一生に一度だけ、わがままを。
「どうか、お願いします」
私たち姉妹の後見人である叔父夫妻に、深々と腰を落として頼み込む。
◆◆◆◆◆
両親が事故で死んでしまい、ダンヴィル伯爵家の当主不在となった。長女である私が爵位を継ぐことが出来るはずだったのだが、まだデビュタント前だったこともあり、貴族院から『グロリアが成人するまでは後見人を立てるように』という指示があった。
私は十二歳、妹はまだ七歳だったので、貴族院の判断は間違ってはいなのだと思う。
そうして白羽の矢が立ったのは、叔父夫妻。父と叔父は異母兄弟だったせいか、あまり交流がなかった。幼いころに新年の挨拶をしたような気がするというくらいだった。
初めの頃、まだまだ悲しいだろうと気遣いのような言葉をかけて来ていた。だから、爵位の引き継ぎや領地の管理に関わるのは気持ちが落ち着いてからでいい、という言葉を信じてしまっていた。
気付いたときには、全てが手遅れになっていた。
爵位は叔父が継承し、屋敷や領地、私たち姉妹に残された遺産から結婚時の支度金まで、全てが奪われていた。
書いた覚えのない爵位譲渡のサイン。だけど、どう見ても私のサインだった。きっと、金庫に入れてあったサイン登録証のものを写し取ったのだろう。
それからは地獄のような日々が始まった。
使用人たちが全員解雇され、新しい使用人に代わった。叔父夫妻の息が掛かった者たちだった。
食事などは与えられはしたものの、侍女や教育係などは付けてもらえず、服を新調することも許されなかった。私たちはお互いでお互いの身なりを整えるようになった。
妹は、いつも謝っていた。自分は私の役に立てていないと。気にしないでいいと声をかけ抱きしめると、妹は声を殺して泣いていた。まだ幼い妹を守るのは私の使命となっていた。
私はどうなってもいい。妹だけは幸せになってほしい。素敵な男性に見初められ、幸せな結婚生活を送ってほしい――――そう、思っていたのに。
◇◇◇◇◇
「――――ブランソン卿とお見合いですって?」
「……うん」
朝一番に妹が叔父の執務室に呼び出された。三十分ほどして戻ったのだが、あまりにも顔色が悪かったので何を言われたのかと聞き出した。
妹が唇を震わせながら無理に微笑んで答えたのは、五十後半になるブランソン伯爵とのお見合い話だった。しかも、お見合いは体裁を整えるためのもので、結婚することは確定しているのだという。
「そんなっ……シェリルは社交界デビュー前なのよ!?」
「ええ。だから、デビュタントボールの翌月に、お見合いをするんだって…………お姉様……ごめんなさい。お姉様だけこの家に残して行くことになるなんて……」
「っ……シェリル」
あの心の醜い叔父夫妻とともに生活していたのに、妹はとても心優しい子に育ってくれた。自分が四〇も年上の男に嫁ぐことよりも、この家に残る私の心配をしてくれていた。
――――もう、限界ね。
涙ぐむ妹を柔らかく抱きしめ、心を漆黒に染め上げる覚悟を決めた。
叔父が爵位を保持し続けるために、私は外出を許されていない。きっと、外部と関わり余計な知識を蓄えることが嫌なのだろう。そんな私にあるチャンスは一日限り。妹のデビュタントの日のみ。
叔父に「一生に一度だけ、わがままをさせてください」と頼み込み、妹のデビュタントに同行する許可を得た。
代償は、爵位のことを誰にも言わないこと、叔父夫妻の利益になる相手であれば誰にでも嫁ぎ、金銭を叔父夫妻に送ること。
妹に内緒にしておきたかったのに、その日の昼食の席で叔母が嬉々として話してしまった。お前たち姉妹の愛は歪んでいて気持ちが悪い、と。誰のせいなのだと叫びたいのを我慢し、唇を噛み締めた。
食後部屋に戻り、妹がなぜそこまでして自分のデビュタントボールに同行したがるのか、と怒った。
これは私の、一生に一度の、わがまま。妹は絶対に巻き込みたくない。
私の人生を掛けた、大舞台。
「シェリル、綺麗だわ」
「お姉様……ほんと、馬鹿よ…………」
デビュタントボールの日、妹が真っ白なデビュタント用のドレスに身を包み、怒っていた。
叔父夫妻とは別の馬車に乗ったので、妹と二人きりで話すチャンスは今しかないだろう。
「ほら、笑って。今日は一生に一度しかないデビュタントボールなのよ?」
「だからって、あんな条件を受け入れてまで同行――――」
「言わないの。ねぇ、シェリル、笑って?」
「っ……うん」
父似の黒髪黒目の私とは違い、妹は母親譲りの煌めく金色の髪と、不思議な色合いのオレンジと緑の斑な瞳。誰が見ても可愛いと言うであろう、ビスクドールのような顔立ち。
――――幸せになってね。
「会場に到着したら、少し離れるわね。叔父たちの気を引いててくれる?」
「え…………うん。何、するの?」
「化粧室に行くだけよ」
妹にお願いをして、馬車を降りる。
王城の大広間に到着して直ぐに、叔父夫妻に「馬車で酔ってしまいました、化粧室に行ってまいります」と言うと、叔母が不機嫌そうな顔で顎を払う仕草をした。行っていいということだ。カーテシーをして、化粧室に向かうふりをして、会場を抜け出した。
王城内で目的の人物を探す。
あのお方は、まだ入場する時間ではないから、会場外にいるはずだ。
「――――っ、卿!」
「ん? 君は、いつぞやの……。ずいぶんと大人になったね」
好々爺といった雰囲気で、モノクルをかけ直すシルバーグレーのオルブライト公爵。私がデビュタントの時に『一生に一度だけ、わがままを』と約束をしたお方。
小娘の戯言など忘れられてしまっているかもしれないと思っていた。でも、顔は覚えていてもらえた。今はこの僅かな可能性に縋るしかない。
一生恨まれていい。
地獄に落ちていい。
これから先の人生はもう捨てている。
だから、どうか、妹だけは――――。
「卿、あの日の約束を覚えていらっしゃいますか?」
震える手足に力を入れ、カーテシーをし、口の端を持ち上げてとびきりの笑顔を向ける。
「……忘れるわけはないが。本当にあの件で来たのかい? 君は、そんなにも妹を不幸にしたいのかな?」
「いいえ。卿に見初められれば、妹は幸せになれますから」
「ふぅん?」
現国王の叔父であり、前国王の弟であるオルブライト公爵は現在七〇歳。ご子息を出産された直後に早逝された奥様を心から愛し、後妻を娶らないと公言されている方。そして、私がデビュタントボールでファーストダンスを踊った相手。
ファーストダンスは未婚の王族の誰かと踊るのが慣例なのだが、私の年代は参加者が多く、オルブライト公爵まで駆り出されていた。
卿は、こんなおじいさんですまないね、と柔らかく笑いかけてくださり、家名を聞いて顔を僅かに曇らせて心配してくれた、とても優しい方。
私は、その瞬間に口走っていた『一生に一度だけ、わがままを聞いてくださいませんか?』と。
どうか妹を娶ってほしいと頼んだ。
使用人として扱って構わない。愛がなくて構わない。ただ、食事を与え、衣服を与え、一般的な勉強をさせてやってほしいと。
私が妹に教えられることには限界があった。令嬢として最低限の礼儀作法しか知らない。国の歴史や社交界での会話の作法など学ぶ前に家庭教師を打ち切られてしまったから。
あの叔父たちが、いつか妹を売るようにして嫁に出すのは分かりきっていた。それならば、叔父たちの用意する相手よりも地位がある相手であれば、阻止できるはず。オルブライト公爵はうってつけだったのだ。
「奴隷のような扱いをされてしまうかも、とは考えないのかな?」
「そんな表情をする方は、絶対にそんな扱いはしません」
人の顔色を窺うのは得意だ。ずっと叔父夫妻や使用人たちの機嫌を取り続けてきたから。僅かな曇りも見逃さない。
オルブライト卿が一瞬だけ私を睨んだ。嫌悪の色を乗せて。それだけで妹は大丈夫だと確信できた。本当に優しい方なのだ。だから、明日にでも申し込みをして欲しいという無茶な願いもきっと聞いてくれる。
「君はあの家でどうなるのかな?」
その質問には答えたくない。だからまた笑顔でカーテシーをし、よろしくお願いいたしますと言って会話を終わらせた。
デビュタントボールから戻る馬車の中、妹は王太子殿下とファーストダンスが出来たと喜んでいた。陶磁器のように真っ白な肌を薄桃に染め、何度も記憶の反芻しているようだった。まるで初恋をしているような、表情だった。
――――ごめんね。
朝一番に叔父夫妻からサロンに直ぐに来るようにと呼び出された。
オルブライト卿が迎えに来たのだと思い、大急ぎで妹の髪を整え、一番綺麗なデイドレスを着せた。随分と使い古されたものだったが、妹の可愛らしさでごまかせていると信じて。
なぜか私も来るようにと言われたため、黒くボサついた髪をひとまとめにし、嫌がる妹の腕を無理やりに引いてサロンへと向かった。
「え……?」
オルブライト公爵が待っているはずのサロンに、なぜか王太子殿下もいた。王太子殿下の隣には、オルブライト公爵。そしてその後ろにオルブライト公爵そっくりの灰色の髪の騎士様がいた。
叔父夫妻は彼らの対面側のソファに座り、顔を引きつらせていた。
「えっ、もう来てくださったんですか!?」
「約束しただろう? 君を救い出すと」
頬を染め喜ぶ妹のその言葉と王太子殿下の柔らかな表情で、状況が理解できた。
きっと、妹も自ら動いたのだろう。しかも、初恋をして。
なんということだろうか。
私は大きな思い違いをしていた。護らなければと思っていたが、妹も一人の人間で、もう大人なのだ。自ら考え行動できる。それなのに、私は妹の希望や思いを一切聞こうとしていなかった。
「大叔父と同時に求婚することになったのは、流石に予想外だったがな」
その言葉とともに、サロンにいた全員から視線が向けられた。
「っ…………」
言い訳など、何も出来ない。ただその場で笑みを深めカーテシーをした。悪役に徹しよう。そう心に決め。
「王太子殿下、どうか『一生に一度だけ、わがままを』聞いていただけませんか?」
「くっ、ははははは!」
王太子殿下が折れ曲がるようにしてお腹を抱え、笑い出した。まるで滑稽な演劇でも観ているような、そんな反応で。
「大叔父や伯爵に聞いたが、君の『一生に一度』はとても沢山あるようだな? そして、随分と自分に都合のいい。妹がそんなに邪魔か?」
――――あぁ。
そういう風に取られたのならば、それはそれで都合がいい。叔父夫妻のことだ、妹のお見合いの相手は私が選んだとかなんとか言っているはずだ。
妹のことは王太子殿下が護ってくれる。こんな酷い姉がいる環境になど、絶対に放置できないだろうから、きっと今日中に救い出してくれる。
「ええ。妹さえいなければ、こんなにもつらい生活を強いられなかったもの。泣きわめく子どもの世話ばかりで、何も出来なかった。私には青春も恋も何もなかった!」
「…………おねえ……さま?」
妹の瞳からぽたりぽたりと透明な雫が落ちた。心臓が締め付けられて痛い。傷付けてごめんね、嘘よ、愛してるわ。だけど、言えない。
これは私の罪。
一生恨まれていい。
地獄に落ちていい。
これから先の人生はもう捨てているのだから、構わない。
だから、どうか妹だけはと願い、笑みを深め首を傾げる。
「オルブライト公爵が丁度よかったのよね。残念」
「……グロリア嬢」
――――ごめんなさい。
眉をひそめるオルブライト公爵に心の中で謝る。伝わるわけがないけれど。
この優しい人をこんな形で巻き込んでしまった報いは、いつかきっと受けるだろうと覚悟した。
「…………ふぅ。さて、茶番はこれくらいにしようかね」
オルブライト公爵のその言葉に、叔父夫妻と私たち姉妹がきょとんとなってしまった。
王太子殿下は楽しそうに微笑み、後ろの騎士様は眉間に皺を寄せてため息を吐いていた。
「ジャレッド、どうだい?」
オルブライト公爵が後ろの騎士様に話しかけると、ジャレッドと呼ばれた騎士様が新緑の瞳を鋭く光らせて睨んできた。何となく負けたくなくて、視線を逸らさずに微笑みを続けた。
騎士様は、どことなくオルブライト公爵に似ているので、親族なのだろう。
「まぁ、いいですよ。睨んで怯まなかった女は初めてですし、面白い」
「うーん。そんな子じゃないんだけどね?」
オルブライト公爵が何か困ったような表情をしていけれど、何の話をしているのか私には分からなかった。
「じゃ、とりあえず二人は貰っていくよ。シェリル、おいで」
王太子殿下がそう言うと、妹に手を差し伸べた。妹は戸惑いつつも王太子殿下の手を取り、そのままサロンから連れ出されて行った。妹が何度か振り返ってこちらを見ていたようだけれど、恐ろしくて視線は合わせられなかった。
「では、私もこれで失礼するよ」
オルブライト公爵が立ち上がり、そのままサロンから出て行ってしまった。
後に残った騎士様が叔父夫妻と私を睨みつけた。
「後から騎士と文官を寄越す。素直に書類にサインをするように。従わなければその場で斬り捨てる許可が出ている。肝に銘じておけ」
叔父夫妻はその場に縮こまり、立ち去ろうとしている騎士様にか細い声で返事をしていた。
「……おい。何をしている? 行くぞ」
オルブライト公爵そっくりの騎士様が、なぜか私を見てそう言った。意味が分からず首を傾げていると、二の腕をガシッと掴まれ、歩けと言われた。
私は捕縛されるのかと思い、抵抗しないので普通に歩かせて下さいと頼むと、怪訝な顔をされてしまった。
「あ? いや、別に嫌ならついてこなくてもいいんだが……ここに残るよりは俺のところに来たほうがマシだろ?」
「え……? あの、意味がよく……」
「なんだ? 実は頭が悪いのか?」
口に衣着せぬその言葉に少しムッとしてしまった。
「ふっ……そういう顔も出来るのか。とりあえず、ついて来い。悪い話じゃないんだ。妹とも話したいだろう?」
「…………はい」
新緑の瞳を細め、くすりと笑われた。灰色の髪はよく見ると白銀のように煌めいていて、見た目は三〇代より上そうだったが、実は少し若いのかもしれないなと思いつつ、騎士様の後に続いて歩いた。
馬車に乗せられた。向かい側には優しく微笑んだオルブライト公爵と、不機嫌を隠そうともしていない騎士様。騎士様が不機嫌な顔になっているのは、馬車に乗った瞬間、オルブライト公爵が笑みを深めて「ジャレッドも素直じゃないね」と言ったから。
そのあと少しして、騎士様が何やら難しい顔でオルブライト公爵に小声で話しかけていた。あまり聞かないほうがいいだろうと判断し、ただ黙って車窓から外を眺め、揺られ続けた。
馬車が停車したのは、昨日も訪れた王城だった。ただし、一般入口の馬場ではなく、王族専用の入り口のほう。
「ついてきなさい」
「はい」
先を行く王太子殿下と妹。その少し後ろをついて歩く。どこに向かうのか、このあと何があるのかと不安になりつつ、ただ前を向いて歩く妹の後ろ姿を見つめた。
嫌われただろう。
でも、それでいい。
何もかも、しがらみから抜け出し、全てを忘れて、ただ幸せになって欲しい。私の未熟さから、妹の幸せを奪ってしまったから。
本来歩むはずだった道は、妹が自ら掴んだ。
強い子なのだ。何があっても前を向ける子なのだ。ただ護られるだけの子じゃない。
王城内を歩き到着したのは、王太子殿下の執務室だった。殿下と妹が座った席の向かい側に座るよう言われ、オルブライト公爵と並んで座った。騎士様は殿下の後ろに。
王太子殿下の横でこちらをジッと睨んでいる妹とは、視線を合わせられなかった。
「さて――――」
王太子殿下から説明を受けた。デビュタントボールで妹とダンスした際、瞳が涙で潤んでいたのに、見ているのは自分ではなく、暗い顔をして壁際に佇む私だったから。
理由を尋ねてみれば、久しぶりに外出の機会を得た姉が何かを企んでいる。姉が動く時は、絶対に自分のためだ。自分は何も教えてもらえないことが悔しいのだと言ったらしい。そして、直ぐに王太子殿下とのダンスなのによそ見してすみませんと謝り、作り物の笑顔を向けてきた、と。
「ちやほやとされるのが当たり前だったからな。すごく新鮮で、ついつい二回目のダンスもしてしまった。その後も飲み物を飲みながら――――」
「そこら辺は話が長いので割愛してください」
騎士様がまさかの王太子殿下の話を遮った。王太子殿下は二四歳、騎士様は殿下より年上のようだが、それでも王族の言葉を遮るのは不敬罪に取られることさえあるのに。
王太子殿下はまだ話したかったのに、とボヤキながらも話を割愛する方向にしたようだった。
二人の関係性がよく分からない。
「お姉様」
「……っ!」
妹の声に、身体がビクリと震える。
「お姉様、こちらを向いてください! お姉様っ!」
「シェリル、人前で声を荒げてはいけないわ。特に好きな男性の前では」
「っ! いつもいつもいつもそうやって…………」
妹が立ち上がり、拳を握り締めてずんずんとこちらに向かって来たので、グッと目蓋を閉じた。頬をぶたれると思ったのだ。だけど、来たのは柔らかく甘い匂いの抱擁だった。
「お姉様は、いつも自分のことを後回しにしすぎです。私はもう社交界デビューを果たしました。もう大人の仲間入りです。だから、これからはお姉様はお姉様を愛してください。お姉様自身を大切にしてください」
「…………シェリル……怒ってないの?」
「怒っています! 自分を蔑ろにするお姉様に怒っていますっ!」
怒鳴るように話すシェリルの声は、鼻声交じりで震えていた。
「卿を騙して、貴女を売ろうとしていたのよ?」
「そうやって自分だけ悪者になろうとして。みんなバレているんです。ちゃんと現実を受け入れて!」
何となく気付いていた。もしかしたら、幸せな結末になるのかもと。でも、私にはそんな未来は許されないのに。
「ハァ……強情な女だな」
騎士様がため息混じりにそう呟くと、机にベシッと数枚の書類を叩きつけた。書類は『婚約証書』や『爵位継承申請書』などだった。
「さっさとサインしろ。そうすれば解決する」
騎士様いわく、王太子殿下とオルブライト公爵と三人で昨日の夜から今朝方まで徹夜で私たちのことを調べていたのだという。
オルブライト公爵を見ると、苦笑いして「ついね、老婆心からだよ。気にしなくていい」と言われた。本当に優しい人だ。
「卿、ありがとうございます」
「いいんだよ。君も幸せになりなさい」
「っ……は、い」
妹に抱きしめられ、オルブライト公爵には頭を撫でられ、緊張の糸が切れてしまった。ぼたぼたと涙が落ち続けて止まらない。こんなにも泣いたのは両親が死んでしまった日以来だ。
「……なんだよ、じい様の方が好みなのかよ」
「あはははは! ジャレッド、嫉妬は醜いよ?」
「チッ」
なぜか不機嫌になった騎士様と、終始微笑んでいた王太子殿下とオルブライト公爵に見守られながら、様々な書類にサインをした。
◇◇◇◇◇
その後、王太子殿下たちの計らいで、叔父夫妻に奪われた爵位が私に戻り、叔父夫妻は投獄される運びとなった。
そして、今日は私と妹との結婚式。
妹がどうしても私と同じ日がいいのだと言った。未来に進むのなら、二人一緒がいいと。
妹の相手は、もちろん王太子殿下。
私の相手は、オルブライト公爵の孫である騎士――ジャレッド様。
オルブライト公爵は、初めはジャレッド様に妹を、自分の妻として私をと考えていたらしい。苦笑いをしながら「もちろん白い結婚でだよ、妻を愛しているからね」と言われた。
それでも、こんな小娘の言葉を聞き入れて動こうとしてくれていたことに、感謝の念が絶えない。
「うん、綺麗だよ、グロリア嬢」
「っ、ありがとうございます」
「…………じい様といちゃいちゃするなよ」
ジャレッド様が、せっかくセットしていた白銀の髪をワシワシとかき混ぜてイライラしていた。
「男の嫉妬は醜いよ?」
オルブライト公爵は孫いじりが好きなようで、いつもニコニコとしながらジャレッド様を煽っている。
煽られたあとのジャレッド様は少し強引になってしまうので、ほどほどにして欲しいところではある。
仲良く言い合いをしている祖父と孫を放置し、王太子妃としてウエディングドレスに身を包んだ妹の側に向かった。
「シェリル、幸せ?」
「はい! とっても幸せよ!」
花開くように笑う妹を見て、心から嬉しくなった。本当に色々と諦めなくてよかったなと思う。
「ほら、行くぞ」
オルブライト公爵と言い合いを終えたらしいジャレッド様が、右肘を突き出してエスコートのポーズを取った。
「一生に一度だけのわがままは『妹が幸せになる瞬間が見たい』なんだろう?」
「……っ!?」
「一番近くで、そのわがままが叶う瞬間だ。泣いて化粧を崩してる暇はないぞ?」
「っ、はいっ!」
ジャレッド様は、強引なようで人を見て動いてくれる。そして、揺れる私の気持ちをいつでも正してくれる。
「…………俺のほうが、じい様よりはカッコイイと思うんだがな……」
そして、ちょっと可愛い。
成り行き上、ジャレッド様と結婚することにはなったものの、その過程で色々と話すようになり、お互いにゆっくりと恋をして、今に至っている。
「ジャレッド様、好きですよ」
「っ――――わかってる」
ふいっと顔を逸らしたジャレッド様の耳は、燃えるように真っ赤になっていた。
さぁ、『一生に一度だけ、わがままを』叶えるときね。
―― おわり ――
読んでいただき、ありがとうございます!
面白いかった。久しぶりの新作だな。元気でやってたか?
てか、長編書けよ。とか、そんな感じでいいので(?)評価やブクマ、感想なんていただけますと、モチベになりますです。そして笛路が喜び小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ
もうそろそろなんやかんやいいお知らせ出来るかもかもなんで、既存作とか読んでお待ち頂けると幸いです!