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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
黒髪の少女は時(ものがたり)を紡ぐ(つむぐ)
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第15話 ヨフィーナ王国 辺境の街、ペルーナ -その1-


「もう少しで到着するぞ」


 馬の背中を鞭打つ御者からの言葉に乗客たちは様々な言葉を口にした。

 年老いた老人は十年ぶりに帰郷できると言い、兵役を終えたばかりの中年男性は旅慣れしていないせいか早く下車したいとグチをこぼし、子供連れの若い夫婦は寝かしつけた女の子のほっぺたを撫でながら街に住む両親に会えると答え、年老いた行商人は肩をグルグル回し身体をほぐしていた。

私は幌馬車内(ほろばしゃない)の隅っこ、寝たフリをしていた。


「昨日、お前さんが言っていた噂は本当なのか?」

「噂? あーあれかそうだ」

「街の反応はどうなんだ?」

「とくにないなー」

「そうだよな~」


 行商人と兵役を終えた中年男性の会話はそこでプツリと途切れた。

昨日の夜、火を囲み、皆でこれから向かう街の話題になったとき行商人曰く「どこにでもある話さ」と切り出し、この一帯を治める現当主が死の間際に立っていて、次男と三男が静かなるバチバチ状態らしいと。

 長女がいるも政にはいっさい興味がなく、街の外れの小さな館に住み自由気ままなご身分で「妾を食わしてくれるほうに肩入れするわ」と公言していて、現当主も次男も三男もあきれているそうだ。

 行商人によると、次男、三男ともに甲乙付けがたい人格者のため「お前には家督を任せられぬ」と、片一方を下げることができず悩み、跡継ぎ争いの原因になっていた。

 酒を飲みつつ行商人は「女癖が悪い、金遣いが荒い、人望がない、政策が悪い、なんて一つでもあればすんなり決まっちまうものさ」と、酔った勢いで口にし、火を囲む人たちから贅沢な悩みだと次々に声が上がった。

 なんでも普通は、一つや二つ、三つ、四つと素行の悪い噂なり事実があって、跡目争いのマイナスポイントになるそうだ。


――ガタンッ――


「キャッ」


 幌馬車の片輪が石に乗り上げたみたいで左右に大きく揺れた。

 が、この世界の住人、なにもなかったように落ち着いたままで、それは小さな子供でも同じようにピクリとも驚かなかった。

 そう、私を除いて。


「起きたか姉ちゃん」


 私の顔を覗き込む行商人は「随分寝ていたがどこか具合でも悪いのか?」と声をかけてくれ、私はプチ演技を見せつつ、旅慣れしていないからちょっと酔っただけと伝えた。


「そうか。この街道は道の整備が悪いから疲れただろう?」

「はい……」

「海が近いせいか小川が多く橋も多いから余計に道が悪いのさ」

「なるほど」

「もう少しで街に着くからがんばれよ」

「ありがとぅござぃます……」


 親切心で声をかけてくれているけど、少しでも目立ちたくないから適当に相槌(あいづち)を打って誤魔化すしかない。


「行商屋、あんたの見立てだと次男と三男、どっちが領主になると思う?」

「ん~そうだなぁ……。どっちでもいいな」

「なんだよ、張り合いがないなぁ」

「雲の上の話だ。俺たちがどうこうできる話でもないだろ?」

「そりゃそうだな」

「だな」


 どうこうできる話でもない――たしかにそうだ。

 この世界、身分の違いが元いた世界と比べ物にならないほど重要で、草履持(ぞうりも)ちが天下人になるような事例は限りなくゼロに近く、私の知る限りでは伝説のなかにしか存在しない。

 ごく普通の異世界あるあるなら私はいまごろ、大貴族を相手に商売したり、貴族の称号をもらえたり、王子様に求婚されたりと、異世界サイコーな状況になっているはずなのに、王様、王子様ともに見たことなくて、貴族に関しては領主の男爵とその婦人から責め立てられ――。


「街が見えてきたぞ」


 ふいに御者の声、数人の乗客が前に移動し帆の隙間に顔を入れた。


「おお、あれがそうか」と、誰かが口にした。

「大陸最東端の果てだがうまいモンが多いぞ」そう年老いた老人は誇らしげに言い、この時期は貝類がうまいから是非食べてくれと皆に伝えた。


 帆の隙間から私も顔を出し覗くと、いくえにも重なった丘の先、湾曲した海岸線沿いに街があって、旅番組で見たヨーロッパの地中海沿岸の景色に似ていた。

 私がこの地を逃避行の場所として選んだ理由は三点。

一つは、お隣の国で、国境は南北に長く連なる山脈になっていて、険しく高い山々の峰筋(みねすじ)が国境線。

 ゆえに情報の往来が極端に少なく、どのくらいなのかと言うと、己(ギルベート男爵)の領地が山脈を挟んで隣国と接しているにも係わらず、どんな人物が領主なのかすら把握していない。

 そうなると交易ルートも山々が邪魔をしているせいか、チョー微々たる取引きしかしていなく、私にとってはチョー好都合。

 もう一つはパッサリアさんの生まれた育った故郷。

 三つ目は、カードを引き『THE SUN./太陽』の助言のままに。


『./太陽』は言った。

其方(そなた)が向かうにふさわしい方角。さらに、現状ではほかに選択肢はない」そう、きっぱりと言い切った。

「馬の背に乗りなさい」そう太陽は告げ、私は目を瞑ったまま馬に乗り山脈を一気に駆け上がった。

『./太陽』のカードに描かれた白馬に(また)がって。


 同乗者は元気いっぱいな裸の子供で、いろいろな話をしている間に山脈を越えた。

 もちろん彼らの姿を見ていなく、カードの絵柄から推測するに男の子のようにも思えた。

 空を飛んでいる間、子供は言った。

 やりたいと思うことに躊躇(ちゅうちょ)する必要はなく、どんどん突き進んでほしい。そして自らの価値をこの世界で示してほしいとも、付け加えた。


「そこの寄り合い馬車、止まれ!」


 ふいに外から声。


「検問所だ。通行料を準備してくれ」


 御者は低い声で告げ、兵役を終えた中年男性がいくら必要なのか聞き直した。


「街に住む者は大銅貨三枚、近隣の街や村は六枚、国内は十二枚、別領地なら銀貨三枚だ」


 別領地で銀貨三枚、日本円に換算して三万円。

 通行料の値段算出方法、雰囲気からして別国は大銀貨三枚ってあたりだろう。

 三十万円と、かなり痛い出費だけど払える額で助かった。

 賊と対峙→逃げきり成功→『./太陽』のカードの馬の背に乗り一気に山脈超え→辺鄙(へんぴ)な村→規模の大きな村→寄り合い馬車で五日間の、旅だったから思っていたより出費があった。

 ん?

 ん~!?

 待てよ!?


「すっすみません、山脈の向こう側はどのくらいでしょう?」

「山向こう!?」

「そうです」


 御者は馬の背を打つ鞭を左右に振りながら「この仕事を始めて十五年になるが、山向こうの客なんてお前さんが三人目だ」と言いさらに、面白い冗談だとも付け加えてきた。

 パンッと片膝を叩きながら行商人は「そうさな、大銀貨九十はいくんじゃねえの?」

 兵役を終えた中年男性は「大銀貨じゃなくて金貨が必要だな」

 若い夫婦の旦那さんは「あちらとは文化圏が違いすぎて戸惑う場面が多いと思いますよ」

 誰一人、くだらない冗談としか捉えていなかった。


「これより検問を行う。全員馬車から降りろ」


 私に与えられた時間は限りなく短く、この場をどう切り抜けようか頭をフル回転。


「まずは女たちからだ」


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