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黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む  作者: 緑乃ぴぃ
黒髪の少女は時(ものがたり)を紡ぐ(つむぐ)
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第10話 静寂が包む森の中に響く声 -その1-


「あの丘を越えればぁ~♪」


 日差し降り注ぐ昼下がり、私はいま、人里から離れた平原に伸びる街道をまったり歩いている。


「この辺りはまったく変わらないなー」


 波打つような、なだらかな丘がいくつも続く平原、どことなくテレビで観たヨーロッパの景色に思える。


「暖かくて気持ちいい~」


 ネットのどこかで読んだ記憶によると、一人でいるとどうしても無口になってしまい変なストレスを抱えてしまうそうだ。

 そういうときは独り言でもいいから声を出すと脳の一部が活性化され、ストレス軽減につながると。

 たしかに効果、ある気がする。


「みんな元気かなぁ」


 五日前、私は街を後にした。

 魔女と呼ばれた私に対して、やさしく接してくれた人たちに別れのあいさつをして。

 おかみさんこと、ブレンダさんのご家族。

 青い雨靴が目印の商会に勤める方々。

 黒髪の私を忌避しなかった食事処のおやっさんや、私をカモにしなかった数店のお店。

 みんなこういう日が来るって薄々思っていたようで、別れのあいさつはさほど悲しいものではなかった。

 一人を除いて。

 ヘティーちゃんは言った。

 私と共に外の世界に行きたいって。


「それはできない」そうきっぱり告げ、涙目のヘティーちゃんを説得するのにかなりの時間を要した。


 単純な話。

 黒髪、占いの魔女の二つ名を持つ私と共に行動するということは、忌避(きひ)される対象者になるという事実。

 もちろんそんな危険に巻き込んではいけないし、させてもいけない。

 それに、私には人を売り買いできる許可書が下りないからどうすることもできないし、孤児を引き取る権利すら持てなかった。

 だからせめて少しでも明るい未来をと、住む場所と働き口を紹介してあげた。

 それくらいしかできなかった私、なんとも情けない。

 幼いながらもヘティーちゃんは私への気遣いとして、大きくなったら一緒に旅がしたいと言ってくれ、涙目のまま抱擁を交わし、最後の別れのあいさつとした。

 きっといまごろ、遅いお昼ご飯を商会の裏手の食堂で食べている。先輩の人たちに見守られながら。


――ササァ――


 ふいに足元をやさしい風が通り過ぎて、いくらばかりかの落ち葉を舞い上がらせその視線の先、ようやく森が見えた。


「なつかしい……」


 目的地は丘の先に見える深い森。

 そう、私がこの世界に降り立った場所。




  ◆◇◆




 室内は思っていたよりきれいだった。

 古びた室内に荒らされた形跡はいっさいなく、獣の出入りもない。

 小さな一軒家をぐるりと囲むように張られた魔道具のおかげだ。

 といっても生命の類には効果があるけど雨風の自然までは防げず、窓の下の床には雨水がたれた形跡があって、じんわり湿っていた。

 私を助けてくれたパッサリアさんが結界を張る魔道具に、魔力を注ぎ張ってくれたもので効力はあと半年くらいだろうか。

 真夜中、アパート近くの無人駅を出た辺りで深い霧に包まれ、その深い霧が晴れると私は見知らぬ森のなかにポツンと立っていた。


「嘘でしょ……」


 それが私の第一声。

 状況を把握する間もなく闇夜から獣が出てきて、悲鳴を上げながら逃げていたら偶然通り掛かったパッサリアさんに助けてもらった。

 ゆうに七十は超えているような腰の曲がった老婆だけど、闇夜でうごめく数匹の獣たちを一瞬で蹴散らした。

 パニックになった私の手を引きながらこの一軒家まで連れてきてくれ、そしてそのまま約半年の短い時間を一緒に過ごした。

 最初に言葉を教えてもらい、次に読み書き、そしてこの世界の自然と人々の営み、宗教や制度、文化、王族関係などを詳しく教えてもらった。

 読み書きを次々覚えた頃、パッサリアさんは言った。

 ここまで教え甲斐のある生徒は初めてだと。

 なんでも街にいたときは魔法・魔術専門の教師をしていたそうで、それなりに名の知れた人物だったと親しくなった頃、教えてくれた。

 が、読み書きの評価と裏腹に、私には魔法を操る魔力がまったくなく、小さな火すら起こせず、ここまで残念な生徒も初めてだと言い、推測によると元いた世界に魔力が存在しなかったのが大きな要因だろうと語った。

 しかし、この世界に存在しないタロットカードから出現した精霊たちに驚嘆の声を上げ驚き、もちろん私も同じように驚いた。

 パッサリアさんの考えによると、カードから精霊の呼び出しは『魔術』の領域で、混同しがちだけど『魔法』とは別系統の存在。

 魔法の源は魔力で、魔術の源は術式。

 この世界、優劣はあるものの魔法は誰でも使えるけど魔術はそうはいかず、高等な教育と豊富な知識を有していないと使えないそうだ。

 雨はどこから?

 天気によって古傷が疼くのはどうして?

 星々はなぜ光るの?

 放物線とはなに?

 アルカリ性と酸性とは?

 様々な現象や物事の謎が解き明かされた世界で育った私からすると、魔術の原理はさほど難しいものではなく、それがかえってパッサリアさんの考えを混乱させる一員ともなっていた。


「あっちに未練はないの?」


 会話に不自由しなくなった頃、パッサリアさんは尋ねてきた。

 私は言った。

 元いた世界に未練があるといえばある。

 向こうに残した両親や兄弟が心配しているのは明白で、悲しんでいるに違いない。

 でも、アパートに残した私物を見られたかと思うと、とてもじゃないけど顔を合わせられない。

 小学校の頃から数日に一回は書いている日記帳や、好きだったアイドルのグッズ、薄い本、独り身の三十台半ば女子所持の特級呪物……等々、アパートの大家さんには申し訳ないけど隕石でも落ちて跡形もなく消え去って欲しいと願っている。

 そんな私のことをきっと両親は「短い人生を、思いっきり楽しく謳歌した人生――」そう思ってくれるだけで私の心は少しだけど気が晴れる。


「薄い本?」

「こちらの世界で言うところの枕本に近いものです」

「あらやだ、見てみたいわ」

「見せるほどのものじゃないですよ」


 そんな会話を、暖炉のなかに溜まった灰を掻き出す作業をしながら交わした。


「あたしゃ先が短いんだから対価など気にせず呼び出すわ」と言っていつしか私の背中越し、カードの精霊たちを呼び出しては夜毎、酒盛りに更けるパッサリアさんの姿があって、お酒を飲む機会が増えた。

 理由は単純、ゲームもなければスマホ、インターネット、TV、漫画本なんてあるはずもなく、娯楽といえば親しい人たちが集まり民族音楽を奏でるか、遊戯盤(チェス!?)をするか、飲み食いするくらいで、そうなると必然的にお酒を飲みながらの食事となる。

 他にも、男女の夜の営みもあるけど私にとって縁の無い話だし、元の世界でも関係のなかった話。

 この世界、美味しい料理とお酒を飲みつつ会話を楽しむ――がもっとも人気のある娯楽。


「タロットカードをシャッフルしているときが一番好きだね。カードの神々と繋がる――感じがして魂が震えるんだ」


 カードたちはパッサリアさんを拒まず、主である私を除いて唯一カードに触れられた人物。


「ルチアは先に寝ちまったけど『THE EMPEROR./皇帝』と『THE SUN./太陽』との掛け合いは見事だったよ」


 なんでも地上の主と、天空の主との対話はどこまでいっても平行線をたどり、終わりの見えない迷宮を探索しているような感覚に襲われたと喜々と語った。


「ルチアに今度『THE HERMIT./隠者』を紹介してあげるから飲み過ぎるんじゃないよ」


 初めて引き当てたときは、タダ酒ばかり食らう偏屈ジジイで気が合わないとグチをこぼしていた。

 しかし数回目以降、徐々にお互いの距離が縮まってくると気の合う仲となり、いつしか一番呼び出したい相手となっていた。


「老いてなおもあいつは真理を探求していて、もっと早くに出会いたかった」


 そんな内容を、パッサリアさんは酔った勢いでぽつりと口にしたことがあって、私も背中越しでいいから会話をしたいと思っているけど、いまだ一度も呼び出せていない。


「昨日、引き当てた精霊は誰だと思う?」そんな会話をした数日後、老衰!?でぽっくり亡くなってしまった。


 私が推測するにきっと『DEATH./死神』かなって推測。

 根拠は、ない。

 ただなんとなく。

 パッサリアさんの死後、身寄りも頼る人もいない私が一番近い街、バリアムトへ住む場所を求め移住したのは必然だった。

 生前パッサリアさんはとある薬草をずっと探してくれていた。

 髪を染めるのに必要な薬草を。

 でも、最後まで見つけることはできず、入手できたのは街の片隅の野菜売り場で普通に売っていて、黒髪の魔女と呼ばれるようになった後だった。

 黒髪の――異名を付けられた後で染めても意味はなく、逆に不信感をもたれてしまうから一回も染めることができなかった。


「そういえば……」


 ふいに思い出した。

 いつだったかパッサリアさんは真夜中、酔った私に向かって「ルチアさえよければ『./隠者』が手に持つランタンを借りられるかもしれないよ」

 カードの絵柄、『./隠者』は灰色のマントを羽織り、左手に長く黄色い杖、右手にはランタンを持ち、ランタンのガラス越し、真理へと導く六芒星(ろくぼうせい)のまばゆい光が輝き、タロットカード解説書によると人間の本質を探り当てる水先案内人の役割をしていると書いてある。


「とても便利だよ」


 たしかそんな風な会話をしたと記憶している。

 ただ、かなり酔っていたから私の思い込みかもしれないし、ただの勘違いかもしれない。

 それにカードに描かれた物を借りれるのなら、剣だって金貨だって馬、犬、星々――なんだっていける?

 なら、若い男女が天使に祝福を受けている『THE LOVERS./恋人たち』に描かれたエデンの園に行って、一生そこでまったり気ままに過ごすのも悪くない。

 絵柄の左端に林檎の木が描かれ、幹に一匹の蛇が絡み付いていて裸体のイヴを誘惑していて、反対側には裸体のアダムが立っている。

 もしエデンの園に入園できたなら、私は絶対にその林檎の木には近づかないし、なんなら木を根元から切り倒し誘惑の根源を消し去ってもいい。

 さらに念には念を入れて、切り株に火を付けて根も枯らしてしまえばいい。


「ん?」

「ん~?」


 まてよ……。


 でもそうすると、私とイヴとでアダムを取り合う醜い争いが起きてしまう。


「ということは……」


 やっぱり林檎の木は切り倒さず、イヴにわざと林檎を齧らせ園から追放して、私がアダムの最愛の人となればいいのでは?

 んで、毎日毎日二人してイチャイチャラブな生活を――。


「っておい!!」


 なにを想像しているんだ自分っっっ。

 それってまるで、私こそが誘惑の蛇そのもの――。

 もしかして林檎の木に絡みつく蛇は、人の欲を表しているのかもしれない。

 そう、欲望に駆られた醜い魂そのもの。


「てか、自分の妄想癖に感動してしまうよ……」


 第一、そんな都合のいい話には必ず裏があるに決まっていて、それ相応の対価が必要と推測。

 まぁエデンの園とはいわず『STRENGTH./力』に描かれたライオンを召喚獣として側におければこの世界、安全に過ごせると思う。


「ん?」


 あれ?

 あれれ?


「たしか――」


 パッサリアさんは「とても便利だよ」と言った!?

 それって、借りられたから言える言葉では?


―ピピッ――


 頭上で鳥の鳴き声。

 屋根の上から。

 急いで外に出る。

 小さな小鳥が一羽、煙突部分で羽を休めている。

 思っていたより魔道具の結界効力が落ちてきている証拠だ。

 なら、一軒家の周りを取り囲むように設置された結界の魔道具に、魔力と魔石を注ぎ込めばいいだけのこと。

 魔石はある。

 魔導具の起動方法も操作方法も知っている。

 でも、私にはそれができなかった。

 私に魔力はなかった。


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