第13話 静寂が包む森の中に響く声 -その4-
「いたぞっ! 囲め!」
「お前は傾斜を駆け上がれ!」
怒号が飛び交うなか、私は目をつむり『/杖のⅦ』に抱きかかえられ森の中を疾走していた。
「谷間に追い込め!!」
「ダメだ、早すぎるっ」
「くそっ」
――ペチッ――
時折、草木の枝や葉っぱが深く被ったフードの隙間から顔をかすめるも贅沢をいえる状況じゃなくて、目を開けて状況を確認したいけどそれは絶対にしてはいけない。
抱きかかえる『/杖のⅦ』を見た瞬間、カードの魔法は解かれ、力は十分の一以下になってしまう。
「もう少しで小袋が落ちている場所ですっ」
「はぃっ」
小さく返事をする私。
無茶苦茶危険な状況なのに、なぜか心は安心に満ちていた。
理由はひとつ。
私をお姫様抱っこする『/杖のⅦ』の男性、体温があってほんのり温かく、頭の上ではハァハァと息遣いもあってまるで人間そのもの。
――やさしさに包まれ……――
そんな歌詞のセリフが脳裏を過る。
そういえばこんな風にされるのは――小学校での体育の授業中、サッカーボールが顔面に直撃して倒れたとき、体育の先生に抱えられ保健室に運ばれたとき以来で、それ以来に接した男性のひと肌は、どこまでも温かった。
「どうされました?」
「んん、なんでもないよ」
「そうですか……」
「なに?」
「小生の勘違いかもしれませんが――この状況を楽しんでおられるようにお見受けしたので」
「そんな風に見える?」
「はい」
一人の女を抱え走り、まして会話をもしながらなんて生身の人間には絶対にできない。
「タロットカードの精霊たちってすごいなって」
「いまさらですか?」
「かもね」
「小生は小アルカナの者、大アルカナの者に比べればささいな力しか持っておりません」
『/杖のⅦ』がなにげなく口にした言葉は、とても重い。
小アルカナと大アルカナの差は、けっして縮まることはなくて『杖』のカード十四枚が束になって一枚の大アルカナカードに戦いを挑んでもいいとこ引き分け。
人間やイヌ、ネコ、ライオンなどにも序列があるように、タロットカードの世界にも序列が存在する。
さらに、下の者が上の者に勝つなんて下克上はカードの世界には存在しなくて、騎士は騎士のままで、隠者は隠者のまま。
過酷っていえば過酷だけど、身分がはっきりしているから考えようによっては存在、生き方、有り様が楽かもしれない。
「主様、数メートル先の木の根元にあります」
「っと、どうすればいい? 目を開けてもいい?」
「小生が合図するまで目を開けないでください」
「わっわかったわ」
走る速度が一気に落ちる。
ガクッと止まる。
足が地面に触れる。
腰回りに触れていた両手が離れる。
背後に気配を感じる。
「もう目を開けても大丈夫です」
「ありがとう」
「すぐに屈み、拾い上げてください」
「了解っ」
目を開けると大きな木の下、大アルカナカードの入った小袋が落ちていて間髪入れずに拾い上げた。
「小生の力はもう残っておりません。どうかこの場を切り抜けてください」
すぅっと背後から気配が消えた。
なんとか間に合いはしたけど状況はかなりやばい。
距離にして家三軒分くらい先、一人の賊が片膝を地面に付けゼェゼェと息を切らしながらこちらを睨んでいた。
「男が近くにいるはずだっ、気をつけろ!」
真っ黒なマントを羽織った賊が言い放つとどこからともなく一人、また一人と、同じ色のマントを羽織った賊が草木を掻き分け這い出てきて、あきらかに私たちに出し抜かれた三人組みの賊らと一線を画す雰囲気を持っていた。
「安易に近づくな!」
「大丈夫だ、女は武器を持ってねぇ」
「女を抱えて走る化け物の男がいるはずだ、気をつけろ」
「そっそうだなっっっ」
マント姿の賊たちは一定の間隔で散らばり皆、息を切らしながら立っていた。
「魔女ってのは本当だな」
「ああ、俺らに取り囲まれてもピクリとも驚かねぇ……」
違う。
怖くて動けないだけ。
「全員集まるまで仕掛けるな!」
一人の賊が大声で叫ぶと全員、一歩、また一歩と後退した。
「隠し武器があるに違いないっ」
そう見えるんだ。
武器なんて持っていない。
あるとすれば包丁一本のみ。
しかも使い込まれ歯こぼれした年季の入った逸品。
「占いの――魔女、出すものを出せ」
「……」
「こっちには魔力封じの魔道具があるんだ。足掻いたって無駄だぜ」
「……」
「普通の女なら楽しんでから殺るんだが、お前さんは別格だ。生き返れねぇように切り刻むっ」
「……」
「返事は無しか」
「……」
「まぁいい。どうせ短い命だ好きにしな」
「……」
「おっと、全員揃ったか」
ジリジリと間合いを詰め、近づいてくる賊たち。
いま、私にできることは気持ちを落ち着かせ、虚栄を張ること。
そして、大アルカナカードを引くこと。
賊たちに悟られないようゆっくり大アルカナカードの入った小袋に手をかける。
「動くなっ!」
「……そんなに私が怖いの?」
「ようやく喋ったな」
「私に危害を加えるなんてよほど自信がお有りなのね」
「ああ、こっちには魔力封じの魔道具がいくつもあるからな」
その言葉に反応してか数人の賊が真っ黒なマントの下から、ジュース缶サイズの筒を取り出した。
「これでどうだ?」
「それだけ用意したとなると、よほどお金がかかったでしょう?」
筒は真っ黒で、なんの飾りもなくてどんな風に使うのか不明で、価値もまったくわからないけど適当に言ってみる。
「これだけの数を見て驚かないとは、やはり報酬に見合った女だな」
「それはどうも……」
「さて、殺される前に、その頭を覆うフードを外してもらえねぇかな?」
「なんで?」
「そりゃあ、間違って違う女だったら気の毒だからよ」
「ふーん……それはできないわ。だってさっき貴方は「動くなっ」って言ったはずよ?」
「ハッ、たしかに! んじゃ動いてもいいぞ」
「それはそれはお優しい方で――」
この一瞬を見逃さない。
右手で頭を覆うフードを後ろに回しながら、左手の指を小袋の中に進ませる。
「「「「「「おおっ」」」」」」
一斉に驚きの声が辺り一面に広がった。
「本当に黒髪だぞ!?」と、正面の男。
「染めてるのか!?」と、下っぱ風情の男。
「なんで煙たがられる色に染めるヤツがいるんだ?」と、飄々とした男。
「根元まで黒の地毛だぞ」と、坊主頭の男。
「ヒュゥ――」と、ガタイのいい男。
緊張感ヒシヒシ漂うなか、さらに髪に止めてあった櫛を外しさらりと黒髪を開放、ひらりと頭を振る。
「「「「「「「「「「「「「「うおおっ!!」」」」」」」」」」」」」」
驚嘆の声を一斉に上げる賊たち。
「なんて長さなんだ、腰の辺りまであるぞ!?」
「すげぇ……」
「魔女ってのは本当だったんだ」
「あれなら、変態な好き者が高く買い取ってくれるぞっ」
「ああ、髪だけで家一軒買えるだろうな」
「家一軒ですむか?」
「たしかに。黒髪でしかも、あそこまで長いとなると一軒じゃすまねぇな」
「なぁお頭、殺して埋めちまうのは勿体ねぇと思わねぇか?」
賊たちの視線は明らかに私の黒髪に向けられていた。
「賊さんたち、ギルベート侯爵もその婦人も髪について言及したことは一度もなくてよ」そう言い切ると、どこかグッと一歩身を引く賊たち。
わかりやすい。
とにかくわかりやすいわ。
誰が後ろで糸を引いているのか。
「あら、どうしたの黙って?」
「フンッ」
「もしかしたら黒髪を染めて長い髪として、かつら用に売るつもり?」
「そんなのどうでもいいんだ、金にさえなればなっ」
たしかにその通りだ。
「お頭、依頼主はブツを回収したら切り刻んで土に埋めて、木の杭を打てと言ってやしたが、髪だけでもどうです?」
賊たちの視線、右端の木の下に立つ一人の男に向けられた。
私から家二~三軒分先の付近で仁王立ちする一人の男。
こいつがリーダーか。
「……」
「どうしたお頭?」
賊=無粋な連中かと思っていたけどこの男は違う。
皆と同じ真っ黒なマントを羽織っているけど、雰囲気があきらかに違う。
すらりと伸びた身長に均整のとれたイケメンで、歳は二十半ばくらいだろうか。
「なぁお頭、髪に魔力封じの細工をすれば問題なく刈り取れると思うぜ?」
「……」
「俺にやらしてくれねぇか?」
「……」
「どうたんだよ、お頭?」
「……女、服の裾に入れた左手を外に出せ」
気づかれた!?
「ゆっくりだ。ゆっくり左手に持ったナニカをローブの外に出せっ」
「なんのことかしら?」
「俺の目は誤魔化せねぇ。お前たち、魔力封じの魔道具に魔石を入れて魔力で着火しろ。それと武器を持っているヤツは構えろ
!」
取り囲む賊全員、臨戦体勢に入ったよう。
――ブィィィン――
低い音が一斉に周りから発生してきた。
「魔力封じの魔道具が動いていないヤツはいないな?」
周りを確認するリーダー。
「よし。女、左手を出せ」
「……」
「早く」
「そんなに見たいのね」
「ああ」
「もう後戻りはできなくてよ?」
「ハッ、お優しい魔女さんだ」
相手はすでに覚悟を決めている。
私も覚悟を決めなくちゃ。
[カードの精霊よ、願いを聞き入れくださいましてこの場にふさわしい彼の者の召喚願い奉る!]




