第17話 ヨフィーナ王国 辺境の街、ペルーナ -その3-
「一日、大銅貨二枚と銅貨二枚。三日以上なら大銅貨二枚にするよ。飯は一食、銅貨四枚。食べたいときは言っておくれ」
「朝昼晩で注文できるのですか?」
「そうだ。そのかわり期待はしないでおくれ。どうするね?」
「それでは十日分の宿泊をお願いします」
「十日も!」
「はい。少し安くなったりします?」
「二食分の食事をタダにするよ。それ以上は無理だ。どうする?」
「それでお願いします」
「まいど!!」
焦げ茶色のショートヘアが似合うおかみさん、不機嫌だった表情はくるりと変え、なんとも現金な人だ。
背格好と雰囲気からして五十台と推測。ちょっとふっくらした感じがなんともいい味を出している。
「荷物はそれかい?」
「はいそうですが、なにか?」
「大したもんだね。筋力系の魔法かい?」
「いえ、ただ単に中身は軽い衣類程度ですから。それに、底に小さな車輪が付いているのでコロコロするのです」
「ほー便利だね~」
「それより宿代、払いますね」
「あいよ!」
濃緑色のローブの内ポケットに手を入れ革製の小袋を取り出し、十日分の宿代をカウンターに置いた。
「途中で宿を引き上げても返金はできないからね」
「はい」
「それと、連れ込むのはやめておくれ」
「連れ込む?」
「フードで顔を隠しているけどあんた、若いんだろ?」
「まぁ若いですね……」
「商売するなら外でやってきな、いいね?」
「商売? 商売……そっそんなことしませんよっっっ」
「そうかい、それじゃあたしは朝食に取りかかるけど、どうする?」
「たっ食べてきたので大丈夫ですっ」
「あいよ。部屋は階段を上がって一番奥だ」
「あっありがとうございますっっっ」
木製の細長い木箱をガラガラと押し、階段のとこまで来てひょいと持ち上げ、一気に階段を駆け上がる。
「軽いといってもすごいね~」と、そんな声が後ろから聞こえた。
なんてことない。
海外旅行用の大型キャリーケースを薄板で囲って偽装しているだけで、底はケース底のキャスターだけを露出させ転がしている。
軽量なキャリーケースを使わず、木材だけで作ったらとてもじゃないけど重くて持ち上がらず、それこそ筋力up系の魔法が必須となるレベルで、魔法が使えないから創意工夫で乗り切るしかない。
山中で賊と対峙後、どうにか持ってこれた荷物はこれだけ。
本当はもっと持ってきたかったけどあきらめて一軒家の秘密部屋に隠した。
「あら新入り?」
ふいに背後から女性の声。
「濃緑のローブが素敵ね」
振り向くとクリーム色のカジュアルなブラウスに同じ色の長スカート、背は高くゆうに百七十はあって、ライトゴールド色の金髪をクルリと束ね、お団子が二つ頭に鎮座。
雰囲気は素朴ながらも首筋は細く、鼻筋はすっと伸び、目元はキリッとしていて化粧すれば化けるタイプ。
「あたしはファネッサ、よろしくね。どこの部屋?」
「あっあたしは、あそこの部屋です……」
「一番奥?」
「はっはい」
「あらやだ、隣だね。よろしくね。おチビさん」
「おっおチビさ――」
「筋力系の魔法が使えるんだ」
薄板で偽装したキャリーケースを指差し「襲っても負けちゃうわー」と、おどけながら言い握手を求めてきた。
この世界に来て、同年代と思える女性にここまでグイグイこられたのは初めてで、無意識に萎縮してしまう自分がいて、それでもどうにか右手を差し伸べ握手を交わした。
「荷物そんだけ?」
「あっはい」
「どれくらいの重さ?」
「あ」
止める暇もなく偽装キャリーケースを持ち上げ「軽っ」と短く。
「なっ中身は衣類とか軽いものしか……」
「ふーん」
――バンバン――
下の階からテーブルを叩く音。
「ファネッサ、あっちこっちかまわず手ぇ出すんじゃないよっ」
「わかってるって」
「あんたもさっさと自分の部屋にお行き」
手にフライパンを持ちながら、おかみさんはそう告げると「あとでジャガイモとタマネギを買ってきておくれ」
「えー寝ようと思ってたのに」
「起きたらでいいから」
「あいよ~」
二人の会話からして気を許せる間柄なんだってすぐにわかった。
「そういえば名前、聞いてなかったね」
「あっあたしは、ルチア。遠くのとこから来ました」
「ルチア、素敵な名前ね」
「あっありがとぅござぃます……」
「ようこそペルーナへ。と、この宿は女のみだから安心して」
「そっそうなのですか?」
「え、知らずに?」
「はぃ……安宿を教えてほしいと言ったらここを紹介されて」
「たしかに街で一~二位を争う宿だしね。それより、あたしはひと寝するから物音は控えてくれるとうれしいわ」
「はっはいっ」
ファネッサさんはにこりと笑みを浮かべると、突き当たり手前の左のドアに入っていった。
「ふぅ……」
突然の突風に見舞われたようなひとときで、久しぶりに味わった。
やっぱり大きな街にはいろいろな人がいるなって身に沁みて感じた。
とと、ファネッサさんの隣は……突き当たりのあの部屋か。
音を極力立てずにドアの前に立つ。
ドアに鍵らしきものは見当たらない。
というかどうやって開けるの?
んん?
もしや。
ドアノブに触る。
――カチャリ――
鍵の外れる音。
以前パッサリアさんが言っていた。
理屈をコネコネしたものが科学だとすると、魔力をコネコネしたものが魔法で、科学の原理はシンプルだけど、魔法の原理は複雑だから感覚で使えと。
ドアノブのように見えて実際には魔道具の一種で、逃げ出したあの街にもこのドアノブはあったのかもしれない。けど、貧民街にはなかっただけなんだろう。
――ガチャリ――
ドアノブを回し開けると一気にムッとする臭いがたち込め、鼻をローブの袖で塞ぎ、正面に見える窓まで小走りで近づき一気に開放。
「ふぁ~」
室内、粗末なベッドがひとつに机と椅子が一脚ずつで、臭いの発生源はすぐに特定できた。
薄灰色の漆喰壁が元凶で、ガッツリ臭いを吸着している。
「うわ……」
壁だけじゃない、ベッドも机も椅子にも臭いが染み付いているだろう。
「まじか……」
安いものには安い理由がある。
当たり前のことなんだよね。
それでも角部屋のおかげで思っていたより明るく、四畳半くらいの室内、隅々まで清掃が行き届いていて、おかみさんの性格がにじみ出ている気がした。
ただ、臭いがねぇ……。
なんの臭いか、すぐに理解できた。
そう、同じ同性だから。
ツンと鼻に付く臭いの元は女の臭い。
夜毎、見知らぬ男に襲われないですむリスクを加味すれば悪くない宿だと思う。
とりあえず、久しぶりのベッド。
ちょっとマットが薄いけどいまの私にとって十分過ぎるほどの贅沢だ。
サクサクと荷物整理を終わらそう。




