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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
異世界に降り立つも神々に愛されなかった少女--。
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第02話 老人と私 -その2-


 (すす)けた小窓の向こう側、うなだれる老人が脇道に入るまで路地をジッと眺めた。

 腕時計をチラリ。


「三時か、思っていたより時間がかかってしまった」


 つい独り言。


「夕食、どうしようかなぁ。食欲ないし、パンとミルクでいいかぁ」

「不摂生は身体に悪いぞ」


 背後から声。

 テーブルを見る。

 カードが一枚めくれている。

 片づけ忘れた!?


「おいおいどうした?」


 肩の後ろ辺りから生温かい下卑(げび)た声。

 ハッと振り向こうとしたけど(すんで)(ところ)で止めた。


「そんなに警戒しなさんな」

「する」

「少し前まで俺様を指先で(もてあそ)んでおいてそれかよ」

「そうよ」

「久しぶりに引いといて素っ気ないな」

「勘違いしないで。私がひいたんじゃない。あの老人の運命が、貴方を導き出したの」

「ふんっ」

「もう一度、強く言うわ。勘違い、しないで」

「おっと、そーだったーなー」

「なにその棒読み?」

「いやなに、久しぶりの上から目線会話を楽しみたいと思ってね」

「……」

「それより熱い茶を淹れてくれ。甘さ加減はわかっているな?」

「チッ」

「下手で見え透いた嘘な舌打ちはヤメろ」

「チッチッチッ――」

「フハハハッ」

「……」


 駄目だ、これ以上なにを話しても『THE DEVIL./悪魔』の思うつぼ。


「とびきり熱い茶を淹れるから少し黙ってて」

「頼む。業火で煮込む地獄の鍋より熱い茶をな」

「甘さは前回と同じでいいのね?」

「そうだ。カップの中で山ができるほどにな」

「ハッ、悪魔が超々甘党って知ったら明日から教会の聖水は死ぬほど塩辛い水になってしまうわ」

「うへっ、それは勘弁だ」

「本当?」

「んなわけあるかいっ」

「クッ」

「人間だって甘い物が好きな奴もいれば、辛い物が好きな奴もいる。悪魔だって同じさ」

「たしかに……」

「一つ良い事を教えてやろう。一部の奴らを除いて俺らは、ほとんどが甘党だ」

「面白い冗談ね」

「あっちの世界には甘味がなくてな。それでだ」

「どうせ嘘でしょ」

「お前が元いた世界、塩で邪気を払う文化があっただろう?」

「あっ」

「この世界でも同じだ」

「……」

「おっと、一つ訂正しなくちゃなんねぇなぁ」


 下卑(げび)た声がいままで以上に耳元にかかり首筋に鳥肌が立つと同時に、身体が硬直したような錯覚を覚えた。


「そんなに緊張しなさんな」

「しないほうがおかしいわ」

「なに、お前が元いた世界ではなく――お前と俺たちが元いた世界――だろう?」

「そうね……」


 肌寒いとある日の深夜、深い霧を抜けると私たちは異世界にいた。


「会話、十分楽しんだ。そろそろ茶、用意してもらおうか」


――キキッ――


 椅子を引く音が聞こえる。

 老人が座っていた椅子だ。


――ジャァ~――


 ふいに床になにかがこぼれ落ちる音がした。


「茶は淹れたてに限るな」


 老人が残した飲みかけを床に捨てたのだろう。


「グルメな相手は面倒だわ」と、呆れた感を演出しつつ言うも「フンッ」と鼻で笑い返答としてきた。

「好き嫌いのない悪魔は最悪だぞ。見境なく嘘を吐くし、お前の糞尿でも喜んで食らうぞ」

「ぅえっ!!!」

「ゆえに俺様が召喚された事実に感謝しろよ。そうさ俺は節度と義、信用を重んじる紳士的な悪魔」

「……」


 私は無言で壁掛けの棚に向かい、一番上の段に置かれた小さな小箱を取り出し「ダージリンとセイロン、アッサムほか、なにがいい?」と問いかけた。


「アールグレイはあるか?」

「アールグレイね。アールグレイ……アール……あったわ」

「しっかりカップを洗い温め、適正時間の五倍以上浸した濃いヤツを頼む。砂糖は山だぞ」

「ふぅ。グルメな悪魔は面倒」

「おっと、好き嫌いのない悪魔がお望みなら――」


 私は大きな声で「それ以上言わないでっ!!」と叫び、言葉をさえぎった。


「俺はお前のこと、嫌いじゃないぞ。こうして悦楽な時間を過ごせるのだから」

「……お土産に三つ、付けてあげる。なに味がいい?」

「そうだな……適当に選んでくれ」

「わかった」

「あとどのくらいあるんだ?」

「そうね……三十もないわ」

「そうか……」


『./悪魔』はぽつり言うと黙ってしまった。

 小箱に入っているのは、たまたま旅行用の大型キャリーケースに入っていたティーパックの紅茶。

 向こうの世界から持ち込んだものは、数日分の着替えとソーラーパネルで動く腕時計やスマホ、デジタルカメラ、数冊の本に、筆記用具、オペラグラス、紅茶、そしてタロットカード。

 私はいま、辺鄙な街のとある片隅の一軒家を借り、占いを生業として生計を立てている。


「千秋――いや、ルチア」

「その名前で呼んでくれるのは貴方たちだけね」

「まあな」

「なに?」

「金、あるのか?」

「まぁ贅沢をしなければ、なんとか生きていけるわ」


――ジャラジャラ――


 テーブルの上、金属の擦れる音がした。


「これだけあれば当分は働かずに暮らせる」

「対価無しでもらうお金ほど怖いものはないわ。しかも『./悪魔』からなんて」

「対価?、あるぞ」

「えっ」

「土産の対価だ。受け取れ」

「あっと……」

「対価無しでもらうものほど怖いものは、ないからな。しかも人間からだぞ」

「……っ」



 それからひととき『./悪魔』との会話は思っていたより花が咲き盛り上がった。

 私は『./悪魔』の姿を見たことがない。

 けど、タロットカードに描かれた絵姿からだいたいの想像は容易につく。

 私の背中越し『./悪魔』は雄弁に語り、一つ注文を付けてきた。

 こちらの世界の紅茶は、えぐみが強くくすんだ味ばかりで美味しくない。

 だから品質の良い茶葉を見つけろと。

 もちろん対価は払うと言ってきた。

 タロットカードへ帰る間際『./悪魔』は言った。


 一蓮托生、俺たちを頼れ。

 俺たちもお前を頼る。

 俺たちにとってこの世界の理は、ぬらりと肌にまとわり付く。

 お前がいなくなれば俺たちは消える運命にあるに違いない――と。


 私は聞き直した。

 そんな重要な情報を、ベラベラと喋ってよいのかと。


「いまさっき言ったろ? お前がいなくなれば俺たちは消える運命と――」


 私は、二の次がでなかった。



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