4 魔王様異世界に立つ
「狭苦しい部屋であるな。」
少年に連れられて寮らしきその施設。
ともすれば牢獄の様にも見える石造りの建物に無数の小部屋が並んでいる、そんな造りの中をしばらく進み、あけられた扉から中に入ってみれば、彼から出る言葉はまずそれであった。
窓くらいはついているし、ふろ場に手洗いなどもあるにはあるが、それにしてもとにかく狭苦しい。
それこそ彼を含めた大の大人、それが二人手足を広げて転がれば、この部屋の床をすべて使い切る、そんな小部屋だ。物置どころか衣裳部屋と呼ぶにも広さが足りない。
「上等なほうだよ、これでも。それこそ貧民区の家なんかこの中を仕切って、6人くらいで暮らすんだから。」
「ほう。あのあたりはそう呼称されるのか。」
少年の言葉に、彼はそう返す。既にそういった集まりがあることは確認済みであるから。
「なんにせよこれではゆっくりと話も出来ぬ。」
彼はそう呟いて部屋を作り変える。
そう、狭ければ広げればいいのだから。あまり騒ぎを起こしてくれるな、そう長年連れ添った相手にも言われていたため、彼がまだ国を興す前。一体の魔族として生活していたころに使っていた小さな家、そのリビングと同じ程度に部屋を広げる。
普段の生活を寛いで行う、その空間にベッドがあったり、何やら作業を行うであろう粗末な台があったりと、彼の美意識にそぐわぬものは多くあるが、息が詰まるほど狭くない、それだけで今は良しとする。
「な。」
「まぁ、最低限、この程度でよかろう。ふむ、机も、椅子もないのか、この場は。」
そうして彼はただそれを創造する。無いなら作ればよい。彼にとってはその程度なのだから。
そうして部屋の中央、そこに作り出した椅子に腰かける。
彼の愛する国民、どうしたところで書類仕事に忙殺される魔王へと、僅かでもその労役が楽になればと、そうして心を込めて作られた椅子と同じ見た目、それと同じものを作り出し、そこに座って足を組み、少年と向き合う。
「その方も席に着くがよい。」
そうして円卓と、少年が腰かけるための椅子も作った上で、そう彼は声をかける。
しかし少年からは反応がない。
「どうしたのかね。ああ、同席を許す。いや、そもそもこの収容施設の主はその方か。なればこそ、遠慮は不要であるな。そして我の疑問に答えるがよい。」
だかしかし、彼が言葉を重ねても、少年の反応は無い。ただ白知の様に口を開け閉めするばかり。こちらの言葉に何かを示すこともない。
さて、これまではなんぞ反応があったし、他の者の言葉、その意味を分かっていたのだがいよいよ翻訳、世界樹の記憶を基に操る言語の意図、それを置き換える魔法に何らかの障害が起きたのかと不安を覚え、彼は改めて魔方式の確認を行う。
あまりに幼い世界樹が、その術式に耐えられぬ、その可能性も考えて。
「これは、一体。」
しばし魔方式と向き合い。いかに彼と言えど世界樹の存在を組み込む魔方式は煩雑であるため少々手間取っている最中に、ようやく少年から声が上がる。
「何を驚く事が有る。ただ空間を広げただけだ。流石に先ほどまでの部屋と呼ぶにもおこがましい有様では寛げぬ故な。」
「何を、そんなに簡単そうに。」
「事実簡単であるからな。ふむ、こうして掌を閉じる。それよりは容易である。」
そう、部屋を広げる。区切られた空間、扉や窓の開け閉めの考慮については気を使う必要もあるし、広げたせいで十分ではなくなった室内の明りを補完する必要もあるが、それを含めたところで、わざわざ腕を持ち上げ手を握り拳を作る、その手間よりは軽いものである。
「いや、勝手に、俺の魔力を使って。」
「何を言っている。」
「召喚生物は、主人の魔力を使うんだろうが。」
「おおそれだな。説明するがよい。生憎余も知らぬ事柄である故な。」
世界樹、それを用いて行われている魔方式の解析は終わっているが、さてこちらの物たちがどうとらえているのか、それについては別の話であるからと、彼は少年にそう声をかける。
これまで散々求めた説明、それがようやくなされるかもしれぬと。
「くそ、生意気な。なにが分からないって言うんだよ。」
「おおよそ全てであろうな。余は世界樹の主導する魔方式、この世界の客観的な状況それらは既に理解しておるのだが、その方らがどう受け止めているのかは分からぬ。」
「何いってんのか分かんねーよ。むかつく奴だな。ほんとうに。」
「それこそ今後学ぶがよい。余とて不足を感じているのだ、その方如きが足りぬからと恥じることは無かろうよ。」
彼の率直な言葉に、少年は激発しかけるがどうにかそれを抑えて、ようやく彼の向かいに腰を下ろす。
知識も、知恵も、身体能力も、経験も。
どれか一つでも十分と、そうは見えぬ少年がそして彼に向かって口を開く。
その内容は、まるで彼が散々聞かされてきたと、そう語るようなものであったが。彼はただそれをしばらくの間黙して聞き、内心何度も首を捻りはしたが、彼が呼ばれた世界、そこで暮らす世界樹の恩恵を受け彼を呼んだ相手、その根底思想のサンプルの一つを得ることは出来た。
そこに共感できるものは一切存在しなかったのだが。