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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
黒髪の少女は時(ものがたり)を紡ぐ(つむぐ)
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第21話 ヨフィーナ王国 辺境の街、ペルーナ -その7-


 日の光も射さない細い路地裏、ひっそりとたたずむ小さな雑貨屋、店名は夜淵のアリケ。

 お店の正面、使い古された手鏡やサイドボード、鉄製の鳥籠、くすんだ色の食器類、小振りなランプシェードなどが並ぶ店前「お越しいただき、うれしく思います」と老婆、アンネリケさんは深々とお辞儀をしながら口にした。


 ダークシルバー色のロングローブを(まと)い、私と同様に深くフードを被る。


「丁重な挨拶は結構ですよ。もっと軽く接して頂きたく思います」

「私も術者の端くれ、気軽に接するなどできない事情を貴女様もご承知のはず」そうきっぱりと告げ、再度深々とお辞儀をしてきた。


 魔術師はいろいろと面倒で、名誉や地位、名声、貴族階級のほかに序列を決めるのは術式の階層。

 そのなかで階層がもっとも重要視され、地位と名声があろうとも、身分の低い者に頭を垂れなくてはいけなく、そうなると必然的に貴族出身の魔術師は少なく、平民たちより学問を学ぶ機会に恵まれているにも関わらずだ。

 中には魔術を学び使えたとしても隠し通している貴族がいるほどで、ギルベート男爵がそうだった。

 彼は第Ⅲ(3)階層まで術式を組み立てられたが(おおやけ)にすることはなく、こっそり魔術を学んでいた。

 私からすると己の力量を開示し、平民でも優秀な師を雇い研鑽を積めばいいと思う。けどこの世界、その考えはかなり異質らしい。


「ルチア様――」

「……はい」


 牢屋内で私は第Ⅸ(9)階層の術式を見せた。

 敬語をやめないということは、私より階層の低い者となる。


「この街にお越しいただき三日と立っていませんが、暮らしのほうはいかがですか?」

「安くてとても良い宿を紹介していただきありがとうございます。宿屋のおかみさんもいい人で知り合いのいない土地柄、とても助かります」

「そうですか、それは良かった」


 再度深々とお辞儀をすると、この店をどのように知り得たのか尋ねてきた。

 私は隠さず伝えた。

 雑貨街の古着屋の主人、ヨハンさんに教えてもらったと。

 宿屋のおかみさんによると、ヨハンさんの古着屋は街で五本の指に入る老舗で、気難しい人物が切り盛りしていると昨晩、お酒を酌みつつ教えてもらった。

 結局真夜中まで飲み続け久しぶりに二日酔いになってしまい、いまでも頭がちょっと痛い。


「ルチア様、本日はどのようなご用でこちらに足を運ばれたのですか?」

「えっと、様は省略でいいですよ」

「そうはいきません」

「でも、私のほうが年下ですし……」

「……では、こうしましょう。周りに誰かいるときは様を外します。ですが、二人のときは様を付けさせていただきます。これは譲れません」

「でっではそれで、よろしくお願いいたしますっ」

「いえいえ滅相もない。お気を病むことなどございません」そう告げながらまたも深々と(こうべ)()れた。


「今日お伺いしたのは、もし売れるのならと持ってきました」と、麻袋から真っ黒なジュース缶サイズの筒を二つ取り出しアンネリケさんに手渡した。


 なにも言わずただジッと食い入るように見つめ探ること一~二分、パッと顔を上げ「異国……それも山脈の向こう側の国々で作られた物。魔力封じの魔導具ですな」


「作られた場所までわかるのですか?」

「さほど難しくありません。筒の表面にうっすらと独特な図形が刻まれまた、削られた後がありますが底部には文字が記述されていたであろう痕跡も残されておりおそらく、製造地を隠したかったのでしょう」

「なるほど」

「そしてなにより決定的なのは、魔石の使用量に違いがあります」

「使用量?」


 アンネリケさんは筒の先端のフタを開け「内部に魔石を入れ、魔力を火種に着火し、効果は半日前後。その割に魔石の消費量が多く、この辺りでは見かけない魔導具になります」

「見かけないのですか?」

「はい、山脈の向こう側の国々は魔石をふんだんに使える環境にあるのでしょうが、こちら側はそうではありません。鉱山で取れる魔石、低品質ばかりで産出量もさほど多くないのが実情です」

「それでは買い取ってもらっても使い道はないと……」

「いえ、そうとも言い切れません。向こう側の国々の魔導具となると出回ることは滅多にありませんから、分解して研究対象としての価値は十分にございます」

「そうですか、それは良かったです」

「ですが、ひとつ難点があるとすれば――」

「やっぱり買い取りは難しいと……」

「いえ、実は……その……」


 顔を反らしモゴモゴするアンネリケさん。

 研究の対象として価値があると言ったけど買い取ってもそう簡単に売れるものじゃなくて、商品棚に置いてもホコリが積もるのが目に見え、安く買い叩かれる未来が見えているのだろう。しかも二つも。

 襲ってきた賊たちが残したこのブツ、貧乏根性で四つも拾い所持している。一つ拾って後はそのままにしておけばよかった。

 これ以上、アンネリケさんを困らせてはいけない。


「無理なお願いをしてすみません、これは持ち帰りますね。話はコロッと変わりますが教えてもらいたい点が多々ありまして――」

「あっあっあっと、ひとつ難点があると言ったのは――」

「だっ大丈夫です、安宿に泊まっているのであまりお金もかかりませんしっ」

「あっあのですねっ」

「無理言ってすみません、買い取っても売れるかわからない物を――」

「そうではありませんっ」

「ふぇ!?」

「店の金庫に入れてある全てを出しても、買い取れる代物ではないのですっ!」

「はい!?」

「二つで金貨四枚と大銀貨二十枚」

「っ!?」

「外観は瓜二つですが、一つは瞬発力に特化した魔力封じを構築する形で、もう一つは対極的に持続性のある仕様で、共に研究材料としてこれ以上ない逸品なのですっ」

「」


 とんでもない額、貧民街で暮らそうと思えば親子二代に渡って生活できるよ。


「ですので、買い取りたいのは山々なのですが……」

「」


 私の新天地生活、そう簡単に改善できそうにもない現実を、しみじみと感じた。




◆◇◆




「雑貨屋に持っていた物は売れたかい?」

「いえ、売れませんでした。ガックリ」

「買い取ってもらえない物となると、相当なモンだね」

「はい……いろいろな意味で相当なモンでした……」

「で、夕飯はどうする?」

「適当に食べてきたので大丈夫です」

「なら、また干からびた魚でも焼いて今晩も一杯、やるかい?」


 クイッと片手でお酒を飲む仕種をするおかみさん。


「二日酔いがやっと治まったくらいでして当分、お酒はいいかなぁ~と」

「あらそうかい残念だね」

「おかみさんは二日酔いに、ならなかったのですか?」

「あたしゃ問題ないね」

「それはそれはうらやましい限りで」

「あたしも漁港で干からびた魚を拾ってこようかね~」


 おかみさんはそれだけ言うと厨房の奥に消えた。

 朝、目覚めて私が一番にしたことは、トイレに向かってケロケロ。

 それもケロケロの大合唱。

 そんな私の姿を見たのに誘ってくるなんてやっぱり身体の作りが違うのかもしれない。


――カチャ――

――ギィ――

――ばふん~――


 部屋に戻るとそのままベッドにダイブから~の手元に転がるジュース缶サイズの魔導具に魔石のかけらを入れて明かりを付ける。

 ぼんやり鈍い光を放つ魔導具、アンネリケさんの言った通り魔石の消費量がとても低くバーリアント聖国の魔導具とは大違い。

 魔力がない私が使える数少ない魔導具の一つで、魔石のかけらを入れると自動的に点灯し、火を使わないからごろんと転がしても問題ない。


「疲れた……」

「眠い――」

「お風呂、入りたい」


 宿から少し離れた場所に公衆浴場があって一回の料金は銅貨三枚。

 茶色レンガ造りの壁に『本日臨時休業』と看板が掲げられ、失意の内に帰宅。

 炎系の魔法が使える人なら浅めに溜めた水に両手を入れて湯を作ることも可能だけど、もちろん私には関係のない話で扱える人がただただうらやましい。


 ちなみに浴場は薪と可燃物ゴミで水を沸かし、魔法だと効率が悪過ぎて「業火の強炎で焼き尽くしてやるっ!」なんてセリフを吐きながら炎魔法を繰り出すのは難しく、良くて「キャンプふぁいや~♪」程度。

 ほかにも異世界あるあるの「クリーン魔法でエィッ!」みたいな魔法もあるっちゃあるけど、もちろん私には関係のな――(以下省略)


「いまだ私って、外様なんだろうなぁ……」


つと思う。

 元いた世界の価値観でこの世界を見ている――。

しかも心に『○○○は根本的に間違っている』と否定的な考えを取り、最初から拒絶の構え。


「あかん……」


 この考え方、治さないといつか自滅してしまう。

 そう、悔いの残る形で。


――パタパタパタ――


 ふいに廊下を歩く音。


――カチッ――

――ギィ――


 お隣のファネッサさんが帰ってきたんだ。

 廊下からの音は薄いドアのせいかよく聞こえるけど、安宿の割に隣部屋からの音はほとんど聞こえず静かなもの。

 きっと日本家屋と違って、厚いレンガ造りの壁が影響していると思う。

 ファネッサさんといえばスラリとした体系に、ライトゴールド色の金髪がチャームポイントで、いつも無造作に髪を束ねていて、元いた世界なら確実に女性誌の表紙を飾るモデル級。

 雑貨屋のアンネリケさんも同じライトゴールド色の髪で深く被ったフードの奥、ちらりとしか見えなかったけど所々白髪混じりで雰囲気からして年齢は、六十五前後と推測。


 時折見せた言動と所作(しょさ)からして『ただの雑貨屋』の女主人でないのは明白で、牢屋内で私を検分した事実をも考えるとこの街でそこそこ名の知れた人物なのかもしれないと推測――したけど、宿屋のおかみさんは『ガラクタ屋の女主人』としか思っていないらしく、どうにも状況が錯綜している。

 多少なりともお金になればと思っていたから買い取りが叶わなかったのはかなり痛く、当分この宿からの引っ越しは無理そうだ。


  無理といえばアンネリケさんは興味深い話をしてくれた。

  自分の魔術は第Ⅷ(8)階層が終点で、Ⅷ(8)階層とⅨ(9)階層の差は数字以上に大きく、才ある者でないと第Ⅸ(9)階層以上の術式は描けず、いわゆる一つの壁となっているそうだ。

 なぜⅧ(8)階層以上の術式は才ある者しか展開できないのか?

 単純な話、身体に無理がかかり最悪死にいたるからと。

 死の危険を冒してまで無理して術式を描き展開することは愚かな行為であり、それは広く一般に知られている事実とも付け加えた。


 しかし、しかしだ。

 パッサリアさんからその辺りは一切教わっていなくて、それってつまり『強者の論理は非常識』ってやつだ。

 天才的なスポーツ選手は指導や監督が苦手なように、魔術の階層が高い者たちはⅡ(2)階層や、Ⅲ(3)、Ⅳ(4)階層で立ち止まる者たちの悩みに気付かない、気付けない――。

 アンネリケさんの目の前で「Ⅶ(7)、Ⅷ(8)階層?、ウォーミングアップですよぉ~」なんて口を滑らせなくて本当に良かった。

 ふぁ。

 一気に睡魔が襲ってきた。

 がお~って。

 このまま寝ちゃっても、いいよね――パトラッチュ。


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