第14話 静寂が包む森の中に響く声 -その5-
ぬらりと左手をローブの間から引き出す。
指に一枚のカードを挟み――ふあぁぁぁ。
「あぁぁ……」
初めて味わう緊張と違和感、そして悪寒。
初めてのカードを引くといつもこう。
しかし、今回のはいままでにないほど背筋にひんやりしたものを感じ、完全に『引いちゃいけないモノ』を引き当ててしまったよう。
ズズズッと背後にやばい気配が広がりはじめ、振り向いて確認したい衝動に駈られるもそれは絶対にできない。
「なっなんだあれは!?」と、一人の賊は目をまん丸に見開き口にした。
「いつの間に……」と、別の賊はぽつり。
「嘘だろ……」と、また別の誰か。
「あれは生贄なのか!?」
生贄!?
「あの状況で笑ってるぜ?」
笑ってる!?
「黒髪、占いの魔女ってのは本当だったんだな……」と、リーダーは二歩も三歩も後ろにたじろぎながら「あんた、大丈夫か?」と、私の背後に向けて声を投げた。
カードを引いた私が言うのもなんだけど、なにを引いたのかまったくわからない。
「あぅ……あぅあぅぅ……」
背後、呻く男の声。
「お前さんは……魔女の生贄か?」
「あぅ……さうだ。……逃げ……ろ」
「逃げろ?」
「この女は危険――」
「危険?」
「私は……吊るひゃれた男……」
「吊るひゃれた!?」
その言葉ですべてを理解した。
カードナンバー12『THE HANGED MAN./吊るされた男』
両手を後ろで縛られ、T字の木に片足を縛り付けられ逆さ吊りにされた男で、苦しい姿勢にも関わらず男の表情はとても穏やかで、頭の背後には黄色い後光が射している絵柄。
「お前たひは、手を出してはならぬモノに手を出ひた」
喉を潰されたような低い声。
いや、逆さまに吊るされたままだからうまく喋れないんだ。
「あっあんたよ、教えてくれっ。この女はなんなんだ!!」
「この女か? そぅさな……混沌とした白ぃ霧を抜け出て、この世界に遊びに来た者、災いの種を運びし者、異世界からの来訪者――とでもいふべきか」
「異世界からの来訪者!?」
「さうだ。この世界の神々を地中深くに沈めたのち、天を黒髪と同じ漆黒に染め上げ、闇が優雅に闊歩する日々を作るためにやってきたぬだ」
たしか『./吊るされた男』は手も足も出ない状況だからこそ、冴えるひらめき、高い精神性、見方を変え――試練に――が、いま背後にいるのはあきらかに違う異質な者。
そうか逆位置カードで引いてしまったんだ。
偽善の心、自分を見失う、現状にもがき、妄想に浸り現実逃避――。
「お前たひ、まだ気づかぬのか?」
「気づく?」
「さうだ。仲間、一人でも欠けたか?」
「……いや」
「一人でも怪我をひた者はおるか?」
「……っと」
「一滴の血でも流した者はおるかえ?」
「……」
「まだ、わからぬのかえ?」
私を取り囲む賊たちの視線はずっと私の後方に向けられ、一瞬でも離れず凝視するばかり。
「お前たひは私と同様、贄になるためこの場所へと集められたぬのだ」
「そっそれはない!」
賊のリーダー、グッと歯を食いしばり勢い良く否定するもどこか視線は泳いでいた。
「ヒャハハハッ、もぅお遊びの時間は終わろふとしているぞっ。逃げるならいまのうちや!!」
あ。
一番右端の坊主頭の男、無言で後ろに走るもたらんと垂れた蔦に足が絡まり、そのまま近くの木までズルズルと引きずられ、するりと吊るされた。
「うぅ助けて――くれ――」
「ほぅれ、一人、贄が出たぞ?」
「助け――く――」
坊主頭の男は口から血を垂らしながらすぐに動かなくなった。
「これが魔女の力か……」
誰かがぼそりと言った。
「慌てるなっ。こっちには魔力封じの魔道具があるっ、出力を最大値まで上げろ!!」
リーダーの激が飛び、魔道具を持つ者は全員、筒の先端のフタを開け腰にぶら下がった小袋から淡く光る魔石を入れ始めた。
「もう大丈夫だっ。弓矢を持つ者、女を殺せ!」
数人の者が弓を構えるもすぐに足元に蔦が絡み、そのまま近くの木へと引きずられだらんと木に吊るされた。
「「「「「うわぁ!」」」」」
一斉に響く声。
「なぜ魔道具が効かぬ!?」
慌てるリーダー。
「まだわからぬのかえ? この女はこの世界の理から逸脱した存在。そんなちんけなブツは蚊に刺された程度や」
「なん――だって――」
「さっき伝えたであろう? お前たひは、手を出してはならぬモノに手を出したと?」
「なにかが――おかしい……そうか!」
「なんじゃ?」
「お前が、世界の理から外れた存在だ!!」
「……フハハハッ正解じゃ。我の名は文字通り吊るされた男、そして我にこの世界の道理は通じぬっ!」
私の背後で得体のしれないナニカが蠢き、悪寒が全身を駆け巡っていてこのまま地面に倒れたい気分。
しかし現実がそれを許さない。
「つまらぬ男よ、周りを見てみぃ」
「なんだと?」
「お前以外、誰一人立っていふ者はおらんぞ?」
「なっ!?」
私も気がつかなかった。
リーダー以外、賊は存在していなく、倒れている者も吊るされた者もおらず、その変わりに蔦が地面に落ちているだけ。
「嘘だろ……」
「最後に言い残す言葉はあるかえ?」
「聞いてくれるのか?」
「いや、聞かぬ」
リーダー、魔道具を私に投げつけ走り出すもすぐに足に蔦が絡みそのまま木の枝へと吊るされた。
「うぁ……」
「お前さん、相当の数の女を手にかけてきたな?」
「なっなぜわか……る?」
「勘じゃ」
「勘?」
「嘘じゃ。そのまま地中深く沈めゃ!」
私は無意識に目を閉じた。
「ぎゃああっ」
リーダーの悲鳴は一瞬で終わり、目を開けてみると視界にはなにもなかった。
残っているのは、弓矢と魔道具が数個、そして蔦がだらんと地面に垂れているだけ。
「主と呼ばれる女、対価をもらおうぞ」
「息が詰まって苦しいの、少し待って」
「待たん、金貨一枚じゃ」
「なぜ?」
「報酬に見合った仕事をしたからじゃ」
「それができるのは小アルカナのカードよ」
「それがどうした、我は金貨を要求する」
「ちょっ待って」
「その――黒髪でも良いぞ?」
「……っ」
「さぁ金貨を」
「……」
内ポケットに手を入れ、お金の入った小袋に指先を突っ込み一枚の硬貨をつまんだ。
「これでいいでしょ?」
「――ん? 銅貨一枚ではないか?」
「そうよ、貴方は初めて呼ばれた者。これでいいの」
「チッ」
「さぁカードにお戻りなさい」
「フンッ」
――ギュゥン――
なにかがねじれる音がしたかと思うと、背後から嫌な気配が消えた。
「終わった……」
ぺたんと座り込む。
「疲れた……」
このまま地面に倒れて気絶したい。
あ。
さっきまで地面に何本もの蔦が落ちていたけど、すっかり消えて無くなっている。
「一緒に戻ったんだ……」
呼び出した『./吊るされた男』、いくら逆位置カードだからといっても性格がアレすぎる。
最後はカードの主たる私に駆け引きまでしてきた。
もし、この世界にやってきたばかりの頃に呼び出していたなら、駆け引きに応じ支払っていただろう。
金貨一枚を支払ったなら、次は最低でも金貨一枚と銅貨一枚を支払わなくてはいけなくそうなれば破綻は確実でそうなると『木に吊るされる自分の姿』すら容易に想像できる。
それと、賊たちはこの髪に価値を示した。
街で忌避された理由はこの黒髪。なのに価値があるならなぜ忌み嫌われたのか、まったくわからない。
黒髪強盗に遭ったこともなければ、ギルベート侯爵らも髪について言及も一度たりともない。
頭をフル回転させて推測――するに、黒髪に価値を見出すのはごく一部……そう、変態とか変態とか変態……。
その辺りだろうか。
――ワオオォン―ワオォン――
狼の遠吠え。
しかも複数。
なんとかなった余韻に浸る時間は一ミリもなさそうだ。
ふいに脳裏をかすめた。
災いの種を運びし者――その言葉に反論できそうにもなかった。




