第11話 静寂が包む森の中に響く声 -その2-
二日目の朝、ドンドンとなにかがぶつかる音がして寝間着のまま外に出てみると、透明な結界の膜に数匹の野犬がぶつかっていて、こちらに来ようとしていた。
私を見るやいなや唸り声を上げ前進しようとするも結界に阻まれ進めず、距離にして車三台分先の付近で苛立っていた。
「私の臭いに気づいたの?」
――グルルルッ――
「あきらめて」
――グルグル――
「無理だよ」
――ググッ――
自分たちの目の前、獲物の私が慌てず騒がず立っているからか諦めがついたみたいで、そのまま森の中へ消えていった。
昨日、小鳥は結界の中へ入れた。
しかし野犬は入れなかった。
そうなるとたぶん、あと数ヶ月もすれば野犬程度の大きさなら結界を超えれるかもしれない。
もう少しこの場所でゆっくりしたかったけど、野犬が「こんにちワン!」ってドアをノックしてくる可能性を加味すると、それまでにここから退去しなくちゃいけない。
「主様、なにをすればよろしいでしょうか?」
ふいに背後で声。
「野犬がまだ近くで徘徊しているかもしれないから、追い払ってくれるとうれしい」
「野犬といわず、狼でも僕なら簡単ですよ」
「頼もしいわ。それと、以前にも言ったと思うのだけど……」
「心得ています。無益な殺生はしない――ですね」
「それでお願いね」
「はいっ!」
私の背後、ビシッと敬礼したようで革靴がカチリとよい音を出し、そのまま森の方へと向かった。
起きてすぐに小アルカナカード群から一枚めくったら『PAGE of WANDS./杖のペイジ』(ペイジ=小姓。身分の高い人物の側に仕えた少年)を引き当て、絵柄はお洒落に着飾った少年。
両手で杖を持ち、自分の背より高い杖を見上げる姿は素直さを感じさせ、明るく情熱的な性格の持ち主。
大アルカナカードは22枚に対し、小アルカナカードは56枚。
小アルカナカードは、4つのスート(記号)に分類でき『杖』『金貨』『剣』『聖杯』があり、トランプの♤、♡、♢、♧のようなもの。
さらに1~10の数札10枚+ナイトやキングの宮廷札4枚の計14枚、合計で4スート×14枚=56枚。
ざっくり言えばトランプそのもの。
んで、大アルカナカードと同じく、小アルカナカードもスートによって性格と意味ががらりと変わる。
大アルカナカード群は引きが悪いと逆位置カードを引いてしまうけど、小アルカナカードはどんなに引いても正位置のカードになる。
一度『THE EMPRESS./女帝』を逆位置カードで引き当てたことがある。
街に到着した頃で『./女帝』の逆位置カードのキーワードは、わがまま、怠惰、贅沢、虚栄心、暴飲暴食等々。
占い業の助言を求めようと引いたのに逆に足枷となって半日くらい、愚痴と自慢話を聞き続け、さらにお茶とお菓子の要求もがっつりしてきて蓄えたお金の半分が無くなった。
それでも一つ、良いアドバイスがもらえた。
街へ住まわせてもらう代わりにお金を納めに行ったとき、この一帯を収める領主の男爵婦人を見るやいなや「あの女は妾と同じ臭いがするゆえ、気が合いそうや」と、婦人の性格を口にした。
おかげで領主夫妻との初顔合わせを無事に乗り切れた。
大アルカナカードは特効薬であり劇薬でもある。
だから使うシーンが地味に難しく、そうなると小回りの利く小アルカナちゃんたちに分がある。とくに大アルカナカードの女性陣を逆位置カードで引こうものなら「なんで妾たちを呼ばないのかえ?」と、愚痴を聞くはめになるの確定だよ。
そんときは、お茶とお菓子を用意してご機嫌を伺おう。
「てか、私がカードたちの主なんだけどねっ」
◆◇◆
昼食で食べる川魚を焼いていると『./杖のペイジ』の少年は嫌な情報を持ってきた。
森の入り口、十五人前後の盗賊らしき人物たちが野営の準備をしていたと。
甲冑や正規軍の旗、紋章入りの天幕などが見られなかったと言っていたからほぼ間違いなく賊の類。
賊は基本、野山には現われない。
なぜなら、獲物(人間)がいないから。
鹿や熊を狩る狩人は野山がフィールドだけど賊は街のスラム街に潜んだり、街の郊外に潜伏して裕福そうな商人や旅人を襲って生計を立てている。
まれに拠点が山深くにある場合もあるけど基本、獲物が近くにいる付近で活動している。
この辺り一帯に賊のねぐらはない。
なら話は早い。
私が目当てだ。
街を出て行く時、いったん反対方向へ進み、少し歩いたら街をぐるりと遠回りをしてこちらの方面に足を運び行き先を誤魔化した。
が、賊たちがいるということは誤魔化しが失敗したと考えていい。
もしかしたら、森を抜けた先の街へも斥候を走らせ私の安否を確認しているかもしれない。
たぶん、していると思う。
そうなると街道全体をしらみ潰しに捜索する可能性が高く、この場所が発見されるのにたいして時間はかからないだろう。
『./杖のペイジ』の少年は言った。
対価を弾んでくれたなら、数人くらいなら始末できますよと。
私は二つ返事で断り、彼をカードへと戻した。
精霊といっても彼はまだあどけなさが残る少年で、もちろん姿は見たことないけど絵柄からおおよその雰囲気は読み取れる。
そんな彼の手を血で赤く染まらすなんてしたくないし、下手に捕まって返り討ちにされたら彼の声を聞くことは二度とない。
どのカードの精霊が言ったのか覚えていないけど、カードたちにも死は訪れる。
「死は満遍なく誰にでも訪れるもの」と、男性のカードが口にしていた。
満遍なく――それはつまり『THE DEATH./死神』にも死が訪れるということ。
『./死神』に訪れる死、まったく見当がつかないし、どんなものなのか想像すらできなく、カードの精霊ですら死からは逃れられない事実に驚かざる負えない。
いま、私には二つの選択肢しかない。
戦うか逃げるか。
以前、パッサリアさんは「あっちの世界の甘い考えは早く捨てな。じゃないとこっちでは生きていけないよっ」そう何度も口にした。
「覚えておきな。敵対する者に慈悲の心をかけるんじゃないよ。かければかけるほど、己の身を滅ぼすだけなんだから――」
なら話は早い。
それ相応の対価覚悟でカードを数枚引いて、対峙すれば一瞬でケリがつく。
彼らにすべて任せ遠くから眺めていれば、吹き上が血飛沫を見ることなくて、死にゆく人の断末魔だって聞かずにすむ。
もしかしたらサービスで死体ごとこの世界から消してくれるかもしれない。
それが一番の解決策で、私がすべきって――頭ではわかっている。
けど……。
人の死に――いまだ慣れていない私がいるのも事実。
「それって――甘い考えなんだよね……」
賊たちの目を盗み逃避行を成功できたなら、すっごくうれしいし、賊の後ろで手を引いている輩もあきらめがつくだろう。
もし、パッサリアさんが生きていたなら「逃避行!? あたしにグーで殴られたいのかい?」
額に血管を浮き立たせ、そう口にしたに違いない。
夜が空け、明日の朝には大規模な山狩りが始まるだろう。
私に残された時間は限りなく少ない。
「荷造り……がんばろ」




