価、つまり現物納めでも可。
現物納めができない私は必然的にお金を納めなくてはいけない。
しかし今回の利益は銅貨二枚。
どうにもこうにもならない状況を打破するため私は一つ提案した。
実際に紙芝居を実演して対価の代わりでどうかと。
その提案に髭面の偉そうな衛兵は「面白い提案だ、受けよう」
お金を取られずラッキーとその時は思った。
が、詰め所で対価の紙芝居を上演すること三回、すっかり喉がやられた。
「喉が乾いたろう?」
と言って出してくれたぬるい紅茶に口を付けたら銅貨四枚を取られ、結局赤字に転落。
まさか衛兵にまでカモにされるとは……。
「踏んだり蹴ったりでしたよ」
「たしかにそうじゃが、考えようによっては悪くない話ではないかな?」
「どのあたりがです?」
私の背後『./杖のクィーン』は柔らかい口調で言った。
納める金がないときは詰め所で上演すること。
足りない分は焼きクッキーでも可。
それでも足りないときはツケも可。
さらに新作を作ったときは真っ先に詰め所で初上演で、もちろん無料奉仕。
「ツケも可ってなんでしょうね?」
「ツケはツケじゃろ?」
「……完全に足元、見られてません?」
「見られておるな。しかもネットリと」
「いやですそんなの」
「しかたなかろう、ここでの法は彼らなのだから」
法は彼ら――。
玉座に座る人物の言葉、無茶苦茶重い。
ズッシリと。
「それで、どのあたりが悪くない話でしょうか?」
「まったく、こちらの世界に来て頭を使う仕事をしないものだからすっかりボケたようじゃな」
ちょっとカチン。
「簡単な話であろうに、検閲じゃ」
「検閲!?」
「そうじゃ、あやつらのお墨付きがもらえるのじゃぞ?」
「あ」
階級の高いインテリ風の衛兵は告げた。
「新作は必ず、詰め所で初上演を行うように」と――。
それってつまり『この物語は衛兵が見て問題なしと判断』と街中に発布するようなもの。
私的には一人の衛兵が言った「面白い出し物だ。新しい物語も見てみたい」と口にしたから単純に『お金を払わず見れる権利』が欲しいと思った。
しかし実のところ『./杖のクィーン』が指摘した通り、衛兵が発行した『お墨付き』が付いてくる(彼らは意図して発行していない)
彼らは初上演というある意味、付加価値付きで紙芝居を一番に見れるがその分、責任が発生する。
「ルチア、先々の事情も考えたか?」
「先々?」
「そうじゃ。もし、其方の作品を盗用しても衛兵たちが証言するであろう『この作品はルチアの物』だと。
「っ!」
そうか、私の作品が盗作盗用されても『お墨付き』があるから、盗んだ犯人はそれを覆さないといけない。が、それはできない現実が確実に待っている。
さらに深く考えると、この街で紙芝居をしようと考える者は私と同様、詰め所で上演はしなくてはいけなく、ある意味『新規参入者の参入意志を阻害』する効力をも持つことになる。
「あやつら、自分たちの都合のいいように話をまとめたつもりが返ってとんでもない約束、反故にできない契約をしてしまったのじゃよ」
「そうなりますね」
「なら、進むべき道は一つじゃろ?」
「なっなんです?」
「まったく脳筋になりよって……」
「しかたないですよ、車もなければ電車、バス、エレベーター、エアコンだってない世界なんですから」
「まっ簡単な話じゃ。二作目は、あやつらの心に突き刺さる演目に全振りすればいいのじゃよ」
「……たしかに」
「妾は宮廷の秘め事物語なり王族恋愛情事、舞踏会戯曲、夜の閨房哲学ならスラスラと書けるのじゃがいかんせん、剣と剣が重なり合う騎士道物語の類には一切アドバイスできん」
「でしょうね」
「それでじゃ、剣の者を引き当て物語を紡いでもらうのじゃ」
「悪くない提案ですね。剣の者を引き当てられたなら」
絵柄を確認しながら引いてもなにも起こらない。
あくまで誰を引き当てるか運、偶然、天命に任せないと精霊として呼び出せない。
「さてルチア、深更にふさわしい風吹くいま、所持金はいくら持つ?」
「なんですいきなり?」
「いくらだと聞いておるのじゃ」
「いまですか、ちょっと待ってください」
濃緑色のローブの内側に手を入れ、内ポケットに忍ばせた小袋の中を探る。
「いまは――銅貨四~五枚でしょうか」
「なんと」
朝、宿を出るとき銀貨三枚以上のお金があった。
しかし、紙と色インク代の支払いで銀貨一枚が消え、次に紙絵をはさむ額縁と簡易架台、それらを収納する革製の鞄などで銀貨一枚、そして街での大道芸登録代として銀貨一枚が消えた。
雑貨屋、夜淵のアリケ店に行くも店は閉まっていて魔力封じの魔導具は売れず、安くてもいいから買い取ってもらえなかったのが地味に痛く、他にも昼食代モロモロで少額を使い、いまにいたる。
「対価は一~二枚あれば十分ですよね」
「そうとも言えんのじゃよ」
「はい?」
「お主は本当に、そちら系の者たちに好かれておるな」
「そちら系!?」
「これで何度目じゃ?」
ハッと周りを見る。
「……」
いる。
暗闇のなか、気配を感じる。
しまった――。
話に夢中になって貧民街の、しかもやばい付近に足を踏み入れてしまった。
宿屋のおかみさんによると、街の北西側は貧民街と廃墟が入り混じった地区で、昼間なら人通りもあってさほど警戒しなくてもいいけど夜はがらりと変わる。そのせいか住む者はいないそうだ。
「妾への対価は見守りと相談料も含め銅貨二枚。仮に残り二~三枚あったとしても剣の者を引けなければ、結末は暗いものとなる」
剣の者なら銅貨二~三枚の仕事でも、金貨や聖杯の者だと業種が違うため数倍以上の対価が必要となる。
大アルカナカードの入った革の小袋はリスク分散を考え宿に隠してきてしまい手元にない。
その行為がまたも裏目に出てしまうなんて……。
「小指の生爪であれば上限の三枚は引けよう。それで良いか?」
「いやです」
「ならどうする?」
「『./杖のクィーン』様のお力でなんとか……」
「……そうじゃな……やってはみるが、其方もそれ相応の覚悟を――してもらう必要があるぞ?」
「覚悟……ですか?」
「そうじゃ、襲撃者の腹にナイフを突き立てる程度の覚悟をな」
あ。
あぁ。
あぁそうか。
あぁ……そうだった。
私はずっと、タロットカードの精霊たちに頼り切りで生きてきた。
そう、自らの手を一切汚さず小綺麗な手のまま、生きてきた。
対価を払ったのだから後はやってよねと、上から目線でお願いするだけ。
しかも何度も。
なんでこんな簡単な事実に気付かないでいたんだろう。
大人として失格だ。
情けない。
ただただ、情けない。
ほんとっ阿呆だ。
「どうするルチア?」
「私って、最低な人間ですね」
「いまごろ気付いたのかえ?」
「そこは『そんなことないぞ』と言う場面ですよ」
「事実を告げたまでじゃ」
「……」
「妾たちの苦労が、気苦労が、少しでも理解できたのなら幸いじゃよ」
「そうですね、幸いですね……」
手が震える。
これはきっと、低賃金で彼らを酷使してきた私への罰。
そうとしか思えない。
「さっきから一人でブツブツと気持ち悪い女だな」
このセリフ、どこかで聞いた覚えがある。
「女、金目の物を地面に置けと言ってもあるわけないか」と、正面から。
「まったくだ、どうするお頭?」と、右斜め前から。
「どうするもなにも、銅貨一枚でも回収して遊んで捨てるだけだ」と、正面から。
「病気持ちはイヤですぜ」と、背後から。
「ならお前はやめておくか?」と左斜め前から。
「ヤリますよ、病気にかからない部位で楽しめばいいんですから」と、またも背後から。
「そうだな。お前ら、全員出てこい」と、正面から。
暗闇のなか、何人もの足音が一斉に聞こえ始めた。
「新入り、お前は一番最後の六人目だ」
「へっへい!」
生爪、安いかも――。




