第19話 ヨフィーナ王国 辺境の街、ペルーナ -その5-
なるへそ、じっくり見ようと思うと半日はかかりそうだ。
宿屋のおかみさんに教えてもらった街の南西に位置する雑貨街、とくに中古品がメインのお店が立ち並び、古着屋から中古家具、中古武具、陶器専門店、建築関係、そして魔道具屋。
石畳みの舗装道路の左右は、レンガ造りの二~三階建ての家々が並び、一階部分が店舗になっている形が多く、食べ物の露店もちらほら見える。
細い路地裏にあるお店を含めると、ヨフィーナ君主国内でも有名な雑貨街とかで近隣の街や村からここを目当てに訪れる人もいるそうだ。
おかみさん曰く、数日前に雑貨街挙げての一斉値引き期間があったとかで、当分の間は閑散していると言っていて、たしかに人通りはまばらでどこのお店の人も『とりあえず店を開けておくかー』感の強い雰囲気を出していた。
「そこの人~安くするよー」
声をかけてきたのは古着屋の白いシャツが似合う若い兄ちゃん。
「ちょうど王都から流れてきた帽子とローブがあるんや、見ていかん?」
「いえ、結構です」
「これなんだよ、ほら。いい色でしょ?」
ここの人ってとりあえず人の話を聞かない人が多いよね。それともこれが普通の接客なの?
「流行の色から外れたとかで、安く流れてきたんや」
「ほー」
「なかなかいい色でしょ?」
私の濃緑色のローブと対象的にベージュ色が栄える逸品。
サイズは若干大きめで、袖口と襟元に花柄の刺繍もあってなかなか可愛く、裏地は豪華に朱色一色でたしかにいい品だ。
私が一番気にかかったのはデザインで、衣類一つとっても国が変わるとがらりと変化することに改めて気づいた。
「これだと汚れが目立ちますよ」
「なに言ってるの、自分の好きな色に染めればいいんだよ」
「なるへそ」
「ほれ、向かいの染め屋に持っていけば何色にもしてくれるよ」
「たしかに」
「それに、その髪も整えてもらえば?」
若い兄ちゃんの視線、フードの奥の髪に向けられていた。
「キコの実で染めたんでしょ。あれは職人向けだって」
「いいんですっゴワゴワ感あってもっ」
プイと顔を反らす。
「ごっごめん」
髪質のことよりも、髪に視線がいっていたのが怖い。
「なにやっているんだ」
お店の奥から低い声。
「若いのが失礼したね」
杖をコツリコツリと付きながら現われたのは額に深い皺がいくつも重なった老人で、雰囲気からしてこのお店の店主のよう。
「店の裏手で生地の整理でもしてきなさい」
「はぁい」と、けだるい返事をひとつすると若い兄ちゃんは店の奥に消えた。
「年下だからといって粗暴な言葉を使うんじゃないよ、もう」
「え!?」
「なにか?」
「年下に――見えます?」
「見えるもなにも、そのままじゃないかね?」
「まぁそうですよね……」
見た目は子供、中身は三十台半ば女子、してその正体は――。
あ、クレープより焼きサバ定食のほうが好きです。
お酒もカクテルより、ゴリゴリの芋焼酎をロックで。
そういう年頃なんですっ。
「うちの者が失礼しました」
「いえ、お気になさらず」と言いつつ営業スマイルを一つ。
「失礼ですが……そちらのローブはどちらでお買い上げですか?」
「いえ、譲り受けたものです」
「ご家族から?」
「まぁそれに近い感じですね」
「近い感じというのは?」
「私を、たいへん可愛がってくれた方とでもいえば――いいでしょうかね」
「ふむ……。その方と血の繋がりはなくとも、とても親しい間柄だと?」
「はい。その方の――最後を看取りました」
「そうですか……」
「もう昔の話なので涙も出ませんから」と、ちょっとおどけてみる。
老人は柔和な笑みを浮かべつつ「使い古されていますが、中々にたいへん良い品とお見受けしましたので」
「どの辺りがです?」
どうせお世辞だ。
私を言いくるめてみろやー。
「そうですね。まず第一に、生地の目が詰まっていて縫い代も丁寧かつ、襟元の処理にムラがない辺りですかね」
「ふむぅ……」
「さらに、濃緑色は染めるのが以外に難しく、少しでも配合調整を間違えると濃灰色になってしまいます」
「むぅ」
「もう一つ付け加えるとすれば、気品が見受けられます」
「気品?」
「はい。私の勝手な推測ですが、そう、さるやんごとなき御方の幼少時の一片を飾るものとして作られた――」
「なんとも物語にでてきそうな逸品ですね」
「お褒め頂き、うれしく思います」と、老人は告げると右手を胸に当て恭しく頭を垂れた。
負けた。
ガックリ。
「さっさすがは衣類専門店のかたですわ、オホホホ――」
再度恭しく礼をする老人。
「お嬢さん」
辺りを見回す。
しかし周りに誰もいない。
「いかがされましたか?」
「と、お嬢さんとは?」
「はい?」
「はいい?」
「お嬢さんとは、貴女様のことですが……」
この世界に来て一年半、ここまで丁重に扱われたのは初めてなんですけど……。
「なっなんでしょうか?」
「もしよろしければ、店名と、私の名を覚えてもらいたく思います」
「……」
「ご無理なら――」
「いえ、そうじゃなくて……なぜここまで丁寧に接してくれるのかわからず――」
「そうですね……。では、単刀直入に申し上げます。貴女様が身に付けておられる濃緑色のローブ、この国でも限られた人物しか所有しておりません」
「えっ!?」
「まして普段着として使われている人物はほぼ間違いなく、貴女様以外いないでしょう」
「……」
私は、薄々勘づいていたけど引き延ばしにしていたとある事柄に、答えを出さなくちゃいけないんだと、思い知らされた。
これはパッサリアさんから譲り受けたローブで、十代の頃、自分が身に付けていたものだとぽつりと言った。
山奥のなかで一人生活をしていた割にテーブルマナーや言動、所作、ふとした仕種に品があって「もしや、どこぞの国の貴族様ですか?」と尋ねたことがあった。
「以前にも言ったろ。さる学院で教師をしていたから必然と身に付いたのさ。それに貴族なんかじゃないよ。どちらかと言うとお姫様さね」
と、冗談混じりにきっぱりと貴族じゃないと言い切った。
「すっすみません、限られた人物しか所有――とは、もしや――」
「はは、申し訳ございません。話が長くなりまして……」
「私の名はルチアと申します。もしよろしければ、こちらのお店と貴方様のお名前を教えて頂けませんか?」
「……ありがとうございます」
「それと誤解なきよう改めて言いますが、元の持ち主と血縁関係はございません」
「血縁関係がなくとも、貴女様を大切に想っていたからこそ、託したのでしょう」
老人は柔和な笑顔をひとつ。
ふいに私は一つの疑問にぶつかった。
この濃緑色のローブについてこれまで誰も指摘をしてこなかった。
それはギルベート男爵夫妻にしても、街の衛兵にしても、バリアムトの古着屋のおかみさんもそう。
気にかける者は誰もいなかった。
ただの薄汚れたローブに見えたから?
相当レアな品だから?
珍しすぎて逆に知る人がいなかったから?
いや――違う。
この老人に聞けば教えてくれるだろう。
でも、なんとなく聞く気になれなかった。
ヨフィーナ君主国は建国してまだ日の浅い国。
以前の国名はたしか――パルティ・サリア王国。




