第18話 ヨフィーナ王国 辺境の街、ペルーナ -その4-
「あまり変わらないか……」
宿屋のおかみさんに教えてもらった街を見下ろす高台に立ち眺めると、バリアムトよりかなり大きいけどさほど高い建物もなく、こちらの世界に来て以来、見慣れた光景のひとつとしか言いようがない。
違う国の違う街に来たのに目新しさがないのは単純。
街の中心には石造りの豪華な建築物がいくつもあって、その周りを取り囲むように富裕層が住むであろう住居が立ち並ぶ。
中心から離れるほど低くて粗末な家々が見えはじめ、安宿から少し離れた場所に高い壁が見える。
この街の名前のベルーナは『三日月形』の意味とかで、海沿いにあるせいかたしかに三日月形に見える。
市場や飲食街は中階層と下階層の住人が住む境目に集中していて、国は違えど街の造りはどこも同じなんだと気づかされた。
違うとすれば海沿いという点と気温くらいで、あきらかに山脈の西側のバーリアント聖国よりこちら側は気温が低く、街を歩く人たちの衣服も長いコート系がメインで、露店で売られている衣類も厚手の生地の衣類が売れ筋のようだった。
まぁいろいろと隠したい私にとってそのほうのが助かる。
小一時間前、宿で銅貨四枚の昼食を食べていると、おかみさんは「これは……」と言って私の髪を手に取りマジマジと見つめた。
「焦げ茶色の髪、キコの実で染めたのかい?」
「はいそうです。うまく染まらなくて……」
「あの実は職人向けだから長持ちするけど、髪質がゴワゴワになっちまう」
「そうなんですよ、それでこんな風に後頭部で無理やりぐるぐるお団子にして誤魔化していると……」
「おだんご?」
「あ、地方の言葉でクルクル巻きの玉巻きをお団子と言います」
「そうなんだ。で、腕のいい染め屋を紹介するけどどうする?」
「お金が貯まったらお願いします」
はぁ……また嘘を付いてしまった。
本当はお金があっても理髪店、こちらで言うところの染め屋にいくつもりはまったくないし、行きたくてもいけないのが実情。
賊曰く『好き者なら家一軒の値段で買い取る』なんて言われたらとてもじゃないけど他人に触らせられない。
この世界に来て何百人の老若男女を見てきたけど黒髪の人に出会ったことはなくて、茶色か焦げ茶、ブロンド、シルバー等々がほとんどで、たまに見かけるのは赤茶けた髪色の人がいる程度。
バッサリ切ってショートヘアにして染めればいいだけって、わかっている。
けど、元いた世界からずっと伸ばしてきたのに、バッサリ切ってしまうと自分の一片を失う気がして切るに切れない。
それに、切ってしまうとタロットカードの精霊たちとの縁も切れてしまうような気がする。
もちろん私の勝手な想像に過ぎないけど、なんとなく伸ばしていたほうがいいような気がしている。
「あ」
ふいに鼻先に潮の匂いが付く。
もう何年も嗅いでいなかった海の匂い。
街の外れに見える海、キラキラ光っている。
「違う……」
追い出された街、バリアムトとやっぱり違う、いっぱい違う。
「ここは新天地」
すっかり忘れていた。
この気持ち。
楽しまなきゃ。
「見に行こう!」
海のある街、ペルーナいいぢゃん。
◆◇◆
カモメが翼を広げ優雅に舞い、汚れを知らない青い海がぶぁっと広がるなか、白い帆を膨らませ快走するヨットたち。
心地よい海風は澄んだ潮風を街に届け、レンガ造りの漁港路にはいくつものお店が立ち並び、ピッツァの焼ける香ばしい匂いに釣られついお財布の紐もゆるみ――なんて光景は一ミリもない。
「やずぃよーやずぃよー買っていきなぁー」
「大銅貨一枚、大銅貨一枚、そこのおっちゃん見ていってや、隣んちのとはワケが違うっ」
「んだてめぇうちの商品にケチつける気か?」
「正直に言ったまでだっ!」
ハッとフラッシュバックのように上野アメ横の露店が脳裏に広がり、目を閉じると「千円、千円、マグロ千円!」「さぁもう一つ追加で載せちゃえ載せちゃえ、はい千円!」と、ハイレゾで脳内に広がった。
左手は濁った緑色の海で、岸壁には何隻もの帆付き漁船が停泊。
右手はみすぼらしい露店がいくつも並び、レンガが敷き詰められた舗装道路は様々な汚れが入り混じり黒々としていて、漁港のせいかガタイのいい男性が多い。
「そこの嬢ちゃん、一匹どうだ?」
テーブルに魚を並べただけの露店の店主、口に煙草をくわえ右手に魚を掴み「この時期はこれで決まりだ、安くするぜ」
「なんてお魚ですか?」
「名前!? そんなの知るか。魚は魚だ」
「ふぇ?」
「この辺の者じゃねぇな?」
「はっはい、山のほうから来まして――」
「だったらこの魚を食ってけ」
「生で?」
「なに言ってるんだほれ、あそこで買った魚を焼いてくれるんだ」
店主の指差す一画、レンガを積んだだけの簡素な立食式焼き場がいくつもあって人だかりになっていた。
「どうだい姉ちゃん一匹?」
「一人じゃ食べきれないですよ……」
「だったら半身だけでもどうだ?」
「おいくらですか?」
「銅貨三枚でいいぞ」
「まぁそれなら……」
「よし決まりだ。少し待ってな」
店主は魚をまな板に置き包丁を手に取った。
「身を串に刺すか?」
「はっはい、お願いします」
「塩は振るか?」
「おっお願いします」
「なら銅貨一枚追加だ」
「はい……」
してやられた。
完全に観光客狙いだ、この人。
銅貨四枚をテーブルに置く。
「この魚は適当に焼いてもうまいぞ。とくに焦げた部位がまたいいんだ」
「そうなんですか。……ちなみにですけど、調理方法は何種類あります?」
「調理方法だ? そんなの焼くか煮るかに決まってるだろ?」
「ですよねー」
「おっと生はやめときな」
「なにか危険でも?」
「うまくねぇから」
「ですよねぇ~」
まぁそうなるわな。
とれたて新鮮できれいに捌いてもらっても、醤油がなければ刺身の美味しさ半減はあきらか。
異世界あるあるなら醤油造りに没頭して見事成功&食文化を変えてしまうのだけど、私には軍資金も頼れる人材もコネもなくて第一、材料すら手に入らない。
「出来たぞ。初めてだから焼き場まで持っていってやる。ついてきな」
「ありがとうございます」
二本の細木に刺さった切り身は秋刀魚サイズで、色は薄橙色でシャケに近い感じ。
そういえば、川魚は食べてきたけどこちらの世界の海の魚は初めてだ。
焼き場は歩いて二分。
魚を焼く臭いと白い煙がもうもうと立ち込め、ちょっと目に染みてまん丸メガネを曇らせた。
店主は焼き場の端にちょこんとある、お一人様用っぽい場所を選んでくれ網の上に捌いた魚を置くと、手を振りながら去っていった。
赤レンガで組まれた立食式焼き場は縦型洗濯機サイズで、火力は炭。火柱がちょいちょい上がっていて、これならすぐに焼けそうだ。
切り身から油が滴り落ちて、ときおりジュワッと白い煙が上がる。
「あの店主から買ったのか?」
振り向くとガタイのいいお兄さん。
「あいつなら銅貨二枚でいいぜ」
「あっはぃ……」
そうだよね、ボランティアで焼き場を管理するわけないよね。
ローブの内ポケットから銅貨を取り出しお兄さんに渡す。
「焼き方はわかるか?」
「だっ大丈夫です」
「なんでも教えるから頼ってくれ」
「あっありがとうございます」
お兄さん、親切心で言ったのかそれとも焼き賃を取ろうとしたのか微妙な感じ。
まぁたぶん、後者の気がする。
悪いことじゃない。
これが商売なんだ。
それに銅貨二枚なら十分安くて良心的と言えよう――なんて考えていたらすでに切り身の下側はいい感じに焼けている。
裏返し~。
――ジュワァ~――
ん~美味しそうな焼き匂い。
もう少し塩多めに振ってもらってもよかったかもしれない。
ちょっと焼きが早すぎる感じ。
火力の弱い場所にズラしてチロチロ焼こう。
「ふぅ」
少し落ち着いた。
ぐるりと辺りを見回す。
男女比率はざっくり七対三。
階層は、平民ばかりで貴族や裕福そうな商人、衛兵、聖職者などは一人もいない。
こちらの世界、身に付ける衣服や装飾品でどの立ち位置にいる人物なのか明確にわかる。
平民が無理して着飾るなんて皆無で、その逆もまずありえない。
あるとすれば、良からぬ理由で変装するくらい。
そう、占い屋をやっていたときに訪れたお客さんたちのように。
お客さん、みんな裕福で占い料も安い値段でなかった。
けど、利益の七割を男爵らに持っていかれていた。領民権やら滞在費、特別人頭税と称して。
たぶん七割のうち、一~二割くらいは税務官が余分に徴収していて懐に収めていたと思う。いくら男爵でも七割も利益を持っていくような鬼じゃないと思う。税務官はそういう奴らの集まりだからあきらめるしかなかった。
「さてさて……」
逃避行でたどり着いたはいいものの、なにして食べよう。
また占いで?
それなら簡単。
けど、違う職種でも食べていけるようにしたいし、そうしたほうがいい。
んで、いま私にあるのは無駄な知識のみ。
しかも、誰も信じてくれそうにない知識ばかり。
物質は原子と分子からなり、宇宙は広大で、リンゴは惑星の中心に向けて落下し――なんて言っても誰も信じてくれず、狂人扱いされるのが関の山。それに地動説に異議を唱えた日には異端者扱いから~の絞首刑コース。
異世界あるあるなら様々な生活必需品なり武器、役に立つ魔導具の発明などで異世界無双に拍車をかける。
が、現実はそう甘くなく、鉄の薄板一枚作ってもらうにもお金がかかり第一、鉄鋼工房にツテもなければコネもない。
そうなると……飲食関係しか思いつかない。
とりあえずジャガイモをカットしてフライドポテトや、鶏肉を使って唐揚げでも揚げればそこそこ成功すると思うけど、食用油って以外と高価な品でジャブジャブ使える代物じゃなくて高級料理になってしまう。
だったらやっぱり醤油さえあれば照り焼きチキンなり豚バラのしょうが焼き、煮つけだって作れる。
新鮮な魚が使えるなら海鮮丼とか絶対にいけると思うしなにより、自分が食べたい。
あ、お酒もいいな。
この世界のお酒は総じて度数が低く種類も限られるから、物珍しさで高く売れると思う。
おっと、ピザや惣菜パンならなんとかできそうかも。
うん、考えれば考えるほど占い以外で食べていけそうな気がしてきた。
んじゃ手始めに――。
「嬢ちゃん、焦げてるぞ」
「あ」
「あ、じゃないだろ」
「すみません……」
つい考え事に夢中になって周りが見えなくなってしまうこの癖、治そうと努力しているけどそう簡単に解決する問題じゃない。
最近は少しマシになったんだけどね。
「焦げてるって」
「あわわ」
また考え事を。
焼き焦げた身に刺さった細木を掴む。
「アチッ」
「なにやってるんだもぅ」
お兄さん、網に焼き付いた身を手際よく剥がすと、私の手元のレンガの上に置いた。
「ありがとうございます……」
「しっかりしろよ」
「はぃ」
怒られた。
年下に。
ツイッと周囲の目がこちらに向く。
……。
すぐに視線は散らばった。
どこかいい場所は……と、焼き場から離れトテトテと岸壁に向かい、一人地面に座る。
ふぅ。
辺りを見回す。
誰もこちらを見ていない。
よしっ。
カプリと噛み付く。
「アチッ」
火傷しそう。
再度カプリ。
うん、美味しい。
味は鮭に似ているけどまったく別の魚だ。
塩味でも十分美味しいけど、これに醤油がたらりと垂らせればよりいっそう食が進むこと間違いない。
「醤油かぁ」
いまの状況だと、作るの無理だけどいつか作ってみたいなぁ。
とりあえず、食べていける職を考えないと。
再々カプリ。




